114:「ムシ」達の流儀
◇2041年7月@東京 <東山紗理奈>
東山紗理奈は、「ムシ」になったばかりの藤代亜美を連れて、新宿のタワマン最上階にある榊原澪の部屋を訪れていた。そこには、先月、「ムシ」になったばかりの赤井林檎もいる。
その時、紗理奈のスマホにメールが入った。相手は福島の矢吹天音。内容は、『おめでとう。これで遂に三十人目の「ムシ」だね。亜美ちゃんに宜しく!』との事だった。
その亜美が訊いてきた。
「どうしたんです、紗理奈さん?」
「あ、いや、『クイーン』の天音さんからのメールだったんだけど、亜美ちゃんって三十人目の『ムシ』だったみたい」
「そういや、私も琴音さんに『あと一人で三十人』って話を聞いたかも」
「へえ、三十人かあ。そんなにいたんですね、うちらの仲間……」
「そうだよ。福島には、怖―いお姉様達がいーっぱいいるんだからね」
「こら、紗理奈。亜美ちゃんを脅しちゃダメでしょう」
「別に脅してないんだけど……。『亜美ちゃんって、「やんちゃ系」かも』って思っちゃったんだ」
「何それ、聞きたーい!」
林檎が言うので、紗理奈は説明してやる事にした。
「今の所、『ムシ』には三タイプいると思うんだ。ひとつは『やんちゃ系』で、芳賀真凛さんや石井めぐみだね。次が『大人し系』で、菅波杏樹さんや穂積郁代さん。で、最後が『しっかり系』で、矢吹天音さん、玉根凜華さん、そして、私……」
「それ、ぜーったい違うから」
「えっ、何でよ」
「どう見たって紗理奈は、『やんちゃ系』でしょうがっ」
「で、でも……」
「だいたい、石井めぐみと張り合ってる時点で、『やんちゃ系』としか思えないんだけど」
「そっかなあ?」
「あのあの、あたしは?」
「林檎は……、うーん、やっぱり『やんちゃ系』?」
「な、何でよ?」
「最初に『ムシ』に変異した時、コンサート会場にいたって時点で、普通じゃないじゃん」
「うっ」
紗理奈にやり込められた形の林檎は、しばらくコーラ片手に黙り込んでいたけど、ふいに思い付いたように言った。
「そうだ。あたしと苺は、『アイドル系』って事にしようよ。ねえ、亜美ちゃんもやらない、アイドル?」
「何ですか、それ?」
[だからー、吉岡苺ってのがいてさあ]
「知ってますよ。チビで、いかにもやんちゃって感じの子ですよね?」
「うわあ、先輩を『チビ』とか言っちゃってる-……。まあ、事実だから良いっか」
「良いの、それ?」
「まあ、苺だからね」
「紗理奈って、何気に苺には厳しいよね」
「『優しい』の間違いじゃない?」
「でも、亜美ちゃんは『アゲハ』だから、苺や林檎と一緒に踊れないんじゃない?」
「別に翅を出さなくても良いんだから、大丈夫だよ。それに、荷物係にするって手もあるし」
「荷物係?」
「『アゲハ』の子って、荷物がいっぱい運べるって聞いたんだけどー」
「普通の『ムシ』よりは少し多いって程度だと思うよ」
「でも、うちらよりは多く運べるじゃん」
「あのー、あたし、荷物係なんですかー?」
「だって、街中でゲリラライブとかするとして、素早く撤収する際、機材とか置きっぱにできないじゃん」
「それ、どういうシチュよ」
「カッコ良いお兄さん達が寄って来ちゃって、収拾が付かなくなっちゃうとか?」
「はあ?」
「ヤクザのオジサンに立ち退きを迫られるとか?」
澪が首を横に振っている。
紗理奈は、助け船を出してあげる事にした。
「最近は、小型の機材とかあるって言うよ。それに、優流お兄ちゃんとか、立花のお兄ちゃんとかに頼むって方法もあるし……。女の子だけでライブとか、いくら『ムシ』だって無理があるでしょう?」
「なるほど……」
林檎は、鵜飼優流にも立花奏音にも会った事は無さそうだけど、話だけは聞いている様子。だけど、当然、亜美は知らない訳で……。
「あのー、その人達って、どういう人ですか?」
その質問には、澪が答えてくれた。
「二人とも大学生だよ。立花のお兄ちゃんってのは、私の幼馴染で義兄になる人で、鵜飼さんは、立花のお兄ちゃんの親友で紗理奈と仲が良いの。亜美ちゃんには、そういう人、いないの?」
「えーと……」
「あ、いるんだ」
「あ、でも……」
そうして聞き出した相手は、同じマンションに住む三つ年上のお兄さんらしい。
案の定、林檎が声を上げた。
「ラッキーじゃん。その人にも手伝ってもらおうよ?」
「で、でも、真尋お兄ちゃんは……」
「ふーん、真尋って言うんだ」
「あ、はい。桜井真尋って言います。今は中三で、受験生なんです」
「時々だったら、良いじゃん」
「あの、ゲリラライブって何なんです?」
「何って、あたしと苺で、街角で歌って踊ってってのやりたいと思っててさ」
「えっ?」
「金髪少女隊って言うんだけど……」
「ぷっ、何その変なネーミング」
「しょうがないじゃん。苺が言い出したんだから」
「あ、それだったら分かります。あの人、変な人ですよね?」
相変わらず亜美の中での苺の評価は、底辺レベルのようだ。
ところが、それが後日、東京ネズミーランドのパレードで苺が躍る姿を見た途端、豹変するのだが、それは少しだけ後の話である。
★★★
藤代亜美は、金髪碧眼。肌は白くて華奢な体型。顔付は少しだけキツい感じだけど、そこは性格のせいに違いない。
彼女は一人っ子で、普通に両親から愛されて育ったようだ。もっとも、家業は運送業で、母親も昔から事務を手伝っていて今は役員。相当に忙しいらしく、家政婦の人に世話されて育ったらしい。
昔は中小の運送会社だったのを、ネットショッピングの配送に特化して急成長した辺り、東山モビリティと少し似ているかもしれない。
とまあ、そんな話を亜美から聞き出していたら、部屋を片付けに来た家政婦の片瀬尚子に、「お嬢様達、そろそろ十時ですよ」と言われてしまい、いったん解散の流れになった。普通の子より睡眠時間が短くて済む「ムシ」にとって、夜の十時はまだ宵の口なのだが、それを片瀬に言う訳には行かないらしい。榊原澪が母親の綾さんから、キツーいお説教を受けてしまうからだ。
林檎が、「じゃあ、あたしは帰るわ」と言うので、彼女を覗く三人で空中散歩に向かう事にした。と言っても澪の場合、「紗理奈と亜美を、ちょっと見送りに行って来る」って口実だ。
一方の林檎は「シジミ」なので、「アゲハ」や「タテハ」の三人には付いて行けないと思ったんだろう。
その林檎は先に窓の方へ向かい、心話で〈じゃあね〉と言い残して、さっさと外へ出て行ってしまう。「シジミ」とはいえ「ムシ」だから、墜落するような事にはならない。小さな翅を羽ばたかせてフワフワと空中を漂いながら、下北沢にある自宅の方へ飛んで行ってしまった。
「あれ? 亜美ちゃん、何でそっちへ行くの?」
紗理奈がドアの方へ向かう亜美に声を掛けた。
「トイレだったら、こっちにもあるよ」
澪の部屋には、ユニットバスが付いているのだ。
「あ、いや……、ていうか、これから外へ出るんですよね?」
それを聞いて今度は澪が、「外へ行くなら、天井か窓からでしょう?」と言う。
「えっ?」
「分かんない? 『ムシ』には実体が無いんだから、何処からだって出て行けるんだよ」
「で、でも……」
亜美が迷っているうちに、いつものように澪は天井へ吸い込まれて行く。
だけど、亜美は気付かない。
〈もう、私が先に行くから、付いて来なよ〉
紗理奈は、サッと光を纏って外へ出た。もちろん、纏う光はミニマムだ。最近、「ムシ」達の間で流行ってるマナーでは、室内で完全な「ムシ」になるのはNG。理由は眩しいし、家に他の人がいなくても、外から異常事態だと誤解されかねないからだ。
外へ出た紗理奈は、落下を始めた所で翅を出してホバリング。そうして、少しずつ高度を上げて、さっきまでいた最上階の窓から中を覗き込んだ。
亜美は、まだそこにいた。
〈もう、ボーっと突っ立ってないで、さっさとこっちへ来なさい〉
〈で、でも……〉
〈さっきは、ちゃんと天井を抜けて外へ出たじゃない〉
さっきというのは、亜美が初めて「ムシ」になった時の事だ。亜美の自宅マンションの上には、まだ何階かあった筈なのに、亜美は全部を突っ切って屋上から外へ出たのだ。
〈だってえ、あの時は無意識っていうか、全然、覚えて無くてー〉
〈しょうがないなあ……。まずは、身体に光を纏って、腕を前に突き出してみたら?〉
〈あ、はい〉
紗理奈が言った事が、どこまで亜美に伝わったかは不明。それでも彼女は窓辺に立って、光を纏った。
亜美が、おずおずと細い右手を前に突き出す。すると、窓からニョキっと右手が出て来たかと思うと、直ぐに引っ込んだ。そうかと思うと、今度は「ドラ〇もん」の左手が出て来て、また引っ込んで……というのを何回か繰り返す。
とうとう痺れを切らした紗理奈が、〈もう、さっさとしなさいっ!〉と大声で一喝! その声に驚いたのか、亜美が一気に前へ出た……かと思ったら、落ちて行く。
〈ひええええ……〉
〈もう、亜美ったら、あんた、「ムシ」でしょうがっ! 翅はどうしたの、翅はっ!〉
〈あ、はい〉
地面すれすれの所で「アゲハ」の翅を出した亜美は、ゆっくりと空へと戻って来る。光を纏っていれば地面に激突する事は無いんだけど、その場合は、地下深くへ埋っちゃう……? そしたら、探すのが面倒かも……。
〈違うよ、紗理奈〉
その時、澪の声が頭に飛び込んで来た。
〈もう、澪ったら、何処に居たのよ〉
〈何処って、ここに居たけど。ここで、ずーっと見てたよ〉
振り返ってみると、そこには「カラクサ」の優美な翅を持つ巨大な「タテハ」のチョウの姿……。
〈で、何が違うのよ?〉
〈あのね、「ムシ」には実体が無いんだから、重力なんて関係無いんだよ〉
〈えっ、どういう事? 翅が無いと、普通に落ちると思うんだけど……〉
〈それはさ、「落ちる」って思い込んでるからなんじゃない?〉
〈思い込んでる?〉
〈そう、「落ちる」って思い込みが重力を創って、「落ちる」んだよ〉
〈……?〉
〈分からない? じゃあ、見ててよ〉
その言葉と同時に、目の前の巨大な「カラクサ」の翅が消えた。残ったのは、薄っすらと光を纏う金髪少女の姿。その彼女は、部屋儀の白いワンピの裾を羽ばたかせる事もなく、ただ空中に浮かんでいる。それは、あたかも……。
〈こらっ、紗理奈。あんた、私を見て「幽霊」とか思ったでしょう?〉
〈あ、いや……、えーと、妖精さん?〉
そんな会話を交わしているうちに亜美は戻って来て、二人の近くで佇んでいる。彼女の「アゲハ」の翅には水色の文様があって、これはこれで綺麗……。
〈ねえ、亜美、あんたの翅、大きさは変えられる?〉
いつの間にか紗理奈は、亜美の名前を呼び捨てにするようになっていた。
〈えっ、どういう事ですか?〉
〈いや、できないなら良いの。それと、色は変えられる?〉
〈えっ?〉
〈あ、それも大丈夫。私もできないから〉
〈えーと、それって、絢乃って子の事?〉
〈そうだよ、澪。鯨岡絢乃。あの子、翅をもっとでっかくできて、紋様の色まで変えられるんだ〉
亜美は、相変わらずぼーっとしている。たぶん、さっきから不思議な事の連続で、頭が追い付いて行かないって感じ。
そこで澪が言った。
〈じゃあ、せっかくだから、ちょっとだけ散歩しよっか?〉
〈えっ、時間は大丈夫なの?〉
〈だから、ちょっとだけだよ。ほら、行くよ〉
そう言って、澪は湾岸の方へ向かって飛んで行く。その後を二人の「アゲハ」は、巨大な翅をゆっくりと羽ばたかせて付いて行った。
END114
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。
また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。
★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




