110:BGラボラトリ
◇2041年6月@東京 <関口仁志>
六月に入って四度目の日曜の午後に関口仁志は、とある渋谷のコーヒーショップで、同じ東京大学の先輩である二瓶丈晃、東都大学の早坂琴音の二人と会っていた。
外は梅雨の最中なので、じめっとしている。何時、雨が降ってきてもおかしくない天気だった。
ちなみに、早坂琴音と二瓶丈晃は同じ福島の朝香高校出身。二瓶だけが一つ上の学年で、関口と琴音は同じ歳だ。
関口が琴音と知り合ったのは、今年の三月に開かれた「未確認飛行少女情報サイト」のオフ会が最初で、その後、ゴールデンウィーク最終日、琴音が彼の家に泊って、翌朝、東京まで一緒に電車で来た事がある。当然、男女のあれこれは皆無だったのだが、その後、琴音は何かと絡んで来るので、関口は少々鬱陶しく感じていたりする。
一方、二瓶と琴音の関係は、関口の目で見て非常に淡泊だ。恐らく、二瓶は琴音の性格を熟知していて、上手に躱す術を身に着けているようだ。関口としては、ぜひともご教授して欲しい所である。
「へえ、『ムシ』達のサポート役にサカキバラ商事が付くっていうのは、結構、思い切ったね」
「どういう意味ですか?」
「だって、サカキバラ商事だったら、相当な数の従業員がいる訳だろ。その全員に『ムシ』の事が知られる事になれば、『ムシ』の存在が幅広く世間に知れ渡る事にならないかい?」
「そこは、上手くやるつもりです。当然、サカキバラ商事でも一部の信頼できる社員にしか、『ムシ』の子の情報は開示しませんよ」
「そうなのかい?」
「はい。でも、割と早い時期に『ムシ』の存在は社会全体に知られるでしょうし、そうなると少人数では『ムシ』達を守り切れなくなります。ですので、遅かれ早かれ『ムシ』達の情報を共有するサカキバラの社員の数は、急速に増えて行くでしょうね」
「なるほど、そういった事まで見据えての判断という訳だね」
「ムシ」が女の子である事は、相変わらず二瓶には話していないが、お互いの間では既に周知の事実になってしまっている。二瓶の方から、「『ムシ』の子に会わせろ」といった要求が一切無いので、彼に「ムシ」達を会わせないまま、今に至ってしまっているのだ。
だけど、そろそろ潮時かもしれない。
そうやって関口が思った矢先、琴音が口を開いた。
「あの、二瓶先輩。一度、『ムシ』の子に会ってみます?」
「いや、止めておくよ」
即座に拒否されてしまった。
「一度でも会っちゃうと、いくら僕でも情が移って逃げられなくなるだろ? 『ムシ』の子達からは、危険な臭いがプンプンするからね」
「それは、そうかもしれませんけど……」
「あ、いや、誤解して欲しくはないんだが、『ムシ』の子達が危険って意味じゃないよ」
「さすがに、それは分かってますよ」
思わず口を挟んでしまった関口は、次の二瓶の言葉を待った。
「たぶん、前にも言ったと思うけど、僕は君達に敵対するつもりは一切無いんだ。それに、『ムシ』達の不利になるような事は決してしないし、基本的に『ムシ』達の味方であり続けるつもりだよ」
「だったら……」
何か言いたそうな琴音に、関口が目配せする。
二瓶が先を続けた。
「でもね、僕は、根っからの技術者であって、君達みたいな行動力は無いんだ。だから、直接的な形で『ムシ』達を守れるとは思えない。僕は、僕の出来る事で彼女をサポートして行こうと思う」
「そうですか……」「分かりました」
関口と琴音の返事が重なった。
★★★
「ところで、二瓶さん。以前、おっしゃってた『BGラボラトリ』ってサイト、どうなりました?」
「ああ、それなら、もうオープンしてるよ。と言っても、ほとんど閲覧者はいないんだが……」
そう言って二瓶は足元のリュックからタブレット端末を取り出し、そのサイトのプロントページを表示させて、関口と琴音の前に差し出した。
その「BGラボラトリ」というサイトのデザインは、お世辞にも垢抜けてはおらず、閲覧数を稼げる代物ではなかった。文字が多めで、正直、学術論文の類にしか見えない。
「あはは。驚いたって顔だね。実は、敢えて硬い感じのデザインにしてるんだ。僕としては限定メンバーだけに公開したかったんだが、沖田さんに急かされちゃって、仕方ないから、こういう形でオープンにする事になったんだよ」
「なるほど」
「どんな立場であれ、この『ムシ』現象というものに強い興味を持った人は、こんなサイトでも見付けて、内容をチェックしてくれるって思うんだ。そうやって、幅広く意見を集めて行くって意図なんだが……。あ、それでも、『ムシ』達に不利な情報は載せてないから、安心してよ」
関口は、二瓶の説明を聞き流しながら、幾つかの記事に目を通して行った。やはり、それらは論文調に書かれた物ばかりで、筆者は「沖田哲哉」による物が大半を占めている。
「見ての通り、まだまだ中身はプアだから、関口君には見せたくなかったんだけど……」
そうは言っても、そこに書かれた内容は、ある程度、的を得たものばかりだった。
曰く、「ムシ」は福島の浜通り地方、中通り地方を中心に広がっていると推測できる事。よって、東日本大震災後に起こった事故の影響が考えられる事。
曰く、「ムシ」は自由に空を飛び回ることが出来る事。
曰く、「ムシ」には実体が無く、壁などを自由に通り抜ける事が出来る事。
曰く、「ムシ」の翅のサイズは大中小に分かれており、大きい方から「アゲハ」「タテハ」「ミッド」「シジミ」と名付けられている事。尚、これらの名称は、「未確認飛行少女情報サイト」からの抜粋である事。
曰く、「ムシ」の翅には個体によって異なっており、昆虫のチョウと類似した物から、見た事のないカラフルな物まで様々である事。
曰く、「ムシ」が去った後には、無数の光の粒がチョウの翅の鱗粉みたく辺りに撒き散らされ、様々な匂いが漂っている事。
曰く、今後、「ムシ」の数は爆発的に増える可能性がある事……。
「沖田さんは、この『ムシ』という存在が、人類の進化系のひとつだと考えているみたいなんだ」
「てことは、将来、全ての人類が、『ムシ』のような存在に置き換わるって事ですか?」
「いや、まだ何とも言えないよ。それに関口君の話だと、『ムシ』には女性しかいないんだろ?」
「まあ、そうですね」
「あの、BGラボラトリの『BG』って何の略ですか?」
質問したのは、それまで黙っていた琴音だった。
「バタフライガールズ(Butterfly Girls)の略だよ。僕としては、飛行少女との差別化を図ったつもりなんだけどな」
「なるほど、分かりました」
それから二瓶は、少し考えてから再び話し出した。
「本来、『BGラボラトリ』の主宰者は沖田さんであって、僕は頼まれたって立場なんだけど……、それでも、僕が積極的に手を貸しているのは、沖田さんの暴走を止める為でもあるんだよね。あの人、悪い人じゃないんだけど、基本的に研究者気質で、知的な興味に引かれて突っ走る所があるからさ」
「なるほど」
「このBGラボラトリに掲載する情報にしても、僕が取捨選択して、『ムシ』達に害が無いと思われるものに絞ってるんだ。後先考えずに、思い付いた事をアップされたりしたら困るだろ?」
「そうですね」
「幸いにも、あの人、自分で直接に書き込みとかしないから助かってるんだけど……、まあ、変な書き込みがあった場合は、勝手に削除しちゃえば良いんだけどね。どうせ、何を書き込んだなんて覚えてないだろうからさ」
どうやら、沖田氏の暴走には、二瓶も相当に苦労させられているようだ。
★★★
「話を前に戻すけど、『ムシ』というのが人類の進化系だとすると、その進化を阻害しようとする勢力が必ず出て来るって気がするんだ。特に、政府系の機関が陣頭で指揮を取ったりすると、やっかいだと思う。今の時点だと、骨董無形な話ではあるんだけどね」
「そうとも言えないんじゃないですか?」
「私も、そう思います。注意しておくに越した事はないです」
「まあ、政府系機関ってのは、既得権益の権化でしょうからね」
「そうなんだよね……。と言っても、政府にだってまともな人はいるだろうから、そういう人達と繋がりが作れれば良いと思うんだけど……」
「うーん、手っ取り早いのは、うちらが中央政庁に就職する事でしょうか?」
「それか、国会議員の秘書になるとか、政治家とのコネを作るとかだろうけど、どれも簡単じゃないよね」
「そういった権力のある人の娘さんが、『ムシ』になってくれると有難いんですけど……」
「あはは。それは、宝くじに当たるのを期待するのと同じだよ」
「でも、最後は、やっぱり権力ですよね。そういう存在を何とかして味方にする必要があると思います」
「早坂さんの言う通りなんだよね……。まあでも、今すぐどうこうって話じゃないし、ちょっと先走り過ぎかな?」
「いや、そんな事はないと思います」
琴音が強い口調になった事で、関口も自分の思いを打ち明ける事にした。
「あの、ちょっと口にするのは恥ずかしくはあるんですけど、僕は『ムシ』の子達の未来を守ってやりたいんです。別に輝かしい未来なんかじゃなくて、ごく普通のありふれた未来で良いんです」
「そうね……。考え過ぎって言われちゃうかもしんないけど、最悪、迫害されて逃げまとう未来だって有り得るものね。やっぱり、ちゃんと普通に生きられる未来であって欲しいと思うわ」
「僕も、大袈裟だって言って笑い飛ばす人達が大半だとは思うんだけど……、そういう人に限って、生の『ムシ』の姿を間近で見ると、『化け物だあ』って叫んで逃げ出すんじゃないかな?」
「きっと、『ムシ』の子達を迫害する側に回るのは、そういう人達なんでしょうね」
「たぶん、そういう人達の方が多数派だって気がするんだ。まあ、僕らが考えてる事が本当に大袈裟で、実際には何も起こらないっていうのが一番良いんだけどね」
「そうですね」「ですよねー」
最後は、そんな事をお互いに言い合って、関口達三人は渋谷のコーヒーショップを出た。
梅雨時だけあって、いつの間にか外は曇っており、小雨が降っている。三人は、それぞれに用意してあった傘を差しながら、ゆっくりと渋谷駅へ向けて歩いて行った。
END110
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




