表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/124

116:藤代運輸

◇2041年7月@千葉県浦安市~千葉市 <東山紗理奈>


金曜日、東山紗理奈(さりな)は、榊原澪さかきばらみおから、週末の温泉旅行へ『一緒に行かない?』と誘われた。何でも、榊原陸翔(りくと)が急に休みを取れたそうで、急遽、家族で熱海に行く事になったらしい。


『兄貴は駄目みたいなの。そうなると初音はつねさんも来ないし、この歳で両親と私だけってのは、なんか気恥ずかしくってさ』

「あのさ、それでも、娘としては行くべきなんじゃない? せっかくの親孝行じゃない」

「私が『たまには、夫婦水入らずで行って来たら?』って言ったら、『お前がいなきゃ、場が持たないだろ』って言うんだもん。私だって、場が持たないっちゅーの」


小川真花(まはな)も誘ったそうだけど、彼女は他の「ムシ」達と東京ネズミーランドへ行く予定だそうで、パス。そういや、日曜日が七夕たなばたの為、ネズミーランドでも七夕イベントがあるんだった。

そこで紗理奈は、木曜日に「ムシ」になったばかりの藤代亜美ふじしろあみが、それを凄く楽しみにしていたのを思い出した。彼女は紗理奈にも、「一緒に行きましょうよ」としつこく誘ってきたのだ。


それに、木曜に「ムシ」になったばかりの亜美は、まだ両親に「ムシ」の事を話していない。親子関係とかに問題が無い限り、早めにカミングアウトするのが最近の傾向。サカキバラ商事の後ろ盾を得た事で、一方的に「化け物」と蔑まれた際の対処も、前より格段にやり易い状態にある。

考えてみると、この週末に亜美が紗理奈のサポートを頼みに来る可能性は充分にありそうだ。そうなると、澪の誘いに乗って地元を離れるのは不味いって気がする。


紗理奈は色々と考えて、澪の方は断る事にした。澪だって本当に行きたくないのなら、「夫婦水入らず」を口実に、もっと強く両親の誘いを突っぱねれば良いのだ。それが出来ないという事は、きっと心のどこかに「付いて行きたい」って気持ちがあるからに違いない。



★★★



翌日の土曜日、朝食の為にダイニングへ出て行くと、父の孝太郎がいた。最近、ここで父に会うのは日曜ばかりなので、土曜に顔を合わせるのは珍しい。

ちょうど良いと思った紗理奈は、藤代亜美の事を話した。


「藤代運輸のお嬢さんか。それはまた良い拾い物をしたな」

「藤代運輸って、お父さんの会社と繋がりがあるの?」

「ああ、あるぞ。藤代運輸の配車システムは、うちから提供した物だ。メンテナンス代も入るから、大事なお得意先だよ」

「へえ、そうなんだ」


東山モビリティはシェアカー事業がメインだが、そのビジネスモデルのコアとなる配車システムをアレンジして、他業種の会社に販売してもいる。最近は、欧米の同業者にもシステムを提供し、ロイヤリティで稼ぐフランチャイズのような取引もしているらしい。つまり、同社のシェアカービジネスにおける配車システムは、それだけ秀逸で先進的だという訳だ。


「ところで、藤代社長は、もう娘さんの事を知ってるのかな?」

「まだだと思う。できるだけ早く話した方が良いとは言ったんだけど、ご両親のどちらも忙しいらしくて、昨日は会えなかったみたい」

「そうか。まあ、仕方ないな。となると、この週末かな?」

「そうだね。必要だったら私も行くつもりだよ」

「その時は、私の名前を出しても良いからな」

「ありがとう。実は、澪からも同じような事を言われてるんだ。藤代運輸も、サカキバラ商事と契約してるそうだから、たぶん変な事にはならないと思う」

「そうか」

「上手く行ったら、お父さんにメールするね」

「ああ、その時は、私からも藤代さんに面会を申し込む事にするよ」

「うん。お願い」


どうやら、亜美との繋がりは、父の孝太郎にとっても好ましいものだったようだ。



★★★



自室へ戻ってみると、藤代亜美からメールが入っていた。今日のお昼に父親とのアポが取れたようで、『できれば、紗理奈さんも同席して頂けませんか?』との事。ただし、場所は藤代運輸の社長室。時間が無いから、軽く食事しながらの面会だと言う。

本当は旅行でいない榊原(みお)以外の全員を集めたい所だったけど、紗理奈だけが同席する事にした。職場で、しかも昼食が絡むとなると、大勢で押し掛けたら迷惑になってしまう。


紗理奈は、余所行きのお嬢様っぽいドレスワンピに着替えて、早めに家を出た。リュックは服に合わないので、荷物は肩に掛ける小さなポシェットだけ。タブレット端末は、亜美に持って来させる事にした。

「ムシ」になって飛んで行きたい所だけど、黒塗りのハイヤーで移動。藤代運輸の正面玄関に着けて、優雅に車から降りる。すると自動的にドアが閉まって、車は無人で地下の駐車場へと向かって行った。


ミュールのかかとをカツカツと人造大理石の床に叩き付けながら、真っ直ぐに受付の女性の下へ歩いて行く。紗理奈は無表情の彼女へ向かって、簡潔に要件を述べた。


「東山紗理奈と申します。社長の藤代真一(しんいち)さんに会いに参りました」


無表情な受付の女性の顔に、僅かな戸惑いの表情が浮かんだ。だけど、それは一瞬で、直ぐに元の無表情へ戻ってしまう。


「あの、アポはありますか?」

「はい、あります」


『当然でしょう!』と言いたくなるのをグッと堪えて、紗理奈もまた無表情で彼女を見つめ返す。とうとう彼女の顔に、あからさまな侮蔑の表情が浮かんだ。


「あのね、ここは会社なの。あんたのようなガキの遊び場じゃないのよっ!」


当然、想定されていた事なので、紗理奈は全く動じない。亜美から、「うちの会社の受付、愛想の無いオバサンだから注意して下さい」と言われていたのだ。

元は中小の運送業だった事から、未だに柄の悪い客が時々やって来る。そんな連中を相手にしているので、どうしても荒っぽい対応になってしまうのだとか……。


「営業所の方は、個人客の『物が届かない』っていうクレーム対応がメインだから、愛想の良いオジサン主体で雇ってるんだけど、本社の受付は気の強いお姉さんが適役なんです。でも、行き過ぎは駄目だから、ムカついたら怒って良いですよ。相手の見極めも出来ないようじゃ困りますから」


そう言ってのける亜美は、やっぱり社長令嬢なのだった。

紗理奈は少し考えて、今日は上品なお嬢様キャラで行く事にした。


「あら、藤代運輸さんは、人を見た目で判断するのかしら? 私、今日は普通の恰好をしてきたつもりなんだけど、却って誤解させてしまったようね。次回からは、ちゃんとスーツで来るようにします」

「はあ?」


受付の女性の反応は、やっぱり今一つだ。


「さっきも言ったでしょう。ちゃんとアポは取れてるの。私を子ども扱いして追い返したりしたら、最悪、あんたの首が飛ぶわよ。一応、確認だけでもしてみたら?」


紗理奈は優しく言ったつもりだったけど、厳つい風貌の警備員が寄って来てしまった。仕方が無いので、亜美へ心話を飛ばす。


〈ねえ、亜美ちゃん。変なオジサンが寄って来ちゃったんだけど……〉

〈えっ、本当ですか? あ、でも、あたしも間もなく着きますので、三分だけ待ってもらえます?〉

〈三分ねえ……〉


もう、カップ麺じゃないんだから……。


「お嬢ちゃん、オジサンを困らせないでくれるかなあ?」

「別に、あなたを困らせてるとは思いませんけど」

「でも、俺、お嬢ちゃんみたいな女の子に無体な事はしたくねえんだわ」

「別に、そんな事、必要ないと思いますけど……。あ、そう言えば、藤代運輸さんも、サカキバラ商事の顧客でしたわね。オジサンは、サカキバラの社員って訳じゃないんですよね?」

「いや、俺は下請けの契約社員だ」

「てことは、オジサンの手に負えない場合は、サカキバラの社員さんが駆け付けるって事かしら?」

「そういう事だ。お嬢さん、詳しいんだな」

「私、サカキバラの社長さんとは面識があるんです。そちらのお嬢さんとは親友ですし……」

「はあ?」

「あの、不審に思うんでしたら、サカキバラの人を呼んで下さっても宜しくてよ。私、東山紗理奈って言います。東山孝太郎の娘です……」

「坂田さん、あなた、何をモタモタしてるんですかっ! そんなガキ、早く追っ払っちゃいなさいよ!」


警備員の対応がまどろっこしく思えたのか、受付の女性が回り込んで来て怒鳴った。

その彼女が紗理奈の手首を掴もうと手を伸ばして来たので、咄嗟にミニマムで光を纏った。当然、紗理奈の手首を掴み損ねた受付の女性は、身体からだをよろめかせる。その彼女を、坂田という警備員が慌てて支えた。


「あ、あんた、私に何したの?」

「何もしてませんけど?」

「そんな訳ないでしょうがっ!」

「すいませーん、遅くなっちゃいましたーっ!」


冷たい印象の受付フロアに、突然、間延びした藤代亜美の声が響いた事で、ようやく緊張状態が解消されたのだった。



★★★



その後、平謝りする受付の女性に見送られた紗理奈と亜美は、エレベータで最上階にある社長室に向かった。

亜美の父親である藤代真一は、紗理奈の父と同年代の中年男性だった。でも、お腹が出てるとかは無く、筋肉質で体格が良い。元々は粗野なトラック運転手を束ねる立場だったからか、荒事に慣れた印象のカッコ良いオジサンだ。


打ち合わせ用のテーブルに置かれていた昼食は、ありふれた感じの松花堂弁当だった。そこに藤代社長を含めた三人が座ると、秘書と思われる若い女性が冷たい麦茶を運んで来てくれて、直ぐに「失礼します」と言って出て行った。

社長の真一が「まずは食べようか?」と言うので、紗理奈は急いで弁当を平らげて行く。それなのに、紗理奈が食べ終えたのは一番最後だった。

時間が無いので、早めに簡潔に話を進める事にした。


紗理奈は、亜美が持って来たタブレット端末を使って、「ムシ」についての概要を淡々と説明して行く。予め「信じ難い事かもしれませんが……」と前置きしておいたからか、途中で遮ったりせず、紗理奈の説明を最後まで聞いてくれた。だけど……。


「すまんが、そんな話を私が信じると思ってるのかね?」

「そうですね。ですので……」


薄く光を纏った手を紗理奈は、おもむろに木製のテーブルの中央に潜り込ませた。


「同じ事は、亜美ちゃんも出来ます。先程お話しました通り、『ムシ』には実体がありませんから」


次に紗理奈は、自分の身体からだを浮かせて見せた。こないだ榊原澪さかきばらみおがやった事だけど、別に翅を出さなくても、少しだけなら身体を浮かせられるのだ。


「手品とかじゃないんだよな」

「違います。本当は、『ムシ』になって空を飛び回る所を見て頂きたいんですけど、今は真っ昼間ですし……」

「分かった。一応、信じる事にするよ」

「ありがとうございます。ですが、まだ半信半疑かと思いますので、一度、私の父からも説明を聞いて頂いても宜しいでしょうか? 実は、『茶髪の子の保護者会』というものがありまして……」


そこで改めて紗理奈は、自分が東山モビリティ社長の東山孝太郎の娘であるのを打ち明けた。加えて、榊原澪や小川真花(まはな)との関係も説明。特に、サカキバラ商事の名前は真一にとっても強いインパクトがあったようで、それまでとは表情を一変させた。

更に、「ムシ」という存在が今後の社会に与えるであろう衝撃と、それによって生じる懸念事項についても説明し、協力を求めた。

ところが、その時、再び秘書の女性が現れて言った。


「社長、そろそろ営業会議が始まりますので、お急ぎください」


どうやら藤代物産では、重要な社内会議を土曜に集中してやっているらしい。ただし、出席は管理職だけ。受付や秘書とかは交代制だと言う。


そんな訳で紗理奈と亜美は、慌ただしく社長室を後にしたのだった。




END116


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ