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104:深津花音

◇2041年6月@名古屋 <深津花音>


深津花音ふかつかのんは、大学病院に勤務する医師の父親と看護師の母親との間に生まれた。ところが、その後に両親は離婚。父は理由を語りたがらず、たまに家に来る父の同僚からの情報だが、どうやら母の方が浮気をして家を出たらしい。

その時の花音は、小学二年生。普通の子だったら、突然に母親が居なくなれば相当にショックを受ける所なのだが、花音は何とも思わなかった。それ程までに花音の母親の茉莉花まりかは、問題の多い女だったのだ。


父の貴久たかひさの同僚の話に依ると、結婚するまでの茉莉花は、あまり目立たない看護師だったようだ。だけど、看護師の間での評判は、前から良くは無かったらしい。特に三十が近付くに連れて、何とかして医者と結婚しようと必死だったという。

そんな茉莉花が豹変したのは、生まれてきた花音の小指が欠損していた時だったそうだ。もっとも、その時は「出産後の疲れによる錯乱状態だった為」として、黙認されてしまったらしい。

ところが、その後も茉莉花による花音の育児には、手抜きが目立った。そのうち、「貴久が仕事から戻ったら、衰弱した状態の花音が放置されていて、慌てて病院に舞い戻って急患に掛かる」といった事案が発生。真理花が言うには、「あなたが医者なんだから、帰ってくれば何とかしてくれると思った」との事。貴久の目には、母親としても看護師としても失格に見える。

結局、見るに見かねた貴久の母の和歌子わかこが手助けを始めた事で、茉莉花の方は、これ幸いにと育児休暇を切り上げて仕事に戻ってしまった。


その当時、既に貴久の父親は他界しており、結婚を機に息子夫婦が別居した為、和歌子は一人暮らしだった。ところが、茉莉花が職場に復帰した為、彼女は勤め先を止めて息子夫婦と同居せざるを得なくなってしまった。

当然、茉莉花はしゅうとめの同居には眉をひそめたものの、育児を丸投げする以上、頷かざるを得ない。その見返りとばかりに、自分の苦手な家事全般も、姑の和歌子に押し付けようとする。それで和歌子が嫁の茉莉花に小言を言うと、彼女は何かと理由を付けて自分の実家に泊まる事が増えて行った。

その結果、花音が小学校へ上がる前に、両親は実質的に別居状態。そんな両親が離婚したと言われても、それは花音にとって、現状の確認でしかなかったって訳だ。


花音が両親の離婚にショックを受けなかったのには、もうひとつ理由があった。たぶん、物心がつく前からだろうが、茉莉花は娘と顔を合わせる度に、「あんたは、欠陥品だから」だとか「欠陥品のくせに」といった言葉で罵倒していたのだ。

それらの言葉は、いつも祖母や父親がいない時、そっと花音の耳元で囁かれるのが常だった。その上、やはり祖母や父親の目を避ける形で、茉莉花は花音に暴力すら振るっていたのである。

そうした茉莉花の行為こそが花音に自分を無価値と思い込ませ、彼女を自信の無い卑屈な子にした挙句に、イジメに遭うのに至った元凶なのだが、幼い頃の花音が気付く筈もない。


それに花音が気付かされたのは、先月、「ムシ」になってからだった。志賀沙織に優しい言葉で誘導され、幼児期の出来事を洗いざらい打ち明けた花音は、ようやく自分が母の呪いに掛けられていたと自覚した。

その後の花音は、意識して明るく振舞うようにしている。だけど、長年に渡って積み重ねられた母の呪いは、そんなに簡単に消える筈もなく、依然として呪縛に囚われていると感じる事が多々ある。


〈でもね、花音ちゃん。そうやって悩んでいるのも間違いなく花音ちゃんなの。誰だって多かれ少なかれ、そういう心の傷を持っている筈よ。そうした傷と正面から向き合って、克服しようと努力するのが、ちゃんと「生きる」って事なんじゃないかな〉


後に深津花音は、この優しい恩人の言葉を何度も思い返す事になる。花音が沙織と一緒にいられた期間は決して長くはなかったけど、それは本当に温かくて貴重な時間だったのだ。



★★★



他の多くの「ムシ」達と同様に、生まれ付き花音かのんも淡い茶髪で色白で薄茶の瞳。そして、西洋人形のように整った容姿をしている。本来なら、誰からも可愛がられる筈なのに、不思議とそうならないのもまた「ムシ」には割とありがちな話だ。


美少女は、創作物の中だけの生き物。現実だと、ウザいだけの存在。


誰かが言っていたけど、その通りらしい。だいたい、いくら美少女だって十年そこそこしか生きていないのだから、余程の天才でもない限り、中身はタダの小娘だ。なのに周囲は、見た目に釣り合った高貴な心を求めてしまいがち。そのギャップが、自然な成り行きで失望と敵意を生むって訳だ。


花音の体型は小柄で華奢で、その上、二月生まれ。だから、同学年の児童の中では常に最小の部類だ。彼女は生まれ付き難聴な上に、左手の小指が欠損している。

しかも、物心つく前から母の茉莉花まりかが植え付けた「出来損ない」の言葉が、呪詛のように彼女を縛った。その為、極端に自己評価が低く、引っ込み思案で内気な幼女になった花音は、当然のように教室内で見下され、イジメの標的ターゲットにされてしまう。

そんな花音が学校へ通っていたのは、小学二年生まで。両親が離婚し、苦手な母親が居なくなった後も、花音の表情は暗いままで学校も休み勝ちだった。さすがに祖母も父親も心配して、彼女を問い詰めたのだが、却って怯えた表情をするばかり。


それで父の貴久たかひさは、何とか仕事の都合を付けて小学校へ出向いた。花音が住んでいた所は、名古屋でも割と治安の良い地区のマンションの為、貴久は花音を普通の公立校へ通わせていたのだ。もちろん、髪の毛が地毛である事、難聴である事、小指の欠損の事の三点は、予め学校側へ伝えてある。

普段は花音を軽んじて、イジメを放置した挙句に邪険に扱っていた若い女性の担任教師は、名大病院の医師だという貴久の突然の来訪にたじろいだ。


「あ、あの、今日はどのような用件でしょうか?」

「家の者が、学校から帰って来た時の娘の表情が暗いので、心配だと言うんです。前々からなんですが、最近は特に酷くて、その上、休み勝ちという事で、娘の学校での様子を先生にお伺いしようと思いまして」

「そうですか……。でも、元々花音ちゃんは大人しい子でして、そんなに変わったという感じでは……」


貴久は、その後も少し強い口調で担任教師を問い詰めたのだが、暖簾に腕押しといった感じで、まともな情報は得られそうにない。仕方がないので貴久は、「自宅学習に切り替えられないか?」という方向に相談内容を変えてみた。


昔と違って、今は各児童がタブレット端末を使ってのEラーニングが主体。特に公立校では児童毎に学習の進行度合いに隔たりがあり、教師がクラス全員に同じ内容を教えるよりも、Eラーニングの方が効果が高いのだ。たとえ相手がAI(人工知能)であっても、個別に双方向でのコミュニケーションが出来て、その場で疑問点が解消できる。それに、学習の進行度合いが客観的に可視化できるので、ゲーム感覚て取り組めるし、少しの進歩でも達成感が得られる工夫が髄所に設けられている。

それでも昔ながらに児童を教室に集め、担任教師が児童の学習を監督するスタイルを継続しているのは、「同年代の児童との接触を通じて学習面以外での成長を促す」、「児童の競争意識を煽って学習意欲を高める」、「スケジュールに依る規則正しい生活スタイルを身に着ける」といった副次効果を狙っての事だ。

しかし、もはや教室での学習が必須ではないので、「学校へ通わせるのが児童の精神面に悪影響をもたらす場合は、自宅学習も認められる」というのが、最近の風潮である。それに、その方が担任教師の負担も減る訳で、家庭に整った学習環境があるのであれば、教師が否と言う筈が無い。


そうして花音は、小学二年生の終わりから家庭学習となり、月に一回程度、担任との面談の為に学校へ行く事で小学校を卒業した。

花音としては、中学も同様に家庭学習が可能であれば公立校でも良かったのだが、ダメ元で受験した私立の名門女子校に合格してしまい、父の貴久の強い勧めもあって、取り敢えず最初のうちだけでも普通に通学する事にした。

その一方で貴久は花音の障碍については、教頭や学年主任の先生とも直接に会って、小学校の時とは桁違いに丁寧な説明を行った。特に髪色に関しては、「生れ付き色素が薄い」事実をベースに、薄茶の瞳や色白な肌との組み合わせで話し、納得を得る事に腐心した。貴久が名大病院の医師であった事も、彼の説明に信憑性を与えたようだ。


そうした父の貴久の努力もあって、ゴールデンウィークまでの花音は、平穏無事に中学へ通っていた。それでも、相変わらず友人と言える関係の子はいなかったのだが、ゴールデンウィークの連休が明けた日の翌日の水曜日、彼女の身に予期せぬ変化が起こった。つまり、「ムシ」になったのである。


その日は、朝から身体からだがムズムズして変な感じだった。それが夕方になると、今度は身体が光り出した。尋常じゃないと思った彼女は、祖母と相談して父を呼んでもらった。

ところが、その父が家に着く前に、家の中に巨大な光の塊が飛び込んで来たのだ。

それが、花音と志賀沙織との出会いである。


その後、花音は沙織に連れられて名古屋の上空を一周。戻って来ると沙織と共に、祖母と父からの質問攻めに遭ったのだった。



★★★



〈だいたい分かったわ。まあでも、「ムシ」の子としては、割とありきたりなストーリーね〉

〈天音さん、それ、なんか冷たくないですか?〉

〈でも、真花まはなちゃん。花音かのんちゃんは、母親から冷遇されてたとしても、お祖母ばあさんとお父さんには、愛情を注がれて育ったんでしょう? それに、障碍にしたって、それほど珍しくも無いし、片腕の榊原澪さかきばらみおちゃんや八巻朔美やまきさくみちゃんと比べたら、大した事ないんじゃないの?〉

〈まあ、そうですけど……〉

〈だって、どう見ても紗理奈ちゃんの場合の方が壮絶じゃない。それに私だって、それなりに辛い目には遭ってるわよ。まあ、私の場合、両親から愛されていた訳だから、大きな事は言えないんだけどね〉

〈あ、あの、そうなんですか? あの、でも、私、別に自分が不幸だとか言いたい訳じゃないっていうか……〉

〈分かってるわよ、そんな事。要は、辛い目に遭ってきたのは、花音ちゃんだけじゃないって事なの〉

〈あ、はい〉

〈それと、私達は普通の友達なんかよりも、ずっとずっと強い絆で結ばれた仲間なの。だからね、これからは、何かあったら私達を頼りなさい。まあ、私と絢乃は福島だから直ぐに駆け付けるって訳には行かないんだけど、紗理奈ちゃんなら、きっと直ぐに来てくれるわよ〉

〈えっ、名古屋までだと……、げっ、二百八十キロもある!〉

〈紗理奈ちゃんなら、三時間も掛からないんじゃないの?〉

〈いや、無理です。てか、ぜったいに途中で墜落しちゃう〉

〈そんでも紗理奈ちゃんだったら、富士山や南アルプスを突っ切ってでも、駆け付けちゃうでしょう?〉

〈ええ、まあ……〉

〈とにかく、「『ムシ』はみんな、ひとつの家族」なの。覚えておいて。私達は家族だからね〉


それから花音達は、天音に「ファミリー」についての説明を受けた。

そうして、まだ二人しかいないけど、暫定的ながらも、「クイーン」公認による「名古屋ファミリー」発足となったのだった。




END104


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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