第四話:森を抜け町に着きました
そこからは魔獣に襲われることも無く、平穏だった。平穏ではあったが――
「……あ、あの、クリス様」
「なにかしら」
「そ、その……ていとにはあとど、どのくらいで……着くんでしょうか?」
私たちは未だに森の中にいる。
クリス様が魔獣を倒した時は明るかった空も、今はすっかり黒に染まってしまった。クリス様がずっと手をつないでくれているおかげでなんとか歩けてはいるが、ずっと歩いているのでさすがに疲れてきてしまった。
「そうね……」
クリス様は少し考え込む。そしてこう続けた。
「このままのペースで行くならあと七日ってところかしら」
「な、なのか……ですか?」
ガクッと膝が折れそうになる。そ、そんなにかかるの? 足がジンジン痛むし、ボロボロのワンピースに冷たい風が吹き込むせいで寒い。これを、あと七日間も続けなければならない。ちょっと、泣きそう。
頭に、クリス様の手が触れる。
「……まったく、泣かないの。本当にあなたに歩かせるとでも思っていたの?」
「そ、それはどういう――ってな、何するんですか!?」
突然の出来事だった。つながれた手が離され、その手でクリス様が私の両膝の裏に触れ、頭に触れていたもう片方の手を首にあてがう。そして一瞬の浮遊感のあと、クリス様の顔が目の前に現れる!
「ねえ、アデル」
「ひゃ……ひゃい!」
夜の暗さに溶け込むサファイアブルーの瞳に、じっと見つめられる。
「……」
「……な、なんですか?」
無言でじっと見つめられる。
「あ、あの……クリス様?」
「……さ、走るわよ」
はしる? ……このまま?
「ま、まってくださ、い! このままでだなんて、わ、私、恥ずか、しいです……」
「文句は言わず、黙って私に抱かれていなさい」
そう言うとクリス様の目の前に魔方陣が現れる。そしてクリス様は詠唱を紡ぐ。
「力よ巡れ。我が身に宿れ【身体強化】」
そして魔方陣がはじけた。
――魔法だ
「ク、クリス様! い、いまのはどんな魔法ですか?」
「今のは【身体強化】。ちょっと足が速くなったり、力が強くなったりするのよ」
すごい! クリス様はそんなこともできるんだ! ……足が速く?
「……ってク、クリス様! まさか……!」
「口、閉じてなさい。舌噛んでも知らないわよ」
直後、どんっ! 地を蹴る音とともにクリス様は私を抱えて走り出した。景色がどんどんと流れていく!
「ひゃああああああああっ!?」
あまりのスピードに私の口から情けない悲鳴があふれる。
すごい風圧を受け、目が痛い。思わずクリス様におでこをくっつけてしまう。クリス様の服をキュッとつかんで、振り落とされないようにする。
向かってくる夜風はとても冷たい。でも、クリス様の腕の中はやっぱり温かくて、心地よい。
耳もとで響く風を切る音。クリス様にくっついている耳が捉える、トクトクという、優しくて力強いクリス様の心臓の音。
(……離れたくない)
そう、思ってしまった。
新しい名前をくれた人。私を拾ってくれた人。
クリス様から感じる温もり。その温もりに身を委ね、恐怖を忘れてそっと目を閉じた。
◇
どれだけ時間が経ったのだろうか。風の音が鳴り止み、クリス様の歩みがゆっくりとしたものになる。恐る恐る目を開けると、そこには頑強な石造りの防壁。そして重厚な鉄の門が見えた。どうやら森を抜けたようだ。
「さ、今日はここで休憩ね」
「ここが、ていと……ですか?」
その言葉に対し、クリス様は少し呆れたように返す。
「違うわ。ここはルセーロ。アイギス伯爵領の都市の一つよ」
「るせーろ……」
そうつぶやいた瞬間。
「――止まれ! 何奴だ!?」
「ひっ!」
び、びっくりした……。門の上の方から、野太い大きな声が聞こえてきた。
見上げると、そこには松明を掲げ、剣や槍を持ち、鎧を着た男の人たちが並んでいた。
「そこで止まっていろ!」
そう言うとその人たちは門の上から、壁に掛けられたはしごを伝って下りてきた。
ジャラジャラと金属音を響かせ、松明の炎をこちらへ向ける。厳しい顔で、武器を構えながら近づいてくる男の人たち。
ク、クリス様! 私がとっさにクリス様の顔へ目を向けると、そこには何の焦りも抱いていないような、冷静な表情があった。
その炎の光がクリス様の冷静な表情を照らした――ぴしりと、男の人たちの動きが止まった。
「そ、そのプラチナブロンドの髪色……サファイアブルーの瞳……あ、あなた様は……まさか!」
その言葉を発した瞬間――武器を捨て、男の人たちが一斉に膝をつき頭を下げる。体をガタガタと震わせながら、一斉に声を上げた。
「「し、失礼いたしました……っ! クリスティアーネ皇女殿下! ルセーロの町へのお越しを心より歓迎いたします!」」




