112:茶髪の子の保護者会東京支部発足(2)
◇2041年6月@東京 <東山紗理奈>
「今日は、皆さん、お忙しい所をお集まり頂き、ありがとうございます。榊原澪の父親の榊原陸翔と申します。今日の集まりは、娘達『ムシ』を守る首都圏の仲間達の親睦会という主旨ですので、限られた時間ではありますが、皆さん、美味しい料理を食べながら、楽しく語り合いましょう」
冒頭、サカキバラ商事社長の榊原陸翔の挨拶で、今日の昼食会は始まった。
「榊原陸翔様、開催のご挨拶、どうもありがとうございました。では次に、東山モビリティ社長の東山孝太郎様に、乾杯の音頭を取って頂きたいと思います。東山様、宜しくお願いします」
「あの、その前にちょっと良いかな?」
司会役の早坂琴音の言葉を遮るように声を上げたのは、榊原陸翔の長男、榊原海渡だった。
「あのさ、今日は親睦会なんだから、『様』付けは止めないか? せめて、『さん』付けにしようよ。な、親父も良いだろ?」
陸翔が頷いたのを見て、琴音が「分かりました」と答える。
「では、改めまして東山さん、お願いします」
そうして、父の孝太郎が前に出て、笑顔で話し出す。仏頂面しか見た事がない紗理奈にとって、父の笑顔は新鮮だった。
「ご指名に預かりました東山孝太郎です。今日は、娘の紗理奈の父親として参りました。正直に申しますと、私が娘の事を知ったのは、今月に入ってからでして……、聞けば、娘が今のようになったのは、もう一年も前だと言うじゃないですか……。まあ、目と耳の障碍が無くなった時点で、ある程度の事は察していた訳なんですが、それでも問い質す事が出来ず、誠にお恥ずかしい限りです。では、そろそろ、えーと、グラスの方の準備は大丈夫ですかな?」
グラスの中身は、成人したメンバーのほとんどがビール、それ以外はウーロン茶かソフトドリンクで、紗理奈の場合はコーラだった。
「それでは、娘達の安全を祈って、カンパーイ!」
父の声に合わせて、会場中に「カンパーイ」の声が響く。その直後、全員の拍手と共に部屋のあちこちに金色の光の粒が舞い、苺と林檎の甘い香りが漂っていたのだが、それに気付いた者は幸いにも参加者の一部でしかなかった。
★★★
この昼食会の会場は、この中華料理店で一番大きな個室で、大きめの丸テーブル四つが楽に収まる広さがある。普段、ちょっとしたパーティーに使われている部屋との事だ。
それぞれのテーブルには、ちょうど八人ずつが座っており、紗理奈は榊原陸翔、小川聡介、佐伯桃香、菅野彩佳、父の孝太郎といった今日の昼食会の主要メンバーがいるテーブルに、榊原澪と共に座っていた。
他の「ムシ」と予備軍の子達は、木下桜子、武井雫花と一緒のテーブル。榊原海渡は、婚約者の立花初音がいるからか、大学生達のテーブルにいた。
乾杯の後は、各テーブル毎に雑談を楽しみながら、美味しい中華料理を頂く。
やがて、デザートの杏仁豆腐が出て来たタイミングで、再び早坂初音が立ち上がって声を上げた。
「それでは、そろそろ『ムシ』についての教養講座を始めさせて頂きたいと思います」
大半のメンバーの顔が自分に向いたのを見て、琴音は次の言葉を発した。
「その前に恐縮ですが、少しだけお時間を頂きまして、自己紹介させて頂きます。私、本日の司会をさせて頂きます東都大学一年の早坂琴音と申します。私の場合、身内に『ムシ』の子がいる訳ではないのですが、実家が福島の郡山でして、そうした関係者が知り合いに多くいます。その為、福島の『ムシ』達と皆さんとの橋渡しの一助となるべく、今後とも尽力する所存ですので宜しくお願いします……。では、最初に東京大学一年の関口さんに、『ムシ』達に関するヒストリーについて説明して頂きます。関口さん、宜しくお願いします」
琴音の言葉で関口が立ち上がり、彼も簡単な自己紹介をした後、部屋が薄暗くなって壁にネットの画像が現れた。もちろん、彼が主宰する「未確認飛行少女情報サイト」のフロントページである。
その後、彼は簡単なサイトの説明をしてから、同サイトの前身「福島ナゾの光情報サイト」を立ち上げた経緯に始まり、現在は「クイーン」と呼ばれている矢吹天音との出会い、「ムシ」達との海水浴と「茶髪の子の保護者会」設立、サイトのオフ会、クリスマスパーティーといった出来事を順番に説明して行った。
そうした中で、唯一、怪訝な表情をしていたのが、武井雫花である。
ところが、次に紗理奈が立ち上がって、「ムシ」達の現状と「ムシ」の能力についての説明を始めた事で、雫花も「まずは聞いてみよう」という気持ちになった様子。
紗理奈は、予め用意していたパワーポイントの資料を壁のスクリーンに映して、現在の「ムシ」達の地域的な分布や年度別の発言数、「マザー」「ドーター」「シスター」「ファミリー」といった概念、翅のサイズの違い、そして、「ムシ」達の能力について、分かり易く説明して行った。
ところが、「発現した状態の『ムシ』には実体が無い」事の実証として、薄く身体に光を纏った状態の紗理奈が、壁に腕を突き刺して見せた時だった。雫花の怪訝だった表情が、驚愕へと変わった。
更に、調子に乗った紗理奈が、軽く髪の毛を伸ばして動かして見せると、雫花は遂に耐えきれなくなったのか、「キャーッ!」と大きな金切り声を上げた。
咄嗟に紗理奈は、発現を解除。慌てて雫花の所へ駆け寄ると、彼女は後ずさって、「こ、来ないで……」と呟きながら震えている。そんな雫花を友人の桜子が抱き抱え、「大丈夫だから」と子供にするようにあやした事で、ようやく落ち着きを取り戻してくれた。
「あ、あの、驚かせてごめんなさい」
「私こそ取り乱してしまって、本当にごめんなさい」
「いや、武井さんは悪くないです」
「いいえ、悪いのは私です。社会人なのに、自分が情けないです」
「いやいや、そんなこと無いですから……」
「そうですよ。むしろ、今の武井さんの反応の方が普通なんだ」
紗理奈と雫花の謝罪合戦に割り込んだのは、関口仁志だった。
それから彼は、会場の全員に対して声を上げた。
「初めて『ムシ』という存在を見た時、強い恐怖の感情を覚えるのが最も一般的な反応なんです。中には、『化け物だあ!』と叫んで逃げ出す人もいます」
関口は、一拍置いてから先を続けた。
「恐怖の次に来る感情は、激しい怒りです。そうした人達は、『「ムシ」によって傷つけられた』と感じて、『ムシ』達に対して強い憎悪の念を抱くようになる筈です。僕は、それが怖い。そうなれば、その次に来るのは暴力だからです。僕らは、そうした暴力から彼女達を守って行きたい。そうですよね、彩佳さん?」
そこで菅野彩佳が頷いたのを見て取った榊原海渡は、彩佳を促して一緒に前へ出た。
そうして二人は、昨日、締結したばかりの「サカキバラ商事による『ムシ』達のサポート契約」についての説明を行い、それと合わせて、「茶髪の子の保護者会東京支部」の設立を宣言したのだった。
★★★
次は、「吉岡苺と赤井林檎による、『ムシ』になってのパフォーマンス」の予定だったが、途中、武井雫花が取り乱した事もあり、紗理奈は中止を申し出た。
ところが、雫花本人が「やって欲しい」と主張したので、予定通り実施される事になった。
会場は再び薄暗くなり、室内に軽快な音楽が流れ出す。Tシャツとホットパンツ姿に着替えた苺と林檎は、軽くステップを踏みながら前方に出て行くと、いきなりジャンプ。俊二に「ムシ」になった二人は、共に赤い小さな翅を羽ばたかせて空中に浮かび、揃って宙返り。それを何度も繰り返し、お互いにぶつかると思いきや、一瞬、二人の身体が重なっては、分離する。そこで、更なる宙返り。それらの動きを数回、曲に合わせて繰り返す。
途中で変異を解いた二人は、ダイナミックな動きのダンスを見せた後、再び変異して空中へ。今度は天井に姿を消しては、頭だけをちょこんと出して、コミカルな動きで周囲をチェック。二人で頷き合った直後、一気に飛び出して、空中に浮かんで連続宙返り……。
ほんの五分程度のパフォーマンスだったけど、金髪少女二人の息はピッタリで、とても完成度の高い演技だった。
終了後、揃ってお辞儀した二人の周囲には、キラキラと輝く金色の光の粉がバラ撒かれ、甘酸っぱい匂いが漂った。それらを今度は全員がハッキリと知覚した事が、今の現実離れした演技が夢じゃなかったのを自覚させるのに、一役買っていた。
「えーと、あなた達、苺ちゃんと林檎ちゃんって言うのね。まるで芸名みたいだわ」
「ふふっ、良く言われるんです」
「いやあ、でも、本当に良かったよ」
「そうそう。プロのダンサーみたいだったよね」
「えへへ。うちら、歌も上手いんですよ」
「もう、苺ったら、直ぐに調子に乗るんだから!」
という訳で、大活躍の二人だった。
★★★
店を出た紗理奈は、再度、武井雫花の所へ行って、さっきの事を詫びた。
「あの、先程も言いましたけど、お嬢様は全く悪くないです。私が取り乱しただけですから、気にしないで下さい」
そう言って雫花は受け流してくれたのだが、考えてみたら、「ムシ」の事を全く知らなかったのは彼女だけだったかもしれない。そういう意味では、案外、事前の説明を怠った父の孝太郎のせいだって気がする。
そんな事を思っていると、後ろから男の人に声を掛けられた。
「紗理奈ちゃん、お疲れ様~」
「あ、関口さん」
「いやあ、なんか、これで一区切り付いたって感じだね」
「そうですか?」
「そうだよ。今日のサカキバラ商事との契約締結は、きっと後世に残る出来事になるんじゃないかな」
「いやいや、それは大袈裟なんじゃ……」
「そんなこと無いさ……。と言っても、期待する未来があるかどうかは、今後の僕らの働き次第なんだよね」
「そんだけ、未来は厳しいって事ですよね?」
「その可能性は高いだろうな……。そういう意味じゃ、お互いに気を引き締めて行かないとね」
「あ、はい。頑張ります!」
「あはは。頼もしいね」
「ふふっ、だって、私は東京ファミリーのキャップですから」
「そうだね。それに、将来の『クイーン』候補だ」
「はいっ!」
紗理奈は、自分が「クイーン」候補である事を否定しなかった。
朝は雨混じりだった天気が、その時だけは晴れていた。
紗理奈は、関口に分かれを告げてから、足早に狭い路地へと入って行った。そして、周囲に人の気配が無いのを確認した後、瞬時に「ムシ」に変異して、サッと空へと舞い上がる。
紗理奈は、先に飛んで行った他の「ムシ」達の後を追って、強く翅を羽ばたかせた。
END112
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
この後、おまけの人物紹介を挟んで、新章となります。
引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。
また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。
★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




