第二十七話 帰って報告せよ
変化は、すぐには数字に現れなかった。
前夜の戦術談義に加わっていた操縦者たちは、それぞれの部隊へ戻ると、使えそうなところから自分たちなりに試し始めた。だが、形だけを真似すればすぐに上手くいくほど、空中戦は単純ではない。
「二番、遠い! もう少し詰めろ!」
『これ以上詰めたら長機しか見えません!』
「詰めろと言ったり離れろと言ったり、どっちなんじゃ!」
着陸した若い操縦者が、飛行帽を脱ぎながら頭を抱える。
少し離れた場所で見ていた河野が笑った。
「少尉殿。最初の俺たちみたいですね」
「俺たちもやったな」
「少尉殿が間隔広げすぎたんですよ」
「決めたの俺だけじゃないだろ」
「班長でしょう」
「都合のいい時だけ班長にするなよ」
笑っていられる失敗ばかりではなかった。
二機一組を意識しすぎて目の前の敵への反応が遅れた隊もあれば、僚機へ注意を向けすぎて正面の敵を見失った者もいる。「深追いするな」という言葉だけが一人歩きし、本来なら追うべき場面でためらった例も出た。
当然、反発する者もいた。
「戦闘機乗りが、敵を見つけて追わんでどうする」
ある古参の操縦者が言った。
「目の前の敵を逃がすのは、消極的じゃ」
「だが」
別の中隊長が、手元の戦闘詳報を指で叩いた。
「昨日八機出した隊が、今日も七機出せた」
「…………」
「その前は八機出して、翌日飛べたのは五機じゃった」
「一日だけだろう」
「だから記録しとる」
議論は終わらなかった。
どちらが正しいのか、まだ誰にも断定できない。だから飛び、帰って記録し、失敗すれば理由を残し、上手くいけばそれもまた次の出撃へ持ち越した。
◇
六月から七月にかけて、戦闘詳報は少しずつ積み上がっていった。
記録されたのは、出撃機数や接敵地点、隊形だけではない。誰を見失い、なぜ敵を追い、あるいは離脱したのか。どこへ被弾し、帰投した機体のうち翌朝までに何機を再び飛ばせたのかまで、一つずつ戦闘詳報へ残された。
最初の数日では、何も分からなかった。
一週間でも、まだ偶然かもしれない。
だが二週間、三週間と記録を重ねていくと、少しずつ傾向が見え始めた。
「……また低いな」
航空部隊の司令部で、一人の参謀が一覧表を眺めていた。
「はい」
「出撃回数は?」
「大きく減っておりません」
「戦果は」
「少なくとも、それ以前より悪化してはいません」
「それで未帰還だけが減った?」
「現在集まっている部隊では、その傾向です」
参謀は紙を一枚めくった。
一日の数字なら偶然で済む。
しかし、同じ傾向が何度も続けば話は変わる。
搭乗員が帰れば、翌日もその男が飛べる。昨日の失敗を知る者が今日の出撃へ経験を持ち込み、生き残った古参が新任へ教え、その新任も帰ってくれば、今度はそいつにも経験が残る。
「越智少尉が言っとった『翌日』というのは、これか」
「翌日?」
「ああ」
参謀は別の欄を指した。
「今日何機落としたかだけじゃなく、明日何機飛べるかを見る」
少し黙ってから、苦笑する。
「少々面倒な奴だと思っていたが……戦争じゃ、面倒なくらいでちょうどええのかもしれんな」
◇
もちろん、日本軍機が突然無敵になったわけではない。
ソ連側も学んでいた。
日本機が深追いしなくなれば離脱の瞬間を狙い、こちらが上を取ろうとすれば相手も高度を取る。数を集め、一気に押し込んでくることもあった。
それに応じて、日本側もまた変わった。
『二番、後ろ!』
『視認!』
『三番、入るな! 上を見ろ!』
『了解!』
『一番小隊、追いすぎるな!』
『了解!』
別の部隊の無線から、いつの間にか聞き慣れた言葉が流れるようになった。
もっとも、どの隊も越智隊とまったく同じではない。
二機の間隔を狭く取る隊もあれば、広く取る隊もある。一組を上空へ残してもう一組を先に入れる隊もあった。無線符号をさらに簡略化するところもあれば、帰投機のうち翌朝再出撃させる機体を優先して整備する部隊まで現れた。
上手くいったものは残り、駄目だったものは捨てられる。そして、失敗した搭乗員が帰ってくれば、なぜ失敗したのかを話すことができた。
「増えましたね」
ある夕方、河野が滑走路を眺めながら言った。
「何が?」
「四機を二組で使う連中です」
啓介も見る。
二機が飛び立ち、少し間を置いてさらに二機が続く。上空で四機が合流したが、越智隊とは高度差も間隔も違っていた。
「あれでいいんだよ」
「勝手に変えられても?」
「俺たちだって毎日変えてるだろ」
「まあ、そうですけど」
「人が帰ってくるなら、誰が考えた方法でもいいよ」
河野はしばらく啓介を見ていた。
「……本当に、そこだけは変わりませんね」
「変える理由がないからな」
◇
しかし、八月が近づくにつれて、啓介の胸の奥には別の不安が育ち始めていた。
戦いが終わらない。
砲撃があり、小規模な地上戦があり、航空戦がある。その合間にも偵察と補給は続き、双方が広い草原を挟んで睨み合いながら、少しずつ兵力を増やしている。
通信記録には敵側の活動が増えているという報告があり、夜間に遠くから車両音を聞いたという地上部隊もあった。道路の轍が増え、砲兵や装甲車両らしい影を見たという話も出始めている。
一つ一つなら、決定的な情報ではない。
だが啓介には、その増え方が嫌だった。
ある夜、一人で地図を眺めた。
ハルハ河。
日本軍の配置。
確認されているソ連・モンゴル軍の陣地。
道路、水場、渡河地点。
二〇〇五年の記憶が、頭の隅から離れなかった。
八月、ジューコフ率いる機械化部隊による大攻勢。そして、日本軍を北と南から包み込む作戦。
結果は知っている。
だが、この地図のどこを今の敵が使うのかまでは分からない。まして、自分が知っていた歴史と現在は、すでに同じではなかった。
未来の記憶を、そのまま作戦図へ描くわけにはいかない。
「……陸のことは、陸の人に聞くか」
「何が陸なんです?」
「うわっ!」
振り返ると、相馬が立っていた。
「いつからいた?」
「今です」
「驚かすなよ」
「少尉殿が一人で難しい顔してるからですよ」
「ちょっと聞きたいことがあってな」
「自分に?」
「いや」
啓介は地図を畳んだ。
「地面の上で戦う人に」
◇
「何が聞きたい」
陸軍大尉の三浦は、啓介が持ってきた報告を一通り読むと顔を上げた。
ノモンハンへ来てから知り合った歩兵将校である。
航空戦なら、啓介にも分かることは増えてきた。だが地形を読み、歩兵や砲兵、戦車をどう動かすかとなれば話は別だった。
「この辺りです」
啓介は地図へ指を置いた。
「最近、車両の動きが増えているらしいです」
「うむ」
「夜間輸送も」
「ああ」
「装甲車や砲兵の目撃も少しずつ増えてる」
三浦は報告書をもう一度見た。
「それで?」
「大尉なら、敵がこの辺りで機械化部隊を大きく動かすとしたら、どこを見ます?」
三浦の目が啓介へ向いた。
「何でそんなことを聞く」
「嫌な感じがするんです」
「航空屋の勘か?」
「……それに近いです」
「曖昧じゃな」
「だから専門家に聞いてるんですよ」
三浦は鼻で笑った。
「便利に使いおって」
それでも、地図を自分の方へ引き寄せた。
しばらく無言で眺めていたが、やがて鉛筆を取る。
「まず、正面だけ見てはいかんな」
啓介は黙って聞いた。
「これだけ広い場所じゃ。もし戦車と自動車を十分持っとるなら、わざわざ一番固いところへ全部ぶつける必要はない」
鉛筆が地図の上を動く。
「俺なら、こっちを見る」
北側だった。
「……北?」
「ああ。それから南じゃ」
二つ目の印が付く。
「理由は?」
「道路と地形。それに、こちらの側面へ出るなら、この辺りが使いやすい」
三浦はさらに線を引いた。
「ただし、戦車だけでは動けん」
「燃料」
「そうじゃ」
「弾薬も」
「ああ。歩兵、砲兵、工兵も必要になる」
「川を越えるなら」
「架橋資材」
啓介は帳面へ書き込んだ。
三浦が続ける。
「つまり、大きく動くなら先に物が動く」
「物……」
「兵隊一人なら隠せる。戦車一両も隠せるかもしれん。じゃが何百両もの車、燃料、砲弾、橋を架ける道具まで全部隠すのは難しい」
三浦が引いた二本の線は、日本軍主力の北と南へ伸びていた。
その形を見た瞬間、啓介の背中が冷たくなる。
知っている形だった。
けれど、それを描いたのは未来を知る自分ではない。目の前の地形と兵站を読んだ、陸軍の将校だった。
「越智」
「はい」
「お前、本当に何も掴んどらんのか」
「証拠は何もありません」
「なら」
三浦は鉛筆を机へ置いた。
「空から確かめろ」
◇
その機会は、数日もしないうちに訪れた。
「越智少尉」
「はい」
航空部隊司令部へ呼ばれると、机の上には地図が広げられていた。
「偵察へ出てもらう」
「場所は?」
「北側のこの一帯。それから状況次第で南側も改めて見る」
啓介は示された場所を見た。
三浦が印を付けた地域に近い。
「敵の動きが妙じゃ」
司令官が言った。
「車両の移動が増えたという報告がある。夜間に動いとるともいう。地上からでは、点ばかりで全体が見えん」
「既存の偵察機は?」
「出している」
司令官の表情が少し険しくなる。
「未帰還も出た」
「…………」
「敵も見られたくないところには戦闘機を出す。対空砲火もある」
司令官は相馬を見た。
「この任務では、お前の機に航空写真用の撮影装備を載せる」
「自分が撮影ですか」
「索敵と航法が得意なんだろう」
相馬が啓介を見る。
「少尉殿、余計なこと言いました?」
「俺じゃないよ」
「戦闘詳報に書いてある」
司令官が答えた。
「越智少尉、残る三機で相馬機を守れ」
「了解」
「目的は見ること。写真を持ち帰ることだ」
「はい」
「敵機と遭遇した場合は?」
「避けられるなら避けます」
「そうしろ」
司令官は地図を指で叩いた。
「敵機一機落として、撮った写真を持つ奴が帰ってこなければ、何の意味もない」
「はい」
「偵察というのはな、越智」
「はい」
「見つけただけでは仕事にならん」
啓介は司令官を見る。
「帰って報告せよ」
「了解しました」
◇
四機で上がった。
今日は敵を落とすための出撃ではない。
相馬機が地上を見て写真を撮り、残る三機がそれを守る。そして、全員で帰る。
「戦闘は避ける」
『了解』
『向こうから来たら?』
河野だった。
「追い払う。追わない」
『了解』
「特に河野」
『何で俺だけですか』
「日頃の行い」
『心外です』
相馬が笑った。
『河野軍曹が見つける前に自分が報告します』
「相馬まで乗るな」
『了解』
「そこまで。警戒」
『了解』
それを最後に、無線から余計な声は消えた。
◇
まず北側へ入った。
一見すれば、何もない草原だった。
低い起伏が続き、ところどころに林がある。啓介は高度を保ちながら大きく旋回し、地上を見た。
「相馬」
『道路』
「見えた」
一本の道が延びている。
だが、轍の数が多い。道の両側にまで、何十台、あるいはそれ以上の車両が行き来した跡が広がっていた。
「たどる」
『了解』
しばらく進むと林が見え、その陰に人工物らしいものが浮かんだ。
『車両』
真鍋だった。
啓介も見つけた。
偽装されているが、数が多い。
『戦車もいる』
河野の声が低くなる。
「相馬、撮影」
『了解』
相馬機が僅かに位置を変え、撮影装置を作動させた。
さらに先には車列があり、土を盛った陣地らしいものや砲、物資の集積まで見えてくる。
「数は?」
『分からん』
真鍋が答えた。
『かなり多い』
「撮れるだけ撮れ」
『了解』
偶然、一部隊が休んでいる規模には見えなかった。
胸騒ぎが強くなる。
その時だった。
『敵機!』
相馬の声が鋭くなる。
「方位」
『二時、高い。六以上』
小さな黒点が、こちらへ向きを変えている。
「撤収」
『了解』
即答だった。
『戦わんのですか』
河野。
「写真が先」
『了解』
四機が進路を変えた。
敵が追ってくる。
『距離、詰まる』
「出力上げる」
発動機が唸った。
それでも敵は離れない。
「河野、真鍋。牽制」
『了解』
二機が反転し、敵先頭へ短い射撃を浴びせた。
敵編隊が散る。
河野も真鍋も追わず、すぐに啓介たちへ戻った。
「相馬」
『はい』
「写真は?」
『無事です』
「なら絶対落ちるな」
『努力します』
「努力じゃなく帰れ」
一瞬だけ間が空いた。
『了解!』
◇
翌日は南側だった。
目的地へ入る前から、違和感があった。
『少尉殿』
「見えてる」
地平線の一部が、薄く霞んでいる。
雨ではない。
大量の車両が動いた時に上がる砂塵だった。
距離を詰める。
「……何だ、あれ」
河野の声から、いつもの軽さが消えた。
戦車や装甲車、トラック、砲を牽引する車両があり、その後ろにもさらに車列が続いている。すべてが一列に並んでいるわけではなく、分散し、偽装もしていた。
それでも、空から広く見れば分かる。
多数の部隊が、同じ方向へ集まりつつある。
「相馬」
『撮ってます』
「真鍋、上」
『異常なし』
「河野、後方」
『敵影なし』
啓介は地上を見続けた。
物資。
燃料と思われる集積。
砲兵。
そして川に近い場所では、工兵らしい動きまである。
三浦の言葉を思い出す。
戦車だけでは戦えない。燃料も弾薬も必要で、川を越えるなら工兵や架橋資材も要る。
大きく動く前には、先に物が動く。
「……これか」
『少尉殿?』
「何でもない」
もはや未来の記憶だけではなかった。
眼下に広がる現実が、三浦の予測を裏付け始めている。
「相馬」
『十分撮れました』
「帰るぞ」
『了解』
◇
その日の夕方。
司令部の机いっぱいに、偵察写真が並べられた。
三浦も呼ばれている。
航空部隊の将校だけでなく、地上部隊の参謀や砲兵関係者まで集まり、何人もの男が一枚ずつ写真を覗き込んでいた。
「これは……」
誰かが低く呟いた。
北側では多数の戦車と車両、砲兵陣地らしい配置、物資集積が確認できる。南ではさらに大きな車列と燃料集積、工兵らしい動きがあり、道路には大量の車両が往来した跡も残っていた。
「越智少尉」
「はい」
「見たことだけ話せ」
「了解」
啓介は、未来の記憶を頭の外へ押し出した。
「北側で多数の車両と戦車を確認しました。砲兵陣地と思われるものもあります」
「南は」
「北より大規模に見えました。ただ、自分には正確な兵力は判断できません」
「何をする部隊だと思う」
「分かりません」
啓介は言い切った。
「自分は空から見ただけです。地上戦としてどう読むかは――」
三浦を見る。
「陸軍側で判断していただきたいです」
三浦は答えず、一枚ずつ写真を見ていった。
長い時間だった。
やがて地図を手元へ引き寄せる。
「先日の話だ」
「はい」
「正面だけを見るなと言ったな」
「はい」
三浦が北へ線を引いた。
「この兵力がここから動く」
今度は南。
「こちらも動く」
二本の線が日本軍主力の両側を回り込み、その背後へ伸びた。
部屋が静まり返った。
「……包囲」
参謀の一人が口にする。
三浦が頷いた。
「その可能性を考えるべきでしょう」
「正面は?」
「こちらを押さえる」
「両翼を機械化部隊で回すのか」
「私が敵なら考えます」
啓介は黙っていた。
自分が知る歴史と同じ形だったが、今はもう、未来の記憶だけがその可能性を示しているわけではない。
「実は」
参謀が別の資料を取り出した。
「地上からも妙な報告はいくつか入っとった」
夜間の車両音。
道路使用の増加。
通信活動の活発化。
燃料らしい輸送。
一つだけでは意味の分からなかった情報だった。
三浦が、それらを偵察写真の横へ並べていく。
「点だったものが」
一枚置く。
「繋がってきましたな」
◇
司令官は長い間、地図を見つめていた。
「上へ報告する」
「はい」
「ただし、これだけで敵企図を決めつけるな」
参謀たちが頷く。
「追加偵察を出す。敵主力の位置、物資集積、工兵、渡河準備を確認せよ」
「了解!」
「地上部隊には警戒を強めさせる。ただし、こちらが察知したと敵に悟られるような動きは避ける」
「はい!」
「砲兵、対戦車部隊、予備隊の配置案を作れ」
「了解!」
司令官は航空側を見る。
「もし本当に機械化部隊が動くなら、空から何を止める」
少し沈黙した。
啓介が口を開く。
「航空側から考えるなら、戦車そのものだけではないと思います」
三浦がすぐ続けた。
「燃料じゃな」
「はい」
「砲兵の弾薬」
「はい」
「工兵と架橋資材」
「はい」
別の参謀が口を挟む。
「車列そのものもだ」
「そうだと思います」
啓介は地図を見る。
「戦車を一両ずつ追うより、部隊が動き続けるために必要なものを止められるなら、その方が効く場合があります」
「指揮通信もだな」
「はい」
司令官は頷いた。
「地上側で優先順位を決めろ。航空側は、どこまで叩けるか詰める」
「了解!」
男たちが一斉に動き始めた。
誰か一人が答えを持っていたわけではない。地上から届いた報告と、空から持ち帰った写真。歩兵、砲兵、航空、それぞれが持っている情報を机の上へ重ねたことで、ようやく敵の形が見え始めていた。
◇
その夜、啓介は兵舎へ戻ると、もう一度地図を開いた。
未来の記憶では、この先に大きな敗北がある。
だが今はまだ、何も決まっていない。
敵の作戦を完全に見抜いたわけでもなければ、こちらの準備が間に合う保証もない。ソ連軍が、啓介の知る歴史と同じように動くとも限らない。
ただ、一つだけ違う。
日本軍は今、敵が動く前に、その兆候を見つけている。
「少尉殿」
河野が入ってきた。
「まだ起きてたんですか」
「もう寝るよ」
「明日も偵察です?」
「たぶんな」
「敵機見つけたら?」
「仕事は見ること」
「一機くらい」
「河野軍曹」
「冗談です」
啓介は地図を畳もうとして、手を止めた。
「河野」
「はい」
「今日、司令官が言ったこと覚えてるか」
「帰って報告せよ、ですか」
「ああ」
見つけただけでは駄目だったし、撮っただけでも駄目だった。帰ってきたから写真が机の上にあり、三浦はそれを見て地図へ線を引くことができた。
「明日も帰って報告するぞ」
「了解」
河野が部屋を出ていく。
啓介は、もう一度だけ地図を見た。
北と南から伸びる二本の鉛筆の線は、日本軍主力の両側を回り込み、その背後へ向かっていた。




