111:茶髪の子の保護者会東京支部発足(1)
◇2041年6月@東京 <東山紗理奈>
榊原陸翔主催による昼食会は、六月最終日の日曜に決まった。時間は正午から。つまり昼食会という事だ。場所は、五月末に大学生のサポーター達を集めた昼食会の時と同じ中華料理店。その辺は、早坂琴音と澪の兄の榊原海渡とが、連絡を取り合って決めたらしい。
参加メンバーは、三十二名。内訳は、五人の「ムシ」達とその家族が二十名。大学生六名。サカキバラ商事三名、その他が三名だ。
他の家族が全員参加する中、東山家だけが父の孝太郎と紗理奈だけの参加。その代わり、叔母の佐伯桃香と従妹の姫香、夢香が参加する事になっている。この姉妹は、「ムシ」予備軍だからだ。
大学生には、海渡の婚約者の立花初音と澪の家庭教師の坂下美倖が含まれる。初音は、東都大四年、美倖は、城北大一年。残りの四人のうち、関口仁志が東大生で、他の三人は家族枠でカウントした小川千花と同じ東都大学の一年生である。
その他のメンバーは、父の孝太郎の秘書一名と、「茶髪の子の保護者会」代表の菅野彩佳と市川弁護士だ。
尚、彩佳と市川の二人は、前日の土曜に福島から東京へ移動。その土曜の内に榊原陸翔、海渡と面談し、「サカキバラ商事による『ムシ』達のサポート契約」が無事に締結されたとの事だ。
さて、その日曜日の朝も紗理奈は、例によって、父の孝太郎と向かい合って朝食を取っていた。
「実は、一昨日の金曜日、榊原陸翔さんがうちの会社にふらっとやって来てな、今日の事を色々と話したんだ。陸翔さん、お前の事を褒めてたぞ」
最近になって知った事だが、榊原陸翔は、父の孝太郎より十歳年上らしい。しかも、企業規模が格段に上の為、陸翔の突然の訪問には、孝太郎も相当に緊張した筈だ。そんな時に娘の事を話題にされて、きっと彼も困惑したに違いない。
紗理奈は、少しだけ父に同情した。
「そうでしたか。私が少しでもお父さんの役に立てて、良かったです」
「あの人、表面的には愛想良く見えるんだが、人の見方は厳しくてな。陸翔さんに気に入られたって事は、誇っても良いと思うぞ」
「そうでしょうか? 私が澪の友人で、子供だからだと思うのですが」
「いや、そんな感じではなかったな……。まあ、それは良い。それより、今日の事なんだが……」
それから、今日の昼食会の話になった。
紗理奈は、自分が知っている事を父へ事前にインプットしておく事にした。
「昨夜、『茶髪の子の保護者会』を代表して福島から来られた菅野彩佳さんと、東大生の関口さん、東都大の小川千花さん、早坂さん、立花さん、鵜飼さんといったメンバーと、今日の事について事前の打ち合わせをしました……。あ、榊原澪や小川真花とかも一緒です」
「えーと、菅野さんというのが、紺野グループの幹部の方かな?」
「はい。紺野グループ社長夫人、紺野彩音さんの妹さんです。昨日、福島から出て来られて、直ぐに榊原陸翔さん、海渡さんと打ち合わせされて、その場で今回の契約書にサインされたそうです」
「なるほどな」
「それで、昨夜に打ち合わせた内容ですが、皆さんに私達『ムシ』についての理解を深めて頂くには、どうすれば良いかというのがポイントでした。特に、あまり『ムシ』という存在を御存じない方々、例えばサカキバラ商事秘書室のメンバーとかにも、好ましい印象を持って頂く必要がありまして……」
その後、具体的に今日の昼食会で、「誰が何を説明するのか?」を孝太郎に伝えた。
司会役は早坂琴音で、主なスピーカーは関口仁志、榊原海渡、そして紗理奈である。関口が、これまでの経緯を話し、紗理奈が「ムシ」の特性について説明。最後に、今回サカキバラ商事と交わした契約内容について、海渡が明らかにするといった流れだ。
「そうか。紗理奈の役目もあるんだな」
「はい。一応、私は首都圏の『ムシ』達の代表ですので」
「それで、その場で紗理奈も『ムシ』になるのか?」
「あ、いや、『ムシ』になるのは、吉岡苺と赤井林檎だけです」
紗理奈は、父の孝太郎にカミングアウトした後、自分が変異した姿を見てもらっている。それを行ったのは母が実家に戻った日の深夜で、場所は自宅の庭。その時の父の反応に恐怖は無く、逆に少し興奮した状態だったのが紗理奈には意外だった。
「苺と林檎の変異した姿は、『シジミ』と言って、私や澪よりも翅がずっと小さいんです。それで、室内でも充分に分かってもらえると思ったんですけど……、まあ、私や澪とかが変異した姿とは、だいぶ印象が違っちゃいますけどね」
「そうなのか?」
「はい。もっと……えーと、可愛らしい感じになります」
「……?」
「まあ、実際に見て頂ければわかると思います」
そう言って紗理奈は、ミルクたっぷりのカフェオレを飲み干した。
すると、そこへ珍しく弟の倫太郎が顔を出した。紗理奈が弟を見たのは、ひょっとすると正月以来かもしれない。
「あ、お父様、お姉さん、おはようございます」
相変わらず、倫太郎の口調は他人行儀だ。紗理奈は、「お姉様と呼ばれないだけマシ」と思う事にした。
家政婦の岡田珠緒に依ると、最近、母の若菜は部屋で朝食を取っているようで、滅多に顔を合わせない。
その母は朝食の際、弟の倫太郎も自分の部屋に呼んでいるようで、それを彼は嫌がっているとの事。それなのに母は、「反抗期かしら?」という言葉で片付けており、「そのうち弟が爆発するのでは?」と岡田が気に病んでいるそうだ。こっちは、もう一人の家政婦、松川愛子から聞いた話である。
紗理奈が倫太郎に、「最近、学校はどう?」と話し掛けた時だった。父の倫太郎が、「紗理奈、今日は一緒に出よう。早めに準備すると良い」と言って、部屋へ行くように促した。
「え、お姉さん、お父様と一緒に外出するの?」
「そうよ」
「……?」
何も言わなくなった倫太郎を横目で見ながら、紗理奈はリビングを出て行く。すると後ろから、「あら、あなたも一緒だったのね」という若菜の声……。
仕方なく紗理奈は振り返り、「お母様、おはようございます」と言って軽く頭を下げる。それから、「急ぎますので、失礼します」と言い残し、さっさと自室へ向かった。
さっき父が紗理奈を急き立てたのは、まだ母に会わない方が良いという配慮だったようだ。
倫太郎がダイニングに顔を出したのだから、母も現れるに決まってる。もっと早く席を立つべきだったのだ。
そんな風に反省しながら、紗理奈は自室のドアノブに手を掛けて、中へ入って行った。
その時、弟の倫太郎が淋しそうな顔をしていたのを、姉の紗理奈は知らない。
★★★
着替えを済ませた紗理奈は、家政婦の松川愛子に促されて早めに家を出た。孝太郎と一緒なので、黒塗りのハイヤーだ。
この車は自動運転なのだが、最近、良く見掛けるようになった秘書の女性が運転席に座っている。今まで気にした事は無かったけど、改めて見てみたら、随分と若いお姉さんだった。二十歳そこそこって感じだ。
しばらく見詰めていたせいか、その彼女が振り返って話し掛けてきた。
「あの、ご挨拶させて頂いて宜しいでしょうか?」
「ああ、良いぞ」
どうやら、彼女が話し掛けた相手は、父の孝太郎だったようだ。
「お嬢様、大変ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。私、東山モビリティ秘書課の武井雫花と申します。以後お見知りおき下さい」
その彼女は、正式には四月の入社だけど、大学三年の夏からインターンとして週に何日か働いているそうだ。
所属は秘書課でも、今日は運転手兼ボディーガードとして来ているという。小さい時から空手を習っていて、今では相当な腕前だとか……。
「あの、実は私、サカキバラ商事秘書室の桜子と大学の同期で友人なんです」
「桜子さんっていうのは、えーと、木下桜子さんでしょうか?」
紗理奈は、その名前を澪から聞いた事があった。
「はい。今日の昼食会には桜子も出席するというので、私も社長に無理を言って参加させて頂く事になりました」
「へえ、そうだったんですね」
「はい……。あの、私、前々から思ってたんですけど、社長ってお嬢様の事、凄く大切にしておられますよね」
「こら、武井君。いきなり何を言い出すんだ」
「だって、そうじゃないですか……。そういや、お嬢様の秘密の一端が、今日の昼食会で明らかにされるって事を小耳に挟んだんですが、それって本当ですか?」
どうやら、この武井雫花は、「ムシ」の事について何も聞かされていないようだ。
紗理奈は、そんな雫花に悪戯っぽく、「それは、後のお楽しみでーす」と言って、ニッコリと笑って見せた。
END111R
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。
また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。
★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




