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108:里香の修学旅行

◇2041年6月@宮城県仙台市 <門馬里香>


門馬里香もんまりかは、怒っていた。たった一泊とはいえ、東京へ行く筈だった修学旅行が、急遽、仙台に行く事に変更されたのだ。

理由は、知らされていない。でも、生徒達の間では様々な噂が飛び交っている。それらの中で最も信憑性の高いのが、某男性教師がホテルの予約を忘れてしまい、慌てて予約しようとした所、何処も満杯だったというもの。

いや、それは正確じゃない。予算内に収まるホテルの予約が既に埋っていて、他を予約しようとすれば大幅な予算超過になってしまう。それで、予算内に収まるホテルを探したら、仙台になってしまったという事のようだ。


そんなの、予約を忘れてた先生が悪いんじゃない。だったら、自分で差額を補填すべきでしょうがっ! 自分のミスの尻拭いを、生徒にさせるんじゃねーよ!


そんな風にクラスの女子の大半が思っているのだが、立場の弱い担任の女性教師は、『ネズミーランドの入場料が掛からない分、豪華な牛タン定食が食べられるみたいだから、許してあげてよ』と言う。もはや、某男性教師の不手際を隠すつもりもないようだ。

だけど、里香の怒りは収まらない。


あんなにネズミーランドへ行くのを楽しみにしてたのに、直前でダメになるなんて酷すぎる。

だいたい仙台なんて、こないだのゴールデンウィークに行ったばかりじゃない。牛タンなら、近くの焼肉屋でだって食べられるんだから、全然、嬉しくなんてないっちゅーの!


それに、東京の「ムシ」の子達にも会いたかったってのもある。

真凛まりんの奴なんて、その子達と東京の繁華街で夜中まで遊び回ったっていうのに……。


里香は、昨夜、真凛とスマホで話した時の事を思い出した。


「どうせ真凛が、東京の子達を引っ張り回したんじゃないの?」

『違うよー。アタシは、紗理奈達に楽しい社会勉強をさせてあげたんだよー』

「あのさあ、金曜の全体ミーティングで、あんた、天音さんに注意されたばっかじゃない」

『あれは、たまたま運が悪かったっていうか……』


里香が真凛に言ったのは、とある東京の繁華街で真凛が色々とやらかしているのを、一人の「未確認飛行少女(UFG)情報サイト」の閲覧者ビューアが目撃していて、いち早く動画をアップ。それを目にした矢吹天音が激怒したという訳だ。


『まあ、良かったじゃん。どのみち里香の日程の方が遅かったんだから、東京に行ったって何も出来なかったと思うよー』

「あのねー、それ、真凛のせいでしょうが。そもそも私は、あんたみたいに悪い事はしません」

『ほんとかなー? 仙台にだって、氏家優奈うじいえゆながいるんだし、仙台のアーケード街とかで大暴れするつもりなんじゃないのー?』

「もう、真凛と一緒にしないでよねっ!」


とまあ、修学旅行へ行く前は、そんな風に思っていた里香だったのだけど……。



★★★



翌朝の月曜日、つまり修学旅行の初日は、仙台市内のありきたりな観光地を回り、少し遅めの昼食の後は自由時間。と言っても、班に分かれて予め決めていた所を回るヤツ。そして夕方は少しだけ買い物をしてからホテルに入った。

クラスの友人達と交わす会話は、「つまんないよねー」だった。仙台なんて、誰もが何度も行った事があるからだ。相馬地区の住民にとって、仙台は福島市よりも身近な街なのだから……。


夕食後の自由時間、運よく一番最初に入浴できる事になっていた里香は、即座にお風呂へ直行。いつもよりも短い時間で上がって、同室のみんなに「ちょっと出て来るけど、内緒にしててくれる?」と頼み込んでから、女子トイレで「ムシ」になって空へ舞い上がった。

まだ時刻は午後八時にもなっていない為、何処どこも割と人が多い。

そうこうするうちに、鮮やかな黄色い翅の「光のチョウ」、氏家優奈うじいえゆなと合流。ブルー黄色イエローの二人の「ムシ」の姿で、近況を話し合いながら夜空の散歩を楽しんでいると、突然、優奈から強い調子の心話が飛んできた。


〈里香さん、あそこ〉

〈えっ?〉

〈ほら、女の子が男の子達に絡まれてますよ〉


そう言いながらも、優奈は既に急降下。里香も急いで後を追う。

何で優奈が慌てていたかは、直ぐに分かった。その女の子は、見事な金髪の長い三つ編みおさげだったからだ。更に彼女の顔には銀縁眼鏡(めがね)。そして、明らかに右足を引きずっていて、逃げようにも逃げられないって感じだ。

服装は昔ながらのセーラー服で、塾帰りなのか、背中にリュックを背負っていた。幼さが残る顔付きからして、女子高生どころか中学生にも見えない。


〈私立の小学生ですね。この辺でちょくちょく見掛ける制服です。確か、カソリック系だった筈ですけど……〉

〈あ、本当だ。ほら、胸元に十字架があるよ〉


「ムシ」としての里香の目には、その子のセーラー服の胸元がクッキリと見えていた。そこには銀の十字架のペンダントがあって、キラキラと光っている。てことは、彼女、キリシタンなのかもしれない。

二人の「ムシ」が舞い降りた事で、その子に絡んでいた男の子達は足早に逃げ去って行った。


里香と優奈は、地面に着くと同時に翅を仕舞っており、周囲の状況を確認した上で光を解く。その瞬間、無数の光の粒が辺りに撒き散らされたけど、今は気にしてなんていられない。

二人は慌てて三つ編みおさげの女の子の所に駆け寄ると、彼女を両側から抱えるようにして、隣のビルにあったハンバーガー屋へと入って行った。



★★★



「えーと、塾の帰りだったんだよね? 誰か迎えに来るとかある?」

「あ、いえ、今日は一人です」

「その足だと大変なんじゃない? 家、近くなの?」

「はい。すぐそこのマンションなんだけど、足がこんななので歩くとちょっと掛かってしまって……」

「だったら、遅いと両親が迎えに来るんじゃないの?」

「いや、今日はちょっと出かけていて……。知人に不幸があったみたいなんです」

「そっか。じゃあ、三十分くらいなら良い?」

「あ、はい」


彼女も夕食は食べたようなので、ハンバーガー屋では、里香が小さいコーラを三つ買った。そして、窓際の四人掛けのテーブルを三人で囲んで、少し話をする事にした。


「最初に、うちらの事、怖くなかった?」

「あ、いや……、正直、何が起こったのか良く分からなくて……」

「えっ、そうなの?」

「はい。男の人達に囲まれちゃって、すっごく怖くて……、そしたら、急に辺りが光って、ただただ眩しかったっていうか……あ、でも、助けてくれたんですよね?」


どうやら彼女は、里香達が何んらかの方法で強い光を出して、絡んでいた男子達を追っ払ったと思っているようだ。


「あの、どうもありがとうございました」

「いやいや、どういたしまして」

「それより、名前は?」

「あ、ごめんなさい。三浦藍海みうらあいみって言います」

「藍海ちゃんかあ……あ、私は、門馬里香。中学三年生だよ」

「私は、氏家優奈。中学一年生です」

「もう、優奈ったら固いって。藍海ちゃんが、余計に緊張しちゃうじゃない」

「あ、ごめんなさい」

「だから、固いんだってばあ……って、まあいっか。それで、藍海ちゃんは、小学六年生かな?」

「はい」

「えーと、何月生まれか教えてくれる?」

「五月生まれですけど」

「そっか」


里香は、ちらっと優奈の方を見た。でも、彼女も何の事か良く分かっていない様子。

里香は諦めて、話を進める事にした。


「えーと、藍海ちゃんは、うちらに何で誘われたか分かってるかな? あ、悪い意味じゃないからね。誤解しないで」


途中で藍海の顔が強張ったので、里香は慌てて付け足した。でも、藍海は、表情を変えない。


「あの、分からないです。ごめんなさい」

「もう、謝らなくて良いんだってば。うーん、参ったなあ」


里香は、改めて優奈に助けを求めたけど、今度は心話で、〈私には、無理です〉と返されてしまった。

仕方がないので、自分で話す事にした。


「ごめんね。お姉さん、言葉がきつかったわ。あのね、私が藍海ちゃんを引き留めたのは、その髪の毛の事なの。その綺麗な金髪、地毛なんでしょう?」

「えっ?」


やっぱり、里香の言葉は藍海にとって、相当に意外なものらしかった。


「あの、お姉さん……あ、ごめんなさい。えーと、里香さんも……」

「お姉さんで良いわよ。もちろん、地毛よ。と言っても、今はベリーショートにしちゃってるけど……。伸ばしてると、先生に染めてるとかイチャモン付けられるから、一種の防衛策って奴かな?」


そこで、藍海がクスっと小さく笑った。


「あの、里香さん、怖い人じゃなかったんですね」

「当然じゃん……って、怖そうに見えてた?」

「あの、里香さん、正直、私にも怖そうに見える事あります。真凛まりんさんとタメ口ですし……」

「あのさ、優奈。真凛と私は同学年なんだから、タメ口なのは当然じゃん……。まあ、良いわ。あの、藍海ちゃん。実は、私も小学生の時は大人しい子だったんだ。それに、色々とイジメに遭ったりもして、まあ、色々とあって、こういう髪になったんだけど……あ、もちろん、藍海ちゃんは、私の真似をする必要はないからね」


そこで、優奈が口を開いた。


「あ、あの、私も地毛なの……。小学校の時は私も伸ばしてたんだけど、里香さんと同じで色々とあって、短い方が良いかなあって切っちゃった。元々、私の髪って、藍海ちゃんみたいに綺麗じゃなかったし……」


そう言う優奈の髪は、ショートヘア。里香ほどは短くない。


「あ、いや、そんな事ないと思います……。あ、でも、なんか嬉しいかも」

「そうよね。私も、同じ髪の毛の子と最初に会えた時、すっごく嬉しかったもの。あ、実は私、福島県の南相馬市から修学旅行で来てるんだ」

「えっ、そんなに遠くから来てるんですか?」

「あ、こっちの優奈の方は、岩沼市だから、そんなに離れてないでしょう?」

「そんでも、電車に乗らないと……」


そこで、ようやく優奈が明るい声になった。


「大丈夫。私だったら、二十分もあれば来れるから」

「えっ、そうなんですか?」

「うん。秘密の方法があるんだ。だから、これから、ちょくちょく会ってくれると嬉しいかも」

「うわ。私も会ってくれると嬉しいです」

「私も、時々は会いに来るから、連絡先、教えてくれる?」


こうして里香と優奈、藍海の三人は、それぞれのスマホを取り出して連絡先を交換。更に、記念に三人で写真を撮った。

その後、里香と優奈は藍海を自宅のあるマンションまで送って行って、彼女がエレベータに乗る事まで見守ってから、夜空の散歩を再開した。


〈ねえ、優奈。あんた、色々と分かってなかったでしょう?〉

〈えっ、どういう事ですか?〉

〈今の藍海ちゃん、もうすぐ「ムシ」になるよ〉

〈えっ、そうなんですか? でも、まだ小学生なんじゃ……〉

〈それはそうなんだけど、小学生で「ムシ」になった子だって、たくさんいるでしょうが〉

〈そう言えば、凜華りんかさんも鈴音すずねさんも、小学生の時に「ムシ」になったって聞いたような……〉

〈どうしてかは知らないけど、どの子も十二歳の誕生日から三ヶ月前後で「ムシ」になるの。つまり、さっきの藍海ちゃんは、早くて七月、遅くても九月には「ムシ」になる筈よ〉

〈うわあ、そうやって聞くと、すっごく嬉しいかも。宮城で二人目の「ムシ」って事ですよね?〉

〈そう言う事。だから優奈も、もっと先輩らしくしなきゃ駄目だよ〉

〈分かりましたー〉


急に元気になった黄色い翅の氏家優奈を見ながら、「ブルー」の翅の門馬里香は、少し強く翅を羽ばたかせた。




END108


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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