101:名古屋訪問(1)
◇2041年6月@東京~名古屋 <東山紗理奈>
六月に入って三度目の土曜日、東山紗理奈は、予定通り名古屋へ行く事になった。とはいえ、福島から来るメンバー、矢吹天音と鯨岡絢乃の二人を待っての出発となる為、朝は少し余裕がある。それで現在、紗理奈は、父の孝太郎と向かい合ってダイニングテーブルに着いていた。
「珍しいですね。お父さんが土曜日に家で朝食を取るなんて」
「お前が名古屋に行くって聞いたからな」
「名古屋なんて、新幹線でも一時間半じゃないですか。リニアだと、もっと早いですよね?」
「そうなんだが、最近はどこも物騒だからな」
「ふふっ、それでも『ムシ』の私は大丈夫ですよ。不意打ちでもされない限りは不死身です。それに、元から荒事には慣れてますし……」
最近、こうして父の孝太郎と何度も顔を合わせているうちに、「紗理奈が公立の小学校で、どういう毎日を送っていたか?」を始め、「担任の女性教師、坂本佳花とのイザコザ」、「不良男子四人組によるリンチ事件」、「『ムシ』になった経緯」といった事柄についても、ざっくばらんに話してしまっていた。
当然、父はドン引きだったし、罪悪感に苛まれてもいたようだけど、紗理奈にとってみれば、全ては既に終わった事。その為、大した感慨も無く、あたかも他人事のように淡々と語って行った。
だいたい、今の紗理奈は十三歳。過去の思い出に浸るような歳じゃない。
「それでも、今日のメンバーは女性だけなんだろう?」
「はい。大学生二人と高校生一人、私と同じ中学一年生が三人です。大学生以外の四人が『ムシ』になれます」
「てことは、相当に目立つ集団なんじゃないのか?」
「そうかもしれません。できるだけ、騒ぎを起こさないようにしたいと思います」
そんなやり取りをしながらも、いつもより早いペースで紗理奈は朝食を平らげて行く。そして最後に、マグカップに半分ほど残っていたカフェオレを一気に飲み干して、席を立った。
「では、行って来ます。明日は少し遅くなるかもしれませんが、心配しないで下さい。ちゃんと帰って来ますので」
★★★
待ち合わせは、東京駅。福島の天音と絢乃は「ムシ」になって飛んで来るそうだが、近郊の何処かでJRを使うとの事。少しでも目立つのを避ける為らしい。
東京からのメンバーは、早坂琴音、小川千花と真花の姉妹、そして紗理奈の四人。「ムシ」同士なら細かい待ち合わせ場所を決めなくても、お互いの気配で分かるし心話も使えるから、自然に集まれる。千花は真花と一緒の行動なので、琴音だけが千花とスマホでやり取りしながらの合流である。
「なんか、『ムシ』の子って、いつの間にか一緒にいるって感じなのね」
「ふふっ、これでも、ちゃんと挨拶はしてるんですよ」
「心話って奴でしょう?」
「良いわね。いつでも話ができて」
「四六時中、喋りっ放しって訳じゃないですよ」
「あ、でも、真凛ちゃんと鈴音ちゃんの場合、しょっちゅう喋ってるって感じみたいです」
「ふふっ、そのほとんどが口喧嘩だって、凜華ちゃんが言ってたわよ」
「そういや、凜華ちゃんと真凛ちゃん、修学旅行で東京に来たんでしょう? 大丈夫だった?」
「うーん、真凛さんは、ちょっと……」
「正直、びっくりしました」
「ふふっ、あの子、こっちで相当にやらかしたみたいね」
「でも、人助けとかもしてましたよ」
「暴力団の事務所に、意味も無く突入したって聞いたわよ」
「何それ、怖い。真花も付いてったの?」
「あのね、この世には、お姉ちゃんの知らない世界ってのがあるの」
「もう、最近の真花ったら、時々生意気になるんだから」
そんな会話を交わしているうちに、目的のプラットフォームに到着。事前に予約してあった「のぞみ」号は、既にドアが開いていて、そのまま乗り込む事が出来た。
★★★
車中で紗理奈は、矢吹天音、鯨岡絢乃の二人と同じシートに座って、これから会いに行く「ムシ」候補の子、志賀沙織の話を聞いた。
現在、沙織は中学二年生。学年はひとつ上だけど、彼女は二月生まれなので、四月生まれの紗理奈とは二ヶ月しか違わない。てことは、紗理奈より少し前に「ムシ」になったって事になる。今から一年とちょっと前だ。
〈つまり、一年ちょっとの間、彼女はひとりぼっちだったって事なの。本当に、もっと早く気付くべきだったわ〉
〈今更ですよ、天音さん。それより、絢乃ちゃん。「未確認飛行少女情報サイト」のリンクとかは、送ってあるんだよね?〉
〈あ、はい〉
〈てことは、私達が会いに行く本当の目的は伝えてあるの?〉
〈いや、伝えてないです。やっぱ、会ってからの方が良いかなって思ってまして……〉
〈ふーん。絢乃ちゃんって、めぐみと同じで「やんちゃな子」って聞いてたけど、割と慎重なんだね〉
〈意気地なしなだけです〉
そうは言っても、絢乃って子は割と賢そうだ。
〈あの、話は変わりますけど、紗理奈さんは名古屋に行くの初めてですか?〉
〈うん。初めてだよ。私、ほとんど遠くに行った事が無いんだ。絢乃ちゃんは?〉
〈私もです。てか、私、ほとんど福島から出てないかも〉
〈そうなんだ……。私も似たようなもんだよ。「ムシ」になって自分で飛んで行った所が、一番遠くって感じだからさ〉
〈そうなんですね。私、まだ「ムシ」になったばっかりなんだけど、これから色んな所へ行きたいです〉
〈ふふっ、絢乃ちゃんの翅だったら、きっと、何処まででも飛んで行けそうだね〉
〈こら、紗理奈ちゃん。絢乃に余計なこと言っちゃ駄目だからね〉
突然、天音から叱責が飛んできた。
〈この子、放っておくと、北海道でも九州でも行っちゃいそうなのよ。つまり、そんだけ大きくて高性能な翅なの〉
〈ふふっ、お化けアゲハでしたっけ? 私も、早く実物を見てみたいです……。てことは、ひょっとして、海外へだって行っちゃっうんでしょうか? ハワイとか……〉
〈だ、か、ら、怖いこと言わないで頂戴。CIAとかに捕まったりしたら、どうすんのっ!〉
紗理奈は冗談だと思ったけど、天音は真面目だった。
〈とにかく、絢乃は、勝手に遠くへ行っちゃ駄目。それに、どっかへ行く時は、必ず事前に私か杏樹に言う事〉
〈ええーっ、それだと、コンビニへも行けなくなっちゃう〉
〈もう、そういうのじゃなくて……。だったら、岩木市内なら良い事にしておくわ〉
〈そんでも、高萩の沙良さんの所へ行けないんですけどー〉
〈じゃあ、日立の繭菜の所までなら良い事にします。でも、水戸とか郡山とかは、私に言わないと駄目だからね〉
〈ふふっ、水戸には、めぐみがいるからですね?〉
〈そうよ。めぐみちゃんと絢乃がつるんだりしたら、もう私じゃ手に負えなくなっちゃうもの〉
そんな取り留めのない話をしていたら、気が付くと名古屋駅に近付いていた。
すると、突然、知らない「ムシ」の子からの「声」が飛んで来たのだ。
〈ようこそ、名古屋へ。私、深津花音って言います〉
まさかの、新しい「ムシ」からの心話だった。
★★★
〈えっ、新しい「ムシ」の子?〉
思わず紗理奈が呟いた言葉に、その子から返答があった。
〈はい。先月、「ムシ」になったばかりなんです〉
今度は、天音が応じた。
〈そうだったのね。おめでとう。私は、「クイーン」の矢吹天音よ〉
〈あ、私は、東山紗理奈。東京の「ムシ」です〉
〈ふふっ、東京って言っても、浦安だけどね〉
〈こら、真花!〉
〈もう、内輪の喧嘩は止めなさい〉
〈あの、アタシは、鯨岡絢乃。沙織お姉ちゃんの幼馴染です〉
〈あなたが、絢乃ちゃんなのね。沙織さんから話は聞いてるわ〉
〈そっか。宜しくね〉
〈こちらこそ。あの、私と沙織さんは、改札を出た所で待っていますので、宜しくお願いします〉
〈志賀沙織です。私の事も宜しくお願いします〉
その直後、志賀沙織からも心話が飛んで来た。これで沙織も「ムシ」になっていた事が確定した。つまり、名古屋の「ムシ」は、二人いるって訳だ。
そうして、再び今度は沙織と四人の「ムシ」達との間の挨拶が始まり、それが終わった頃、琴音と千花を加えた六人を乗せた新幹線「のぞみ」号は、ゆっくりと名古屋駅のホームに入って行く。
やがて、プラットフォームに降り立つと、途端に粘っこい湿気と熱気に包まれた。まだ六月だというのに、この暑さは想像以上だ。
プラットフォームからは、間近に林立した高層ビル群が見える。渋谷や新宿に負けず劣らずの都会の風景だ。
紗理奈達六人は、人の流れのままに下りのエスカレータへ吸い込まれて行く。その間、絢乃は沙織との間で心話のやり取りを継続中。花音とは主に天音が、この後の昼食についての相談をしていた。
間もなくして改札が見えると、その向こうに、大きく手を振る二人の淡い茶髪の女子が目に飛び込んで来た。その途端、絢乃が駆け出した。そして、いち早く改札を抜けると、その内の一人に抱き着いた。
〈沙織お姉ちゃん、会いたかったよう!〉
〈はいはい。絢乃ちゃん、私もよ〉
紗理奈達五人は、ゆっくりと絢乃の後を追って改札を通る。そこへ、もう一人の女子が声を掛けてきた。
「ようこそ、名古屋へ。私が深津花音です」
これが、東山紗理奈と、のちに東海三県の「ムシ」達を束ねる「クイーン」となる深津花音との、最初の出会いだった。
END101
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




