119:七夕の時の出来事 (3)
◇2041年7月@千葉県浦安市 <東山紗理奈>
七月最初の日曜の夜、東山紗理奈は、仲間の「ムシ」達と一緒にファミレスに来ていた。そこは最近、急激に店舗数を増やしているメキシカン料理のファミレスで、少しお高めだけど、珍しい料理が食べられる。
紗理奈以外のメンバーは、小川真花と藤代亜美の他に、この日、「ムシ」になったばかりの小倉京姫を含めた三人だった。
テーブルに備え付けのタブレット端末で注文を終えた後、話題は京姫の事になった。
「私、どうしても分からないのは、京姫ちゃんの気配を感じたのが、今日の夕方だった事なの。京姫ちゃんの家がある埼玉の八潮市だったら、直線距離で二十キロだし、昼間は東京ネズミーランドにいた訳じゃない。もっとずっと早い時間に、新しい『ムシ』の子が生まれる予兆を感じてないとおかしいんだよ」
「そういや、亜美ちゃんの時は、朝のうちに『ムシ』になる子がいるって分かってたかも」
「でしょう? それが普通なの」
「てことは、京姫ちゃんのケースは特別って事?」
「うん。たぶん、『ムシ』になるのは、もう少し先だったんじゃないかって思う。それが、変な男達に絡まれて恐怖を感じた事で、早まったんじゃないかな」
「ふーん。でも、何でそう思ったの?」
「私が、そうだったからだよ」
紗理奈が「ムシ」になった時の事は、真花にも亜美にも話してある。その事を手短に亜美が京姫へ話した所で、注文した料理が運ばれて来た。
「ふーん、これでお肉を挟むんだね」
「焼き肉のサンチェみたいだけど、お腹が膨れてラッキー!」
「こら、亜美。ちゃんとお野菜も挟まないと駄目だよ」
「うわあ、このソース、すっごく辛―い!」
「あ、それは、たくさん入れちゃダメな奴だってば」
キャッキャッと騒ぎながら、頼んだ料理を次々と平らげて行く。その間、雑談を交わしつつ、各自の自己紹介を行った。
そこで分かったのは、京姫の家が埼玉県の八潮市という所にあるという事。埼玉とは言っても、八潮市は東南の端っこ。直線距離なら、紗理奈の家から二十キロしか離れていない。
それでも、埼玉県の「ムシ」は初めてだ。考えてみれば、茨城、栃木、千葉、東京に「ムシ」がいて埼玉だけに居なかったのが、むしろ不思議だったと言える。
ほとんど料理が片付いて、後はデザートだけになった時、紗理奈は京姫に気になった事を訊いてみる事にした。
「京姫ちゃん、右手が使えるようになったんだね?」
「えっ? うああ、本当だあ!」
京姫は、しきりに右手の指を閉じたり開いたりして、感触を確かめている。
「えっ、どういう事?」
亜美の問い掛けに京姫は、「私、今まで右手の握力がほぼゼロだったのー」と答えた。
「これ、すっごく嬉しいかも!」
京姫は本当に嬉しそうで、目に涙まで浮かべている。
「紗理奈さん。良く分かりましたね?」
「だって、お正月に会った時、教えてくれたじゃない?」
「そういや、その時、もうすぐ治るって言われたような……」
「ふふっ、ちゃんと治ったでしょう?」
「あ、はい……、でも、何故なんです?」
「『ムシ』の子はね、障碍を持って生まれて来る子が多いの。だけど、その障碍の大半は、『ムシ』になると治るんだよ。私の場合、弱視で難聴だったんだけど、両方とも治っちゃった」
「えっ、そうなんですか?」
「それでも、欠損の場合は駄目なんだけど……。ごめんね、亜美ちゃん」
「いやいや、気にしてないから、大丈夫です」
亜美の左手には指が無い。当然、「ムシ」になったからって、指が生えてきたりはしないのだ。
デザートのマンゴーシャーベットを食べ終えると、紗理奈は食器類を脇に除けて、テーブルの中央にタブレット端末を置いた。
直ぐに紗理奈は、「未確認飛行少女情報サイト」を表示。デザートを食べながら、「ムシ」についての説明を始めた。
もっとも、ここからは心話での会話だ。
〈へえ、うちらの仲間って、こんなにいっぱいいるんですねー〉
〈そうだよー。京姫ちゃんで三十二人目〉
〈でも、今週は凄いね。一週間に三人なんて、初めてだよね〉
〈あ、天音さんに連絡しとかなきゃ、また怒られちゃう〉
〈えーと、天音さんって?〉
〈とても偉いんだけど、すっごく怖い人みたい〉
〈こら、亜美。知ったかぶりしちゃ駄目じゃない。天音さんは、私の命の恩人なんだからね〉
〈あ、そうでした〉
〈天音さんはね、最初の「ムシ」なの。福島に住んでて、今は高校一年生。「クイーン」って呼ばれてるんだよ〉
〈その方が高校一年生って事は、まだ「ムシ」が生まれるようになったのって、最近の事なんですね?〉
〈そうそう。まだ、たったの三年だよ〉
そこで、ふとタブレット端末の時刻表示を見た紗理奈が、声を出して言った。
「京姫ちゃん、そろそろ時間だよ。戻ろう」
「あ、ほんとだ。全然、気付かなかった」
「その前に連絡先、交換しとかなきゃだね」
それから紗理奈達は、急いで席を立ち、真花が纏めて清算して女子トイレへ駆け込んだ。そして、全員一斉に「ムシ」になって、空へと舞い上がった。
★★★
紗理奈が、「東京ネズミーランドへ戻る京姫に同行する」と言ったら、真花と亜美に猛反対された。
〈京姫ちゃんには悪いけど、その親父、人を見下すタイプの人なんでしょう?〉
〈でも、私だって、一応は社長令嬢なんだし……〉
〈一応じゃなくて、間違いなく社長令嬢でしょうが。それより、そういう傲慢な男の場合、相手が各上だと分かると、逆ギレする場合があるんだよ〉
〈そうそう。「お前、俺を馬鹿にしてたのかあ-っ!」って感じ。まあ、その後、冷静になった途端に蒼白になって、平謝りされたりするんだけどね〉
〈ふーん、亜美にも経験があるんだ〉
〈まあね〉
それでも紗理奈は、〈私、姫奈ちゃんにも会いたいし……〉と抵抗してみたけど、結局、京姫に〈そういう機会は、後で設けさせて頂きますので……〉と言われてしまい、諦める事にした。
それで、その京姫とは、待ち合わせ場所の入口付近まで同行して別れたのだが、その直後、吉岡苺と赤井林檎からの心話が飛んできた。
〈ねえ、そっちが片付いたんだったら、こっちに来なよ〉
〈もうすぐフィナーレだから、急いでよねー〉
紗理奈達がファミレスに行っている間も、苺と林檎の二人は、七夕のスペシャルパレードで踊りまくっていたみたいだ。
〈行こうか?〉
〈うん〉〈そうだね〉
紗理奈、真花、亜美の三人は、もはや周囲の目を気にせず即座に『ムシ』になると、暗くなった空を飛んで、苺と林檎のいるパレードに加わったのだった。
★★★
自室に戻った紗理奈は、最初にスマホのメッセージアプリをチェック。即座に、両親と熱海の温泉に行っていた榊原澪へ通話を入れた。
彼女が旅行中に出会った新しい「ムシ」の子について、大まかな事は既に聞いている。その子の情報は、「茶髪の子の保護者会」の役員全員で共有されており、事務局長の菅野彩佳を中心に対応を検討中との事だ。
となれば、小倉京姫の方が重要だ。紗理奈の目には、彼女もまた家庭内に問題を抱えているようだったからだ。
京姫の父親は高校教師。母親は小学校の先生で、教員同士の結婚だ。京姫によれば、以前から父親は母親の事を、「たかが小学校の教員の分際で……」と馬鹿にしてきたという。
紗理奈としては、「高校の先生の方が小学校の先生より偉い」なんて話は初耳だったのだが、小倉家の中では常識なのだそうだ。
『ふーん、そいつ、碌な父親じゃないね』
「そうなんだよねー。それだから、学校でも生徒や保護者の評判は最悪らしくて、学校での不満を家庭内で暴れて発散してるみたい」
『ふーん。いっそ、私が「ムシ」になって脅してやったら、家から出て行ってくれるかなあ?』
「それを機会に、その両親、離婚させちゃえば良いんじゃない?」
『となると、問題は子供の親権だよね。紗理奈の話だと、そいつも娘の事は、随分と可愛がってるみたいじゃない』
「うん、京姫ちゃんはそれほどでもないみたいだけど、妹の姫奈ちゃんの方は溺愛してるって感じ」
『てことは、最悪、姉妹が離れ離れなんて可能性もありそう……』
「となると、また市川弁護士の登場かな?」
『いやいや、離婚の調停だったら、幾らでも良い弁護士がいるから……。まあ、お金次第ではあるんだけど……』
そんな話で盛り上がっている時だった。当の京姫から着信があったのだ。紗理奈は、少し考えて澪と京姫に了承を取ると、三人で話す事にした。
初対面の二人の挨拶が終わった直後の事だった。
『あの、紗理奈さん、澪さん、いきなりで恐縮なんですけど、実は緊急の相談事があるんです』
「えっ、どうかしたの?」
紗理奈は焦った。『緊急なら、先に言いなさいよ!』と思ったからだ。
でも、京姫は、そういうマイペースな子なのだから仕方がない。
『あの、ネズミーランドから帰った後、父の機嫌が凄く悪くて……、最初は「疲れてるのかな?」って思ったんだけど、それだけじゃないみたいで……。なんか、もう駄目っていうか、うちの両親、離婚する事になると思うんです』
それは、今しがた紗理奈と澪が話していた事だったのだが、この時点では、正直、まだ状況を飲み込めていなかった。
「そっか。で、京姫ちゃんと姫奈ちゃんはどうするの?」
『あ、親権の事だったら、私も妹も母の方に付いて行きます。でも、それをお父さんが許すかどうかは、別の話っていうか……。(ガッシャーン!)』
その時、スマホの向こうで食器とかの割れる音がした。
そうかと思うと、『お、お母さん、大丈夫っ!』という京姫の焦った声が聞こえてくる。
更に、別の女の子の激しい泣き声が加わった。たぶん、妹の姫奈ちゃんだろう。
紗理奈が京姫の名前を呼んでも、返事が無い。
『紗理奈、行くよ。八潮市なんだよね?』
「うん、そうだよ。宜しく!」
『じゃあ、現場でね』
澪との通話を終えると、直ぐに心話で真花を呼び出す。その間に紗理奈は、急いで身だしなみを整えて、部屋に常備してある靴を履く。
家を出ようとした所で〈紗理奈、どうしたの?〉という返事が来た。紗理奈は、〈京姫ちゃんが大変なの。できたら来て!〉と言い残し、天井を抜けて空へと舞い上がる。
遠くで微かに真花の飛び立つ気配を感じたけど、構わず紗理奈は北の八潮市を目指し、巨大な「アオスジ」の翅を強く羽ばたかせた。
END119
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




