105:赤いリンゴ
◇2041年6月@東京 <榊原澪>
東山紗理奈達が名古屋に行っていた頃、留守番組の榊原澪と吉岡苺の二人は、新宿のタワマン最上階にある澪の自室で愚痴を言い合っていた。
と言っても、名目は苺の為の勉強会。しかも、分からない所は城北大学生の坂下美倖が教えてくれる。つまり、苺にとっては非常に有難い企画なのだが、如何せん、「置いて行かれた」という思いが拭い切れない。その為に休憩の都度、どうしても紗理奈に対する愚痴が口をついて出てしまうのだ。
「まあでも、福島から『ムシ』が二人来ちゃった訳だし、真花以外の三人は『アゲハ』か『タテハ』なんだから、どっちみち苺の出番は無かったと思うよ」
「別に、翅がデカけりゃ良いってもんじゃないじゃん」
「でも、紗理奈からのメール見たでしょう?」
紗理奈から来たメールには、『「ムシ」の子、二人いた。「ミッド」と「タテハ」』とあった。
「どっちみち、『シジミ』の苺じゃ、直ぐに置いてきぼりになっちゃうんじゃない?」
「むぅ」
実際、それが現実なのだが、だからと言って苺の機嫌が直る訳でもない。
「じゃあさあ、夕ご飯の後、苺が行きたいって言ってたライブハウスでのロックのコンサート、付き合ってあげる」
「えっ、良いの?」
「今日なんでしょう?」
「まあね」
もちろん、普通にチケットを買って入る訳じゃない。割と夜遅い時間なので、中学生だけで入れてもらえるかは微妙なのだ。それにチケット代だって、澪には気にならない値段だけど、苺にとっては厳しい筈。
つまり、「ムシ」になって、ちょっとだけ中を覗いてみる程度って事だ。
「まあ、苺だったら、そーっと舞台に上がっちゃったり出来なくもないかもね」
「いやいや、アタシは天井の梁にでも腰掛けて、上から眺めようと思ってる」
「じゃあ、私は翅を仕舞って、隣に腰掛けていてあげる」
そんな訳で澪は、その日の夜、人生で初めてのライブハウスに潜入し、もの凄く煩い音の濁流に飲まれて、その恐怖に身を震わせる体験をしたのだった。
★★★
その翌朝、澪は、例の新しい「ムシ」の子が生まれる予兆って奴を感じて、いつもの日曜よりも早く目を覚ました。
今日は、東山紗理奈と小川真花が名古屋へ行ってるから、こっちに残っている「ムシ」は、澪自身と吉岡苺だけだ。それでも、ファミリー全員と矢吹天音、手塚真琴にメッセージで予兆の事を伝えてから、苺に通話を入れた。
『もう、こんなに朝早く、何なの?』
「朝早くって、もうちょっとで八時だよ」
『日曜の朝八時は、平日の六時なのよ』
「日曜だからって、二時間も時差があるとは思えないんだけど」
『そんな事ないよ。こっちじゃ、常識』
「こっちって、千葉の事?」
『ううん、吉岡家……っていうか、うちの両親だよ。あの二人、会社へ行かない時は、お昼まで起きて来ないから』
まあ、仕事が忙しい大人の場合は、確かにそうだろうけど……。
『だって、アタシ、昨日はコンサートで興奮してて寝付けなくてさ、明け方まで起きてたんだもん』
澪は、『苺だったら、それも有り得るかも』と思いながら、新しい「ムシ」の子誕生の予兆について訊いてみる。
苺は、五秒くらい沈黙した後で、『確かに、感じるね』と言った。
『でも、真花の時みたいに強烈じゃないよね』
「でも、苺の時よりは強いと思うんだけど」
『てことは、澪の近くなんじゃない?』
「うーん、どうなんだろう? まあ、午後まで待ってみるよ」
その後、午後になってみて、苺が言うように新宿近辺だと分かった。方角としては、南西。となると、世田谷辺りだろうか?
夕方が近付くと、苺が澪の部屋へやって来た。相変わらず、タワマン最上階の澪の所まで「ムシ」の姿で来るのはしんどいらしく、エレベータを使い、家政婦の片瀬尚美に案内されて入って来る。
ところが、その頃、南西だと思っていたターゲットの居場所が、南に変わってしまった。それに、前よりも近い。てことは、外に出てる?
〈ねえ、澪。それって、マズくない?〉
〈苺もそう思う?〉
〈だって、突然、街中で身体が光り出しちゃうんだよ。絶対、お化けだとかう宇宙人だとか化け物だとか思われちゃう〉
〈まあ、否定できないのが辛い所だよね〉
〈もう、呑気なこと言ってないで、行かなきゃダメでしょうがっ!〉
言葉の途中で苺は、翅を出して窓から出て行ってしまう。いつの間にか苺の足には、小さなリュックに入れていた赤いスニーカーがあった。買ったばかりの新品の奴だ。
タワマン最上階まで登って来るのはしんどくても、下りる分には苦にならないようだ。
澪は、『もう、せっかちなんだから』と心の中で呟きながら、自分も光を纏い「カラクサ」の翅を出すと、苺を追って天井へと消えて行った。
★★★
〈うーん、どうやらターゲットは、代々木公園へ向かっている模様〉
〈ラジャー……。えーと、代々木公園で何かあるの?〉
〈野外ステージでコンサートがあるんだよ〉
〈良く知ってるね。苺の好きなバンド? それとも、アイドルグループとか?〉
〈さっき、スマホで調べたの。駆け出しだけど、イケメンばかりの六人組だよ〉
〈ふーん。苺の好きな煩い系?〉
〈なによ、その煩い系って?〉
〈苺、煩いの好きじゃない〉
〈ハードロックって言いなさい……。でも、ジャンルはロックっていうより、ポップ系。要は、チャラい音楽だね。まあ、アタシは、そういうのも嫌いじゃないけど〉
〈ふーん〉
そうこうするうちに、野外ステージが見えて来た。
野外とは言っても、会場全体が簡易的な天幕で覆われていて、梅雨時の今でも使用可能な状態になっている。さすがに雷雨じゃ駄目だろうと思ったけど、苺によると、それでも曲目次第では却って盛り上がるという。要は、どんな天候も演出にしてしまう辺りが、野外ステージの醍醐味なのだそうだ。
幸い、今日の天気は曇り時々販れって感じ。たぶん、雨は降らないだろう。
時刻は、まもなく午後六時になろうかといった辺りだ。六月なので、まだまだ明るい。
会場内は、熱気に溢れていた。
曲も煩いけど、女子のキャーキャー騒ぐ声の方が煩い。集まっているのは九割女子で、残りは彼女に連れて来られた彼氏って感じだ。
紗理奈と苺は、天幕の隅に浮かんで客席全体に目を走らせていた。
ステージの上では、ボーカルのイケメン二人が中央にいて、彼らの両脇をベースとエレキギターの二人で固めている。ボーカルのイケメンが手を振る度に、女の子達のキャーという叫び声が沸き上がる。全員が立ち上がって身体をくねらせて、手足を動かしていた。
これだけ若い女の子ばかり集まっていると、全然、ターゲットが見付からない。
天幕の梁に括りつけられた機材から、会場内の観客に向けて色とりどりの光線が浴びせられていて、それが益々ターゲットの特定を困難にしていた。
痺れを切らした苺が、心話で叫んだ。
〈こらー、出て来ーい!〉
〈苺ったら、「出て来い」って言って、出て来る奴なんて居ないんじゃない?〉
〈そんなこと言ったって、こん中にうちらを呼んでる子が居るんだからしょうがないじゃん……。まったく、いったい誰なんだよー!〉
ところが……。
〈誰なの、あんた達?〉
反応が返って来た。
〈あんたこそ、誰よ?〉
〈あたしは、林檎。赤井林檎だけど〉
〈何それ、名前?〉
〈苗字が「赤井」で、名前が「林檎」〉
〈ぷっ〉
〈こらーっ、笑うなっ!〉
〈あ、ごめんごめん。アタシは、吉岡苺って言うんだ〉
〈あははは。苺と林檎かあ、お似合いのカップルじゃない〉
〈あんたは、誰よ?〉
〈私は、榊原澪って言うの。宜しくね〉
それから少し沈黙があって、その子がボソッと言った。
〈あんたら、何処にいるの? てか、あんたらって何者?〉
ようやく、現状の異常さに気付いたようだ。なにせ、大音響の曲が流れている中で、普通に会話していられるのだ。しかも、相手は誰なのか分からない。
澪は、少し考えて姿を現す事にした。次の瞬間、「カラクサ」の巨大で優雅な翅を持つ「光のチョウ」が、会場の上空うに現れる。
〈ほら、上を見てみなよ〉
〈上? うわあ、何だよ、あれ?〉
〈あんたも、こっちに来なよ〉
〈何言ってんの? うわああああ……〉
その子の叫び声と共に、小さな「シジミ」の翅を持つ少女が舞い上がり、こっちへと向かって来る。
その子の翅は、根本が白くて外に向かう程に赤くなるグラデーション。うーん、やっぱり林檎だ。
それまで天幕の隅にへばり付いていた苺が、パタパタと翅を動かして下りて行く。そして二人は、一瞬だけ相手と向き合った後で、お互いにじゃれ合うように周囲を飛び回っては、宙返りを始めた。
相変わらずコンサートは続いていた。澪は既に翅を消していて、薄っすらと光を纏った状態で、剥き出しの天幕の梁に腰を下ろしている。
上空に目を向けた観客は少ない。だけど、「シジミ」の二人が天幕の中を飛び回っていても、誰も不振に思ったりしない。演出のひとつだと思ってしまう。
そうして、二人の「シジミ」の戯れは、そのコンサートが終わるまで続いたのだった。
END107
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




