第三話:魔法はとてもきれいでした
クリス様の目の前に不思議な模様が浮かんでいる。よく見ると、その模様の中心とクリス様の胸のあたりが細い光でつながっているようだ。
その光を通って何かすごい力がクリス様から模様へと流れ込んでいる。初めて見る現象なのに、不思議とそれが理解できる。直後、クリス様と模様の間の光が途切れた。
辺りがシンと静まり返る。クリス様、私、魔獣。誰も何の音も立てない。そして、その静寂を引き裂くように一人の冷たい声が響く。
「告げる。我が意志は一振りの剣にして、闇を切り裂く光」
クリス様がその言葉を発した瞬間、魔獣が驚いたような様子で私たちの方へ突っ込んできた!
周りの木々を突進の余波でなぎ倒し、牙をむき出し、咆哮を上げながら向かってくるその姿に、私は呼吸も忘れて硬直してしまう。
怖い、殺されちゃう――そう恐怖している私の目に、眉一つ動かさずじっと魔獣を見つめているクリス様が映った。
「顕現せよ【破邪の光剣】」
そしてクリス様がそう言葉を紡ぐと、パリンと模様がはじけた。はじけた模様はただの光へと変化し、クリス様の白銀の剣を覆う。そうすると、白銀の剣が真っ白な光の剣へと変化していった。
クリス様はその剣を両手で握りしめ、迫りくる魔獣の咆哮を真正面で受け止め、少し悪そうにその美しい口元を緩める。
そしてクリス様はいきなり前へと飛び出し、
「【帝国剣術・初太刀・蒼閃】」
低く、冷徹な声が響いた刹那、魔獣の顔めがけて一閃!
クリス様と魔獣の動きが同時に止まった。
生きているものは誰もいない、そう錯覚するほどの静寂。
次の瞬間、すさまじい衝撃と轟音、そして日光すらも霞ませるほどの光に襲われる。まぶしくてとっさに腕で顔を覆う。
すぐに眩しさを感じなくなり、辺りは再び静寂に包まれる。
(な、何が起きたの? クリス様は?)
クリス様が心配になった私は腕をどけ、目をゆっくりと開く。
目に映った光景に思わず息を呑んだ――
「……っ」
そこに恐るべき魔獣の姿はなかった。
あったのは黒く焼け焦げ、煙を上げる大地。
そして――カチャリと剣を鞘に納め、こちらを見て口角を緩めているクリス様のお姿だった。
◇
日光に照らされ、より一層輝きを増しているプラチナブロンドの髪を揺らしながら、クリス様がこちらへ向かって歩いている。
私はその姿を、へたり込み、言葉もなく見ていた。先ほどまで感じていた恐怖はもうない。胸を占めるのは、ただただ純粋な憧れ。
(……す、すごい。なんだったの、いまのは。きれい……それに、か、かっこいい……)
記憶のない私の頭。そこに刻み込まれた先ほどの光景。クリス様が言葉を紡ぐと現れた、鮮やかな光の刃。クリス様の剣を振る動き。
思い出すだけで、胸がドクドクと波打ってしまう。
「いつまでそうしているの、はやくしないと置いていくわよ」
いつの間にか歩き出していたクリス様を、私は慌てて追いかける。
「あ、あの!……い、いまのは、な、なんですか?……ピカッて光って、シュンって、ど、どんって音がして……」
両手をパタパタしながら必死に伝えようとする私を見て、クリス様は瞳を丸くしていた。
「……驚いた。アデル、あなた魔法も覚えていないのね」
「まほう? ですか?」
「ええ、魔法よ。……本当に何も覚えていないのね。良いわ、少し見せてあげる」
そう言ってクリス様は足を止め、私に向かって手のひらを向ける。
「まず、自分の体内にある“魔力”と呼ばれる力を、使いたい属性に変換する。そしてそれを使って“魔法陣”を作るの」
すると目の前に先ほど見たものに似ている模様が現れる。これが魔法陣……やっぱり、きれい……
「これが魔法陣。そしてここからが本番よ。展開した魔法陣に対して、魔力を込めた“詠唱”と呼ばれる呪文を魔法陣に流し込むことで、現実世界へ魔法という神秘を引き起こすの」
そう言うとクリス様は、魔法陣に向かって言葉を続ける。
「闇を照らす一標となれ。顕現せよ【閃光】」
その瞬間、先ほどと同じように魔法陣がパリンとはじけ、クリス様の手のひらに一つの光が現れる。日光の何倍も明るく感じる、暖かくて優しい、そんな光だ。
「これが魔法。今のは簡単なやつだけどね」
「まほ、う……えい、しょう……まほう、じん……まりょく……」
クリス様に教えてもらったことを一生懸命繰り返す。忘れないように、忘れないように。
「わ、わたしも……クリス様みたいになれますか?」
記憶のない私が抱いた初めての憧れ。きれいな魔法だった。
クリス様は私の頭を温かい手で撫で、微笑んだ。
「魔法にはいくつか属性があるわ。どの属性を使えるかはその人次第。ちなみに、私が使ったのは光属性ね」
「私にも、使えますか? 光属性の魔法……」
「……そうね、魔法は適性がすべてだから。あなたがどのくらい魔法を使えるかは分からない。……帝都に着いたら適性検査を受けさせてあげるわ、光属性に適性があれば私みたいになれるかもしれないわね」
「てきせい……私に、あるんでしょうか……」
すごく不安だ。もし適性がなかったらって考えると、体が冷たくなってくる。
――手が握られた
「そう不安がる必要はないわ。私はね、アデル。あなたがきっと素晴らしい才能を持ってるって信じているの」
温かい手に、温かい言葉。その二つが私の体を溶かしていく。
「だから、あなたも、あなたを信じる私を信じていなさい……ほ、ほら、帝都へ帰るわよ」
「――は、はい! クリス様!」
私はクリス様を信じている。だからきっと大丈夫。
少し頬を赤く染めたクリス様に連れられ、私は帝都への道を再び歩み出した。




