099:榊原陸翔
◇2041年6月@東京 <東山紗理奈>
六月の二回目の日曜日、東山紗理奈が朝食を終えて自室に戻り、しばらくすると小川真花から心話が飛んで来た。吉岡苺が昼前に来るので、〈紗理奈も来て、お昼、一緒に食べない?〉というお誘いだ。〈良いよ〉と即答した紗理奈は、手短に清楚なワンピースに着替えて家を出た。
六月とはいえ、まだ梅雨前なので外は天気だ。近所の昔お世話になったオバサンが庭いじりをしていたので、「おはようございます」と挨拶する。
「あら、紗理奈ちゃん。おめかしして今日はデートかい?」
「いやいや、そんな人いませんよ。学校の友達の所へ行くんです」
「そうかい。気を付けてお行きよ」
「はーい。ありがとうございます」
それから紗理奈は、近くの公園の公衆トイレに入って、「ムシ」になって空へと舞い上がる。そして、江東区の真花が住んでいるタワマンの近くに降り立つと、近ごろ良く使うようになった洋菓子店で今日はプリンを買って、タワマンのエントランスホールへ入って行った。
最近の東京も治安が悪くなってはいるけど、アメリカとかと一緒で、危険な区域と安全な区域が明確に分かれつつある。それでも夕方からは危ないようなのだが、日曜の午前中は女性が一人で歩いていても、まず大丈夫なのだ。
もっとも、紗理奈の場合は治安が悪くたって関係ないのだけど、今はプリンの事が心配。うーん、これぐらいなら、「ムシ」になっても運べそうではあるんだけど……。
小川家の玄関では、何故か佐伯夢香に抱き着かれた。プリンだったから良かったものの、ショートケーキだったら危なかったと思う。
その夢香も小学三年生。紗理奈が小柄な事もあって、抱き付く彼女を受け止めるには割と骨が折れる。「ムシ」になって体力が嵩上げされていなかったら、たぶん、押し倒されていただろう。
「ほらほら、夢香ったら、紗理奈ちゃんが困ってるでしょう?」
「あ、叔母様、いらっしゃってたんですか?」
「そうなの。今朝は家政婦の人がお休みで、『朝食、どうしようかしら』って思ってた所に千秋さんから連絡があって、『一緒にブランチしましょう』ってなったのよ」
そうやって話してくれたのは、紗理奈の叔母の佐伯桃香。どうやら、夢香だけじゃなくて、母娘三人で来ているようだ。
となれは、真花の母親の小川千秋もいる訳で……。
「紗理奈ちゃん、いらっしゃい。真花から聞いたわよ。いよいよ今日は、陸翔さんとの面談なんですってね」
「いや、アポは取ってますけど、海外から戻って来られたばかりで時間も未確定ですし、先夫の体調次第っていう条件付きなんです」
「大丈夫よ。あの人、タフだもの。そうじゃなきゃ、今どき大企業の社長なんてやってられないわよ」
「なるほど。確かに、そうですね」
その時、玄関のチャイムが鳴って、吉岡苺が入って来た。再び夢香が抱き付こうとしたのを、今度は姫香が阻止。だけど姫香は右足が不自由なので、二人して床に倒れ込んでしまう。
その二人を後ろから支えたのは、真花の姉の千花。その千花に姫香が頭を下げている横で、夢香が親友の唯花に説教されていた。
「まあまあ、この和菓子も凄く美味しそう。最近は洋菓子ばかりだから、苺ちゃんが持って来てくれる和菓子は、結構、楽しみなのよねえ」
どうやら苺は、ここへ来る度に地元である船橋の老舗の和菓子店で、手土産を購入しているようだ。
そうこうするうちに再び玄関のチャイムが鳴って、またも突進しようとする夢香を唯花がしっかりホールド。その脇をお財布片手に千秋が通り抜けて行く。
やって来たのは、宅配ピザの配達員。トッピングたくさんの美味しい大判のピザを二枚、届けに来てくれたのだ。
それを見て一番はしゃいだ声を上げたのは苺で、ほくほく顔で千秋の後を付いて行った。
★★★
今回、小川家に集まったのは、全部で九人。こないだの昼食会と違うのは、真花達の父親の聡介が不在な事。つまりは、女子会だ。
時刻は、まだ十一時前なのだけど、十人は余裕で座れるダイニングテーブルには、大きなボールに入ったシーザーサラダが左右二ヶ所に置かれている。そこに厚紙の容器に入ったピザが二枚。それらを各自が紙皿に載せて、プラスチックのナイフとフォークで食べるスタイルだ。
飲み物は、出来立てのホットコーヒーがサーバーに入っていて、後は二リットルボトルのコーラ。当然、容器は紙コップで、セルフサービスである。
小川家のブランチパーティーは、いつも、こんな調子らしい。
ちなみに、ここにいる九人の髪色は、母親二人が茶髪。女子大生の小川千花が、それより淡い茶髪で、残りの六人は金髪。と言っても、佐伯家の二人と紗理奈は蜂蜜色で、小川家の二人は更に色が薄い。吉岡苺は少し赤っぽいピンクブロンドって奴だ。
大きなピザを更に大きな口を開けて頬張っていた千花が、「しっかし、ここに居る全員が金髪か茶髪なのよねえ」と言った。
「『クイーン』の矢吹天音さんから聞いた話なんですけど、福島の方で夏に『ムシ』達と予備軍の子達で海水浴をやったんですって。去年で二回目らしいんですけど……」
「それ、大騒ぎになっちゃったんじゃないの?」
「私達みたいな髪の女の子が何十人もいたら、そりゃあ目立ちまくるよねえ」
「群がって来る不埒な男の子達を、『ムシ』のお姉さん達が何度も追い払ったって聞いてます」
「うわあ、真凛さんとか、大暴れしていそう」
「でも、結構、楽しいかも」
「その後は、親達が一緒になって、キャンプ場でバーベキューをするんですって」
「良いなあ」
「ねえ、桃香さん。そういうの、私達もやりましょうよ」
「だったら、優流くんや奏音くんも呼んじゃえば良いかもね」
「夏までには、もっと『ムシ』の子が増えるんじゃない?」
「水戸のめぐみちゃんなら、呼べば飛んで来そう」
「少し北の方でやれば良いのよ」
「宇都宮の真琴も来てくれたら、嬉しいかも」
そんな話を長々としながら、ピザの後は、ぞれぞれが持ち寄ったデザートを楽しんだ。その後は、小川家にあった予備のタブレット端末を借りてお勉強。メインは苺の為だったりするけど、やっぱり学生の本分は勉強なのだ。
そうして午後の時間を小川家で過ごしているうちに、とうとう榊原澪から、『あと三十分くらいしたら、来てくれる?』という連絡が入ったのだった。
★★★
「ムシ」の姿で榊原澪の部屋へ飛び込んで行くと、今日も坂下美倖が迎えてくれた。ただし、今日は紗理奈と共に小川真花もいる。
先ほど聞いた話だと、陸翔と会うのは真花も初めての事らしい。当然、吉岡苺は初めてだろうから、三人全員が初対面という事になる。
ちなみに、先に小川家を出た苺は、まだ着いていない……と思ったら、家政婦の片瀬尚美に案内されてやって来た。ちゃんとエレベータで上がって来たようだ。
こないだと同じ家族用のリビングへ入って行くと、そこには榊原家の四人が既に揃っていた。今日は、立花初音さんは同席しないようだ。
真花と苺と共に挨拶をして、「コ」の字型のソファーの一翼に軽く腰を下ろす。紗理奈が中央で、両脇に真花と苺だ。もう片方には榊原家の澪以外の三人が座り、その間の席に澪と美倖が座った。
陸翔は、息子の海渡以上に大柄な男性だった。妻の綾も決して小柄という訳ではなく、女性の平均ぐらいの身長はある。家族四人の中で、小柄なのは澪だけのようだ。
その陸翔の服装は、こないだの海渡と同じようなポロシャツにチノパン姿。きっと、普段着なんだろう。一方の海渡と綾は、どちらもスーツ姿。という事は、これまで何処かの昼食会にでも参加していたのかもしれない。
そんな事を考えていると、先に陸翔の方が話し掛けてきた。
「いやあ、君達、本当に金髪なんだねえ。と言っても、微妙に髪色が違うんだが……」
「こういう髪の子は、私達以外にも割と多くいまして……」
「そうみたいだね。海渡から話は聞かせてもらったよ。澪を守る為という事であれば、私も君の提案に異論はない。えーと、詳細は確か福島の紺野グループの方と話せば良かったんだっけ?」
「はい。菅野彩佳という者が『茶髪の子の保護者会』の事務局長をやっておりまして、たぶん、市川という弁護士と一緒にお邪魔する事になるかと思います」
「分かった。坂下さん。亜希か桜子に言って、俺のスケジュールを調整してくれ。それと、この件は、たぶん坂下さんにも関わってもらうから、そのつもりで頼む」
後で美倖から聞いた話だと、飯島亜希と木下桜子は、共にサカキバラ商事秘書課のメンバーとの事だ。
次に陸翔は、海渡と綾に向かって言った。
「それと、そちらのお嬢さん達のご家族とも会っておきたいんだ。えーと、さっき少し話に出た『茶髪の子の保護者会』だったかな? それの東京版だよ。うち主宰で良いから、綾と海渡の方で仕切ってくれ」
そこで紗理奈は、同じような事を早坂琴音にも言われていたのを思い出した。
「あの、実は私達と仲の良くて、守ってくれたり、アドバイスしてくれたりしている大学生達がいまして、『茶髪の子の保護者会』にも絡んでる人達なんですが、その中の一人からも同じ話が出ていまして……」
「ほう、どういう大学生達なんだい?」
「一人は東大生で、『未確認飛行少女情報サイト』の主催者の関口っていう人です。後の四人は東都大学の学生で、ここにいる真花のお姉さんの千花さんとか、そのお友達の琴音さんとか……。その琴音さんは福島の人で、色々な『ムシ』達と親交がありまして……」
「なるほどな」
「パパ。その内の一人が、立花のお兄ちゃんだよ」
「奏音君の事か?」
「うん」
「あの、先程も紗理奈が口にした私の姉の千花が、その立花奏音さんの友人というか、幼馴染でして……」
「分かった。だったら、それらの大学生達も呼ぼう。となると、立食パーティーの方が良いかな? まあ、ご両親達とは別々でも良いのだが……、綾と海渡に任せるよ」
本題については、それだけだった。
その後は、紗理奈、真花、苺の話を色々と聞かれて、それから、一瞬だけ順番に「ムシ」になって見せたりもした。その時だけは、さすがの陸翔もかなり驚いた様子だった。とはいえ、室内だったので苺以外は翅の全体が分からず、迫力は半減。逆に苺だけが目立ってしまい、曲が無いのに軽く踊ってみたり、宙返りとかもして、陸翔、海渡、綾の三人を喜ばせていた。
特に綾が気に入ってしまい、「苺ちゃんだったら、絶対にアイドルになれるわよー」と絶賛。それで調子に乗った苺が、「アタシ、生粋のエンターティナーですから」などと言い出して、「次のパーティーでは、絶対に歌とダンスを披露しちゃいます」と確約していた。
そんなこんなで、榊原陸翔との面談も無事に終わり、『ムシ』達とサカキバラ商事との提携は、いよいよ実現に向けて本格的に動き出したのだった。
END099
当作品を読みにきて頂きまして、どうもありがとうございます。
引き続き次話も読んで頂けましたら幸いです。
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★★★
できましたら、以下の作品も読んで頂ければ幸いです。
いずれも完結済です。
銀の翅 ~第一部:未確認飛行少女~
https://ncode.syosetu.com/n9786lf/
※当作品の第一部です。第二部からでも分かるようにしてありますが、できましたら第一部も読んで頂ければ幸いです。
ハッピーアイランドへようこそ
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※東日本大震災後の原発事故に関する中学生の恋愛物です。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/
※今後、更に番外編を追加する予定ですが、現在は完結済にしてあります。




