107:東都大学のサポーター達(2)
◇2041年6月@東京 <小川千花>
東都大学に入り、ひょんな事から「ムシ」という存在を知ってからの小川千花は、それまでの常識だとか価値観だとかを一変させる事になった。やがて、妹の真花さえもが「ムシ」となり、彼女を通じて「ムシ」の子の知り合いが加速度的に増えて行った。
そんな「ムシ」達は、いくら空が飛べるとはいえ社会の異物でしかなく、大半が小学生か中学に上がったばかりの少女。非常に脆弱な存在であり、とても危うい立場に置かれているのは間違いない。
その為、「何とかして、サカキバラ商事というグローバル企業の庇護を取り付けた」というのが、現時点の状況だ。
それらの出来事の全てが僅か三ヶ月にも満たない間に起こり、今もまだ進行中。その急速な変化を考えると、千花は眩暈がしそうな気分になってしまう。
そもそも首都圏の「ムシ」の数にしても、僅か二人しかいなかったのが、ここ三ヶ月の間に五人にまで増えた。
首都圏以外の地域に目を向けると、今まで「ムシ」の子がいなかった宮城県や福島県の会津地方でも見付かり、栃木県では二人目が現れた。そして、一昨日と昨日の土日に訪れた名古屋では、二人の「ムシ」と出会い、親交を深める事が出来た。特に千花達と同行した四人の「ムシ」達は、現地の「ムシ」達二人と即座に打ち解けて、まるで姉妹のような親密さだ。
今の時点で「ムシ」の子の数は、二十九名。その内、首都圏に五人、北関東に五人、名古屋に二人、宮城県に一人、残りが福島県だ。探せば、まだまだいるかもしれない……。
千花が感慨に耽っていると、目の前の男子二人、鵜飼優流と立花奏音の会話が耳に飛び込んできた。
「そんでさ、昨日の日曜に『ムシ』になった赤井林檎ちゃんの事だけど、苺ちゃんと同じ『シジミ』なんだってな?」
「それは、もう聞いたよ。それより、その子の名前の『赤井林檎』って、凄いよな?」
「まあ、可愛くはあるけどな」
「でも、小さい頃は、メッチャ揶揄われただろうな」
「髪の毛が淡い茶色だった時点で、そんなのはどうでも良いって思ったんじゃないか?」
「その林檎ちゃん、母子家庭なんだって話だぞ」
「そうなのか?」
「ああ、澪ちゃんとのチャットで知ったんだ」
「お前、女子中学生とチャットなんてしてんのかよ」
「しょうがないだろ。澪ちゃんの方が、『昼休み、暇だから付き合って』とか言うんだからさ」
「そうか。あの子、相変わらず教室ではボッチなんだな」
「進学校だから、休み時間にも勉強してる子なら、他にもいるみたいだけどな」
そこで、千花は口を挟むことにした。
「まあ、あんた達がロリコンなのは今更だから、何も言わないわ。それより、その林檎って子のお母さん、下北沢でネイルサロンを経営してるみたいよ」
「なるほどな。そういう母親の娘だから茶髪だとか、盛大に勘違いされていそうだな」
「苺ちゃん情報だと、割と気が強い子みたいだから、軽く受け流していそうではあるんだけど……」
「そうか。まあ、良かったんじゃないか? 『ムシ』になった事で、虐められても仕返しする手段が出来た訳だし」
「やり過ぎなきゃ良いんだけどね」
「そうだな」
そこで、千花の友人の早坂琴音が口を開いた。
「そんな事より、最初の変異が家の外で起こったってのが、問題だと思うのよね」
「オレも同意見だけど、対策は難しいんじゃないか?」
否定的な声を上げたのは、鵜飼優流だった。
「確かに、そうかも。有効な対策としては、予め『ムシ』予備軍に組み込んでおく事だけど、百パーセントは無理ね」
「そんでも、『ムシ』予備軍の子を増やす努力はすべきだろうな。千花は、どう思う?」
優流の問い掛けに千花は、少しだけ考えて答えた。
「まずは、サカキバラ商事との契約を速める事かしら。首都圏にもサカキバラの支店は多くあるし、大勢の顧客を抱えてる訳でしょう? その中で金髪かそれに近い髪色の女の子を探してもらうとか……」
「それなら、学校を当たった方が良くないか?」
「個人情報だもの、教えてくれないと思うわ」
「となると、校門で見張るとか……」
「それこそ、不審者として通報されちゃうわよ。それに、髪を黒く染めてたら、見逃しちゃうんじゃない?」
そうしたやり取りを続けた後で、しばらく黙っていた奏音が口を開いた。
「まあ、そうした対策も並行して進めるとして、予備軍じゃない『ムシ』になる子の予兆があった日に、何をするかだろうな」
「普通、身体が光出すのは夕方なんだろ? だったら、そうなる前にコンタクトして、家にいてくれるように説得するとか……」
「どうやって? その時点だと、相手の子は自分が『ムシ』になるなんて分からない訳だろ?」
「まあ、百パーセント、相手にされないだろうな」
「でしょうね。となると、今のやり方を続けるしかないんだけど……」
結局、予兆があった日の対処方法としては、対象の子を早めに見付けて監視し、外出しようとした場合には、できるだけ阻止する方向で臨機応変な対応を取るしかなさそうだ。
★★★
それから話は、榊原澪の父親で、サカキバラ商事社長の榊原陸翔主催による食事会の事になった。
「三十日の食事会には、皆、行くんだろ?」
「当然でしょう」
「日曜日の昼だよな? 場所は、前回と同じなのか?」
鵜飼優流の質問に答えてくれたのは、早坂琴音だった。
「そうよ。前回と同じ中華料理店で、一番大きい部屋を使わせてもらう事になったわ。サカキバラ商事のゲストハウスって話も出たんだけど、空いてないらしくて、秘書の方から私の方に問い合わせが来たの。参加者は三十人前後って事だから、丸テーブルが四つってとこね」
「紗理奈ちゃんが、『福島のメンバーも呼びたい』って言ってたんだけど、それだと三十人は少なくないか?」
「天音ちゃんの家族とか、宇都宮の真琴ちゃんとかも呼びたいって話は、私も聞いてるわ。でも、榊原海渡さんの意向で、『今回は、首都圏メンバー中心』って事になったの。それでも、『茶髪の子の保護者会』の代表として、菅野彩佳さんと市川っていう弁護士だけは呼ぶ事になってるわよ」
「あら、『茶髪の子の保護者会』の会長って、天音ちゃんのお父さんじゃなかったの?」
「あ、代表ってのは、そういう意味じゃないの。彩佳さんは事務局長なんだけど、いつも対外的な交渉事は彩佳さんが担当するみたい。まあ、実質的には、彩佳さんが会長みたいなものかもね」
「ふーん。琴音は、その彩佳さんと会った事があるの?」
「だいぶ前に、一度だけあるわよ。と言っても、まだ『ムシ』の事とか知らなかった頃の話よ。うちも紺野グループとは、それなりに付き合いがあるの」
要するに、「茶髪の子の保護者会」とは無関係の、「地方の財界での付き合い」という事だろう。琴音の実家も、福島では相当な名家なのだ。
「他には、それぞれの家族と……、そういや、関口さんも来るわよ」
「まあ、そうだよな。彼は、保護者会の役員でもある訳だし」
「そうね。あとは、佐伯桃香さんの所だけど……」
「えっ、それって誰?」
「紗理奈ちゃんの親戚で、銀座の画廊の経営者よ」
「娘さんが二人いて、どちらも『ムシ』予備軍なの」
「そうそう。その桃香さん、うちの母親とも仲が良くて……、それに下の子の夢香ちゃんが、うちの唯花の友達なの」
どうやら、優流だけが、佐伯家の事を知らなかったようだ。
「あ、それから、サカキバラ商事の秘書室からも、三人が参加するみたい」
「秘書室って事は、女性なの?」
「いや、一人は室長で男性よ。立花くん、知ってる?」
「堂本室長だろ……。後は、海渡さんと同期の飯島亜希さんと、新人の確か……、木下桜子さんだったかな……。あ、それと、正確には四人だと思う。澪ちゃんの家庭教師で、城北大一年の坂下美倖って子がインターンで働いてて、澪ちゃんと一緒に来るみたいなんだ」
「へえ、そうなんだ……。相変わらず奏音くんって、女の子の情報は豊富なのね」
「しょうがないだろ。自然に集まって来るんだから」
「ふふっ、立花くんって、やっぱり女の子にモテモテなんだー」
「いやいや、坂下さんとは、そんなんじゃないから」
「立花くんの本命は、澪ちゃんだものね-」
「あんた達、ロリコンだもんねっ」
「お前ら、その冗談、そろそろ止めろよな」
「はいはい。冗談って事にしといてあげるわ」
鵜飼優流と立花奏音の二人は、千花にとって、東京精霊女学校初等部の時のクラスメイト。つまり、幼馴染の関係だ。
一方の早坂琴音は、大学に入ってから知り合った友人である。
「でも、澪ちゃんや紗理奈ちゃんのカミングアウトが上手く行って、本当に良かったわ」
「まあ、大丈夫だとは思ってたんだけどね」
「そういや、海渡さんへのプレゼンテーション、紗理奈ちゃんがやったんでしょう?」
「陸翔さんへの説明も、紗理奈ちゃんが中心だったみたいよ」
「えーと、それって何の話?」
「あ、優流は知らないんだな……。実は、サカキバラ商事として『ムシ』達の後ろ盾になって欲しいって交渉、紗理奈ちゃんがやったそうなんだ」
「えっ、そうなのか?」
「海渡さんの時は、うちの姉貴も一緒にいたんだ。とても中学一年生とは思えなかったって話だぞ」
「紗理奈ちゃん、しっかりしてるものね」
「オレの部屋だと、年相応にしか見えないんだけどな」
「お前、それって惚気か?」
「違う違う。最近は、紗理奈ちゃんだけじゃなくて、他の子もいるからさ。そういや、真花ちゃんも、ちょくちょく来てるんだ」
「えっ、そうなの? いつも妹がお世話になってます?」
「別に、そういうの良いから……。要するに、オレの部屋は、『ムシ』の子達の休憩所みたいなものって事」
「なるほどね。鵜飼くんって、案外、良い奴なのかも」
「どういう意味だ?」
「だって、嫌な男の所に、思春期の女子は寄り付かないんじゃない?」
「確かに、そうね。うちの真花からも、優流くんの悪口とか聞いたこと無いし」
「まあ、絶対的な安牌ではあるかな」
「それ、どういう意味だよ?」
「さあ?」
そんなこんなで、この日も千花は、友人の琴音と共に幼馴染の男子二人を揶揄い捲って、楽しく家路に着いたのだった。
END107
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引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




