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103:名古屋訪問(3)

◇2041年6月@名古屋 <東山紗理奈>


東山紗理奈(さりな)にとって、名古屋という街へ行ったのは初めての旅行だった。そもそも彼女は、一人で「ムシ」になって東京の近郊を飛び回ったのを除けば、東京エリアから出ていない。生まれてからずっと紗理奈は、誰かに何処どこかへ連れて行ってもらったという経験が無かったのだ。

たぶん、紗理奈にとって、初めて「誰かに何処かへ連れて行ってもらった」のは、最初に「ムシ」になった日、矢吹天音(あまね)と一緒に東京ネズミーランドを訪れた時なんじゃないだろうか?

いや、もっと細かい事を言うと、六歳の時、家政婦に連れられて小学校へ行って、その後で買い物に引き回された事ならある。つまり、そんな事がリストアップされてしまう程に、紗理奈は何処へも行っていない。そして、その事に対して疑問を抱かずに生きてきた。


だから、たとえビジネスホテルであっても、小川真花(まはな)と一緒に自室以外の所で寝る事に、紗理奈は戸惑いを覚えた。でも、相手が真花であるだけに、そんな戸惑いなど筒抜けだったし、紗理奈もまた隠すつもりなど皆無だった。

真花とは三ヶ月にも満たない付き合いだけど、気が向けば心話で常に話せる間柄。既に、双子と同じくらいに親密な関係値にある。だから、たとえ隠そうとした所で無駄なのだ。


さて、ファミレスで志賀家の面々と別れた後、今夜は志賀家に泊まる矢吹天音と鯨岡絢乃くじらおかあやのを残し、残りの四人は自動運転のタクシーで名駅めいえき、つまり名古屋駅へと戻った。琴音が予約したビジネスホテルは、駅から歩いて五分の距離にあるからだ。

チェックインを済ませた四人は、そのまま夕食の為に駅ビルへと向かった。そこにはデパートと高級ホテル以外にも、数多くの飲食店が入居している。琴音の案内で四人が訪れたのは、ひつまぶしのお店。


「あの、ここって高級店じゃないんですか?」

「ふふっ、紗理奈ちゃんは心配しなくて良いのよ。私の奢りだから」

「でも、何から何まで琴音さんに出してもらうのは……」


一応、紗理奈とて父からクレジットカードを預かっている。少し前なら考えられない事だけど、そもそも昔の紗理奈なら、こんな風に旅行する事自体が有り得ないのだから、比較しても意味が無い。


「大丈夫。紗理奈ちゃん程じゃないかもしれないけど、私だって、それなりの家のご令嬢なんだもの。まあ、それは千花や真花ちゃんだって同じでしょうけど」


琴音の実家は、福島市の紺野グループ程じゃないにせよ、県内では有数の資産家だと聞いている。


「それに、この店は、どうしても来てみたかったんだ。名古屋コーチンの親子丼の店と手羽先の店も候補にはあったんだけど、ひつまぶしにしちゃった」


そうして出されたひつまぶしという料理は、とても美味しかったんだけど、如何いかんせんボリュームがあった。

ところが、半分くらい食べて「完食はムリ」って思い掛けた時、真花が「どっちが多く食べれるか競争だよ」とか言い出して、お互いムキになってしまい、「死んでも食べ切ってやる!」って思いで頑張った。最後は、お茶漬けにして強引に胃の中へ流し込んだって感じ。それでも、しっかりデザートのシャーベットまで食べ切った。

千花に、「あんた達、本当に大丈夫なの?」と心配されながらも、紗理奈は誇らしげに店を出た。だけど、エレベータに乗った途端、胃の中の物が飛び出しそうになってしまう。それで、琴音と千花に「ごめんなさい。私達、ちょっと外の空気を吸って来ます」と言い残して、真花と一緒に外へ出た。もちろん『ムシ』の姿になって、エレベータの中から外へ飛び出したって訳だけど、偶然、四人以外の同乗者が居なかったからこそ可能な芸当だった。



★★★



そうして「ムシ」になって夜空へと舞い上がった途端、さっきまで感じていた吐き気がスーッと引いて行った。もちろん、「ムシ」になったからだけど、それだけじゃない。吐き気なんて頭から抜け落ちてしまうくらい綺麗な夜景が、彼女の眼下に広がっていたからだ。

都会の夜景なんて、榊原澪さかきばらみおの部屋から見慣れていた筈なのに、初めて来た街のは特別なのかもしれない。


〈違うよ、紗理奈。綺麗なのは、見飽きたりしないんだよ。やっぱり、綺麗は正義だよ〉

〈それって、「可愛いは正義」のモジリなんじゃないの?〉

〈うーん、そんでも、綺麗は綺麗で良いじゃない……。うわっ、紗理奈、あれ見てよ!〉


その時、真花まはなが見付けたのは、ライトアップされた日本の伝統的な建造物……。


〈あれって、名古屋城だよね?〉

〈そうだと思う〉

〈そういや、ずっと工事中だった天守閣、ようやく完成したってニュース、見たかも〉


近寄ってみると、ライトアップされた天守閣は本当に立派で、とっても優美だった。


〈あれ?〉


その時、西の空に光の粒が見えたかと思うと、どんどんと近付いて来る。やがて、昼間に会ってた志賀沙織と深津花音ふかつかのんの声が紗理奈の頭の中に響いた。


〈紗理奈さん、そんな所にいたんですね〉

名駅めいえきに行ったんだけど、居なかったんで探しちゃいましたよ〉

〈ごめんなさい。食事した後、ちょっと散歩してたんです〉

〈そうでしたか……〉


そんな会話を交わしているうちにも、四つの光の点は見る見るうちに「光のチョウ」の姿を取り始める。


「凄い……」


最初に目を引いたのは、巨大なアゲハ。話には聞いていたけど、想像以上に大きい。文様の色は濃い目の青だけど……。


〈これでも、控えめなんですよー。この五倍の大きさくらいなら、簡単に化けられます〉

〈えーと、絢乃あやのちゃんだよね? 「化ける」って何なの?〉

〈あれ、知りませんでした? 私、翅の大きさが変えられるんです〉

〈そういや、天音さんから聞いたかも〉

〈それに、紋様の色も変えられますよ。今は目立たないように紺色にしてますけど……〉


そう言いながら絢乃は、色を鮮やかな黄色に変えた。これだと普通のアゲハだ。もっとも、大きさはバカでかいけど……。控えめと言いながらも、絢乃のアゲハは「アオスジ」の紗理奈よりも大きいのだ。


絢乃の後ろには見慣れた「ムラサキ」の天音がいるのだが、いつものような存在感がない。ひとつは絢乃の影響だけど、もうひとつは、隣にいる黄色い「タテハ」の存在だろう。それに、その更に隣の白いチョウも素敵。さっきはそんなんでもなかったのに、意識した途端、目が離せなくなるってのが不思議だ。

白い翅と言えば真花だけど、それより小さいながらも、独特の魅力がある。単に綺麗って言うんじゃなくて、ピュアで清らかで優しい光。六人の「ムシ」達の中では最小の翅なのに、不思議と目が離せない。


〈沙織さんの「ムシ」の姿って、なんか癒されますね〉

〈ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいわ。だけど、地味でしょう?〉

〈うーん、この六人の中ではそうかもしれませんけど、とっても素敵だと思いますよ〉

〈そうですよ。沙織さんは、特別なんです。だって、この辺りで最初の「ムシ」なんだもの〉


沙織と花音は、愛知県内だけじゃなくて、岐阜県南部や三重県北部にも出掛けてみたそうだ。それなのに、今の所、他の仲間が見付かっていないという。


〈私、花音ちゃんが「ムシ」になってくれた時は、本当に嬉しかったわ〉

〈その気持ち、凄く良く分かるわよ〉


そう言ったのは天音だけど、その天音の「ムラサキ」が少し色褪せて見える程に鮮やかな黄色の翅のチョウが、右隣を飛ぶ花音の翅だ。それに、その翅は「ムラサキ」よりも若干だけど大きく見える。


〈キチョウっていうと、木幡陽菜こはたひなちゃんと氏家優奈うじいえゆなちゃんよね。でも、「タテハ」は花音ちゃんが初めてだわ〉


〈ふふっ、立派な「タテハ」でしょう?〉


既に「ムシ」の種類とかの基本的な事は天音が説明しているらしく、沙織が少し自慢げに言う。

紗理奈は、天音に問い掛けた。


〈えーと、木幡陽菜さんって、確か福島の相馬の方ですよね?〉

〈そうよ。で、優奈ちゃんってのは、宮城で最初に「ムシ」になった子なの〉


既に四人は、紗理奈と真花の目の前にいた。そうして、紗理奈と真花を加えた六人の「ムシ」達は、名古屋城の天守閣の上に並んで座る。

それと同時に翅は消しているけど、身体からだは薄っすらと光ったままだ。それでも天守閣自体がライトアップされているので、あまり目立ってはいない。

更に、天音が続けて言った。


〈ふふっ、花音ちゃんって、陽菜ちゃんと優奈ちゃんにそれぞれ似てる所があるのよね〉

〈えーと、それって……、匂いとか?〉

〈半分は正解よ。花音ちゃんって、優奈ちゃんと同じキンモクセイの匂いがするの。で、問題は陽菜ちゃんの方なんだけど……〉


そこで天音は、少し躊躇ためらってから、意を決したように言った。


〈花音ちゃん、左手に障碍があるでしょう?〉

〈えっ?〉


花音は驚いた様子だったけど、実は紗理奈も気付いていた。


〈たぶん、「ムシ」の子は全員が気付いてたと思うわよ〉

〈……そんな〉


これまで陽気に振舞っていた花音が、急に狼狽うろたえた感じになる。だけど、それにも構わずに天音が先を続けた。


〈あのね、花音ちゃん。たぶん、左手の小指の欠損だと思うんだけど、それは私の知ってる限り、あなたで三人目なの。それに、片腕が無い子だって二人もいるのよ〉

〈……〉

〈つまり、花音ちゃんだけじゃないって事。それに、「ムシ」になった事で、そんな障碍なんて帳消しにして余りある能力をもらったでしょう?〉

〈えーと、空を飛ぶ事とか、心話とか……〉

〈紗理奈ちゃん、説明してあげて〉


それから紗理奈は沙織と花音に対し、彼女達の特殊能力の確認と合わせて、「ムシ」達の能力についての説明を行った。

その後、場所を名港(名古屋港)に移した六人は、これまでの沙織や花音の生い立ちを長々と聞く事になったのだった。




END103


当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。

引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。リアクションだけでも残して頂ければ、嬉しいです。


★★★


できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。

いずれも完結済です。


銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~

https://ncode.syosetu.com/n9786lf/

※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/

※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/

※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。


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