第五話:宿でクリス様とゆったりしました
「「し、失礼いたしました……っ! クリスティアーネ皇女殿下! ルセーロの町へのお越しを心より歓迎いたします!」」
その言葉を聞くと、クリス様は私を優しくそっと地面に下ろして、手をつないでくれる。
「構わないわ。こちらこそ、夜遅くにごめんなさいね。改めまして、私はここアルシーヴ帝国の第一皇女、クリスティアーネ・メモリア・フォン・アルシーヴよ」
その挨拶は見るものすべてを魅了した。
こちらを見る男の人たちに向け、白銀のお洋服の裾を正し、右手を胸に当ててお辞儀をするクリス様に、私は見惚れてしまう。
「ほら、あなたも挨拶」
え? え? 挨拶? えっと……
「……わ、わたしの名前は、ア、アデルって言います」
クリス様からもらったアデルという名前を、ちゃんと声に出す。
そして――こうかな? と、先ほど見たクリス様のお辞儀をまねして、私もぎこちなく右手を胸に当て、お辞儀をする。
「あら、私の真似? 上手ね」
クリス様は驚いたように瞳を丸め、笑みを浮かべて私の頭を撫でる。
――クリス様に褒められた!
自然と笑みがこぼれてきてしまう……
そしてそんな私を見てか、男の人たちも少し微笑んでいた。
「ちゃんと聞いたかしら? この子はアデル。私が“聖域”で見つけて保護してきたの」
「な! せ、聖域ですか!?」
男の人たちの顔から笑顔が消え去った。
ど、どうしたんだろう? なんだかみんな、すごく怖い顔をしている。
急に空気が変わって不安になった私がクリス様の手をぎゅっとすると、クリス様は私の一歩前に出た。
「――余計な詮索はしない方が賢明よ。そしてアイギス領の名に懸けて、この子を丁重に扱いなさい」
「か、畏まりました!」
クリス様の迫力に、それ以上男の人たちは何も言わず門を開け放った。
◇
「わぁ……す、すごいですよ! クリス様! 夜なのに明るいです!」
門が開くと、そこにはたくさんの光があった。キラキラしたものの中に光が入っている。あれは――
「ああ、あれは幻灯、魔法よ」
「魔法……ですか? で、でも、誰もいませんよ……? ――ま、まさかキラキラの中に見えない人が?」
「ふふ、あなたは本当に面白い想像をするのね。あの中に人が入れるわけないでしょう」
私の言葉が面白かったのか、クリス様はくすくすと笑う。
「あれはね、ガラスの中に魔法を固定化できる道具を入れてあるの。魔法具って言うのよ」
「ま、まほうぐ……見えない人は、いない、ですか?」
「いないわよ」
そう言ってクリス様は私の頭をぽんと撫でる。
そして不意に、クリス様は男の人たちの先頭に立つ人に話しかけた。
「あなたが、ここの衛兵隊の隊長?」
「はいっ! ルセーロ守備隊隊長、バルトと申します!」
呼び止められた大きな人が、バッと拳を胸に当てて挨拶した。すごい勢いに、おもわず私はビクッと肩を跳ね上げて、クリス様の後ろに隠れてしまった。
「驚かせてごめんなさいね、アデル。……バルト隊長。この町にどこか、私たちが泊まれる場所はあるかしら? 私は大丈夫なのだけれど、この子が疲れ切ってしまっていて」
「それでは……この町一番の宿へご案内いたします、どうぞこちらへ!」
そう言ってバルト隊長は深く頭を下げ、松明を掲げて私たちを案内し始めた。
◇
宿のお姉さんがクリス様のお顔を見て倒れてしまうというハプニングはあったが、無事に今日は寝られそうだ。案内された部屋にはふかふかなベッドがあった。
「アデル。これから帝都まで何回か宿に泊まるわ。ゆっくり旅して帰るのも悪くないでしょう? ま、あなたが走りたいって言うなら構わないけど」
「い、いえ……ゆっくり行きたいです……」
少し意地悪なことをクリス様は言う。口元は緩んでいてなんだか楽しそうだ。
「そうでしょうね……さ、今日はもう寝なさい。疲れたでしょう」
「は、はい……」
「ほら、早くベッドに入りなさい」
そう言われて、私はベッドに入り込む。見た目どおりとてもふかふかしていて一瞬で体がぽかぽかしてくる。
あれ?
「……クリス様、は……寝ないんですか?」
「ええ、私は少しやることがあるから、先に寝てていいわよ」
そっかぁ……それは少し寂しいな。
部屋の明かりが落とされ、ベッドの横の机に置かれた小さな魔法具の灯りだけが、部屋をかすかに照らす。
目を、閉じる。するとあのときの魔獣の姿が思い出されてしまう。怖かった、怖かった。あの鋭い牙に貫かれたら……あの巨体に押しつぶされたら……
「……う、うぅ……」
ガタガタと体が震える。寒さではない、恐怖だ。
不意にクリス様の方から足音が聞こえる。
「アデル? 眠れないのかしら?」
「ごめんなさい……魔獣が、こ、怖くて……」
恐怖する私の手を、クリス様の手が包み込んでくれる。やっぱり、この人に触れると安心する。
「安心なさい、アデル。あなたのそばには私がいるわ。あなたも見ていたでしょう? あの程度の魔獣、何体来たところで私の敵ではない」
確かに、あの時のクリス様はとても強くて、とてもきれいだった。
「絶対にあなたを守るわ……ほら、寝られるまで手を握っててあげる。だから、おやすみなさい、アデル」
「クリス様……」
この人がそばにいるなら……魔獣なんて怖くない。そう思える。
あっ――安心したら……眠気が……
「……おやすみ、なさい……クリス様」
「ええ、おやすみ」
花畑で目が覚めて、クリス様と出会って、いろいろあった。深いまどろみに落ち、私の初めての一日が終わりを迎えた。




