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113:不思議な「ムシ」の世界へようこそ

◇2041年7月@東京 <東山紗理奈>


七月に入って最初の木曜日、東山|紗理奈は例の「ムシ」が生まれる予兆を感じた。前回の赤井林檎(りんご)の時は名古屋へ行っていて不在だったから、五月のゴールデンウィーク最終日に、小川真花(まはな)の「ムシ」発現時に立ち会って以来だ。


しっかし、最近、『ムシ』になる子が多いなあ?


ぼんやり、そんな事を思いながら、あちこちに紗理奈はメールを飛ばす。それから、急いで朝食を済ませて学校へ向かう車に乗った。

七月に入ったとはいえ、外は雨。しかも、思いの外に激しい。

そのうち、雷まで落ちてきた。


うわあ、なんか不気味な感じ……。


心の中で悪態を吐いていると、いつもの同乗者の成田菫子(すみれこ)が声を掛けてきた。


「紗理奈ちゃん、怖い?」


最初、紗理奈は何を言われたか分からなかった。紗理奈は、今まで雷を怖いと思った事がない。怖いものなら、他にいっぱいあったからだ。


「……あ、でも、最近は怖いかも」

「だよねー。私だって、本当は怖いんだ」


思わず口から漏れてしまった呟きに、董子が目敏く反応した。

でも、紗理奈が怖いのは、雷が「ムシ」達の天敵とされているからだ。何でも芳賀真凛はがまりんが、雷のせいで墜落した事があるのだとか……。


「最近の車って、コンピュータによる電子制御じゃない。いくら安全策が取られてるって言っても、近くに雷が落ちたりしたら、暴走しないかって心配なのよ」


なるほど、言われてみればそうだけど、それで実際に事故が起きたって話は聞かないから、たぶん大丈夫な筈……。なんて思っているうちに雨脚が激しくなって、ゲリラ豪雨の様相を呈してきた。

フロントガラスの向こうが何も見えない。まるで水の中にいるみたい。

それでも、ちゃんと走ってくれるのが自動運転の強みだ。


菫子の職場は、ここから五分程度の所にあるらしい。そこは以前、紗理奈の祖父が頭取を務めていた大手銀行で、彼女は支店の窓口業務を担っているそうだ。

紗理奈は、家政婦の松川愛子に連れられて、一度だけ彼女の職場を訪れた事がある。紗理奈は、その仕事が誠実な彼女の転職だって気がした。


その時、車内が光ったかと思ったら、ひときわ大きな雷鳴が轟いた。董子がキャッと可愛い声を上げて身震いした。

それでも車は止まらない。


結局、ほとんど遅れる事も無く、車は東京精霊女学園の地下駐車場へ入って行った。



★★★



紗理奈が教室へ足を踏み入れた途端、クラスメイトでもある小川真花(まはな)から心話が飛んで来た。


〈今日、「ムシ」になる子って、きっと千葉だと思うんだよね〉

〈真花は初めてだってのに、良く分かったね〉

〈だって、「ムシ」になる子の予兆については、色々と聞いてる訳だし、何となく分かるっていうか……って、確信したのは、紗理奈からのメールを受け取った時なんだけどね〉

〈そっか。まあでも、実際に「ムシ」になるのは夕方以降だから、昼間は普通に過ごしてれば良いよ〉

〈えっ、そうなの?〉

〈当然じゃん。授業中とかに「ムシ」への変異が始まっちゃったりしたら、教室がパニックになっちゃうでしょう?〉

〈あ、そっか……〉


そんな会話を交わしながらも、ずっと紗理奈は無表情だ。真花の方へは目を向けず、自席に座ってタブレット端末を立ち上げる。そして、担任の堀内杏里ほりうちあんり先生が来るまで、紗理奈は自習を続けた。



★★★



その子の自宅は、千葉市美浜区のマンションにあった。彼女の部屋は十二階。海側なので、西日に輝く東京湾の海面がビルの狭間はざまに見える。


紗理奈が着いた時、既に変異は始まっていた。

そして、その子の部屋には既に吉岡(いちご)がいて、その子と心話で激しくやり合っている最中だった。


〈うわあ、な、何なのよ、これ?〉

〈『何って、何よ。さっきも言ってあげたじゃない。あんたは、これから「ムシ」になるの〉

〈だから、「ムシ」って何なの?〉

〈だからー、アタシみたいに、チャーミングな翅を持つ子の事だってばあ〉

〈何がチャーミングよ。あんたなんて化け物じゃない〉

〈は、化け物、言うな! あんた、この苺ちゃんの可愛さが分かんないの?〉

〈分かんないに決まってんじゃん〉

〈もう、何で、そんなに偉そうなのよ。せっかく来てあげたのに……〉

〈来てあげたって、別に呼んでないじゃん〉

〈呼んでたじゃん。それに、「怖い、怖いよー!」って、泣いてたじゃん〉

〈な、泣いてなんてないから……〉

〈泣いてたでしょうがっ!〉

〈むぅ……、うわあ、また別の化け物が来たあ!〉


あまりに低レベルの会話に痺れを切らした紗理奈が部屋に入って行ったら、「化け物」呼ばわりされてしまった。

紗理奈は、直ぐに翅を消して、顔が普通に見えるぐらいに纏う光を弱めた。


〈驚かせてごめんね。私は、紗理奈って言うの。あなたは?〉

〈えっ? あたしは、藤代亜美ふじしろあみだけど〉

〈ふふっ、亜美ちゃんだね。宜しく……〉


そこへ、もうひとつの光の塊が飛び込んで来た。


〈ごめん、遅れちゃった……〉

〈うわあ、もう一匹、化け物が現れたあ!〉

〈この子、なんか失礼な子なんだけど……〉


真花まはなだった。


〈何が失礼よ。人の部屋に無断で入って来る方が失礼でしょうがっ!〉

〈ふーん、元気なんだ〉

〈カラ元気だと思うけど〉

〈あ、始まったね〉


真花が言う通り、亜美が纏う光が急に強まって、背中に翅を形作って行く……と思ったら、それは黒っぽい壁でしかなかった。


〈これって、ひょっとしてアゲハ? うわあ、飛んでっちゃった〉

〈真花ったら、呑気なこと言ってないで追い掛けるよ〉

〈ラジャー〉

〈も、もう、置いてかないでよー〉


紗理奈は、一瞬で「アオスジ」の翅を出し、窓ガラスをすり抜けて外へ出ると、アゲハになった亜美の後を追って行く。その後に白い翅の真花が続き、「シジミ」の苺がちっちゃい翅をパタパタと羽ばたかせながら追いかけて行った。



★★★



藤代亜美の父親は、藤代運輸という運送会社を経営しているらしい。全国で言えば中堅だけど、関東では三位以内、千葉では最大手のようだ。早くからドローン配送を手掛け、オンラインショッピングの個別配送を強みにしているという。

口の悪いいちごに言わせると、〈六人中三人が社長令嬢って、なんかヤバくね〉との事。


〈それよりも私は、六人中三人が「アゲハ」か「タテハ」ってのが凄いと思うんだけど……〉

〈それよりも私は、六人の中に二人も「シジミ」がいるってのが凄いと思うんだけど……〉

〈もう、真花まはなったら、酷い〉

〈でも、事実ではあるよね〉

〈紗理奈も、何気にアタシらをディスってる気がするんだけどー〉

〈別に、普通だと思うんだけどー〉

〈もう、あんたら、ふざけんの止めたら? てか、みんな、どう見たって、存在自体が普通じゃないじゃん〉

〈こら、亜美ちゃん。こんでも私達、お姉さんなんだからね〉

〈そうそう。アタシだって中学生……〉

〈あんたにだけは、言われたくないわ〉

〈な、何でよ?〉

〈だって、チビじゃん〉

〈チ、チビ言うなっ!〉

〈空飛ぶスピードとか、比べ物になんないくらい遅いじゃん〉

〈……〉


なんか、苺が黙り込んでしまった。


〈ま、まあ、苺には苺の良い所があるからさ〉

〈それ、前にも聞いた事があるって気がする……(ぐすん)〉


とうとう泣き出してしまった苺は真花に任せて、この後は紗理奈が亜美を引き取る事にした。


〈じゃあ、亜美ちゃん、競争しよっか?〉

〈えっ?〉

〈ひょっとして、私には勝てないと思った?〉

〈そ、そんなこと無いもん〉


紗理奈が煽ってやると、亜美はムキになって追い掛けて来る。だけど、全速の紗理奈には敵わないようで、しばらくすると少し速度を落としてやる。

そうして、二人の「アゲハ」は、東京の都心を目指して飛んで行った。



★★★



紗理奈と亜美が向かったのは、新宿のタワマン最上階の部屋。もちろん、榊原澪さかきばらみおの自室である。

事前に心話で来訪を伝えていた事もあって、ローテーブルには大きなピザとサンドイッチ、ソフトドリンクが置かれていた。


「どうせ、お腹空いてるんじゃないかと思ってね」

「私は、軽く食べて来たんだけど……」

「紗理奈の為じゃないってば。えーと……」

「あ、藤代亜美って言います。小学六年生です」

「ふふっ。私は、榊原澪。で、こっちの子は……」

「赤井林檎(りんご)って言うんだけど、笑ったら殴るよ」


そんな風に言ったにも関わらず亜美は笑ってしまい、再び一悶着あって仲直りした後、ピザとサンドイッチを食べ出した。

ところが……。


「ふーん。亜美ちゃんの左手、指が無いんだね」

「……」

「あ、怒った? 大丈夫。ほらね」


いきなり澪が義手を外して見せる。さすがの亜美も、澪の左腕の欠損には顔を顰めて何も言えない様子。

代わりに心話を投げてきたのは、林檎だった。


「ちょっ、ちょっと、澪。それって……」

「そっか。林檎は知らなかったんだね。これ、生まれ付きなんだ」


そこで紗理奈が、もう一人、福島に隻腕の子がいる事、指が欠損してる子なら、仲間に三人いる事を付け加える。

そこで、ようやく亜美が声を上げた。


「あ、あの、あたし。自分だけとか思っちゃってて、ごめんなさい」

「ううん。大丈夫……。あ、でも、指が五本とも無いのは珍しいかも」

「私、この手のせいで『ドラ〇もん』とか呼ばれてて……」

「まあでも、『ムシ』の子の障碍として、珍しくはないかな」


紗理奈は、「ムシ」の子の場合、障碍を持って生まれて来るケースが多い事を説明した。


「うわあ、紗理奈さんって、目も耳も障碍があったんですか?」

「まあね。でも、今はどっちも治ってるから大丈夫」

「そういや、あたし、さっきから耳が聞こえてるみたい……」

「えっ、亜美ちゃん、耳も聞こえなかったの?」

「あ、いや、難聴って奴でして……」


特に左は全く聞こえていなかったのが、今は普通に聞こえているようだ。


「ふふっ、『ムシ』になった事の恩恵は、色々とあるんだよ。きっと耳だけじゃなくて、目も良く見えてる筈だよ。それに、暗くてもクッキリ見えるようになったんじゃない?」


亜美は、キョロキョロと首を動かした後で、ようやく紗理奈が言った事に納得したのか、「そうみたい……」と呟いた。


「うわあ、なんか凄いです。あの、窓の外の夜景がすっごく綺麗……」

「ふふっ、そんなの当ったり前じゃない」

「そうそう。ここは新宿のタワマン最上階なのよ」

「あ、いや、そういう意味じゃなくて、遠くのビルの窓から中が見えるっていうか……キャッ!」


亜美が小さく叫んだのは、どっかのホテルの窓から、見ちゃいけない何かが見えちゃったとかに違いない。

そんな亜美の様子を笑って見ていた林檎が言った。


「ふふっ、これで亜美ちゃんも、うちらの仲間入りだよ。ようこそ、不思議な『ムシ』の世界へ!」




END113


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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