第二六話:変な人に出会いました
「ここで待っていればいいんですか?」
任命式が行われるという会場に着いた私とクリス様。すると、先に来ていたシルヴィアさんがあるお部屋に案内してくれて、この部屋で待っているようにと教えてくれた。
「はい、こちらでしばらくお待ちください」
「じゃあアデル、おとなしく待っているのよ。また後で迎えにくるから」
「く、クリス様は一緒じゃないんですか!?」
てっきりクリス様と一緒に待つのだと思っていた……
「……そんなに悲しそうな顔しないの。ちょっとお父様と話してくるだけだから」
「こ、皇帝陛下さんですよね……」
「覚えていたのね……偉いわ」
なでなで、頭をクリス様が撫でてくれる。
皇帝陛下さん――私がクリス様の護衛になるための方法を教えてくれた人。クリス様にどことなく似ている姿(性格は全然似ていなかったけど)……すごく印象に残っています。
「じゃあ、また後でね」
満足そうに微笑んで、クリス様とシルヴィアさんは皇帝陛下さんのところへと向かっていった。
扉が静かに閉まり、コツコツとクリス様とシルヴィアさんの足音が遠ざかっていく。
ぽつんと、ひとりこの大きいお部屋に取り残されてしまった。
椅子に座って待っていよう。そう思って椅子に座る。座って、じっとしている。
――すごく静かです。
新しくもらったお洋服をぎゅっと握りしめ、目を閉じる。
さっきのなでなで、クリス様の温もりを思い出す。
クリス様、早く戻ってきてくれないかな? またあの手に触れたい。
――コンコン
ドアをノックする音……クリス様? 帰ってきたのかな?
「今開けます!」
クリス様が帰ってきたかも……そう考えると、すごくワクワクしてくる。
うっ……少し、重いです。必死に、なんとかドアの取っ手をつかんで引いて開ける。
「えっと……だ、誰ですか?」
目の前にいたのはクリス様ではなかった。真っ黒なマントを羽織っている、紫と黒が混ざったような髪色の男の人。長い前髪とサイドの髪が、雑に垂れ下がっている。
そして何より印象的なのが、こちらを見つめてにやにやしている表情。
「……あ、あの……」
にやにやしながらじっとこちらを見つめてくる男の人……だ、誰?
な、なんで何も話さないんですか!?
「……」
「……」
不気味な沈黙が広がる。どれだけ時間が経っても、男の人はただ腕を組んで私を見つめるだけ。
「な、何か用事、ですか?」
気まずさに耐えかねて、もう一度、恐る恐る声をかける。
「……ふふっ」
どれだけ時間が経ってもただ腕を組んだまま、私をじっと見つめていた男の人が、私の問いかけにへらへらとした笑いを返してきた。
「いやあ、ごめんごめん。武闘大会の優勝者がここにいるって聞いて……ちらっと見に来ただけだよ」
「は、はぁ」
わ、私を見に来ただけ? ていうか……
「そ、それであなたは誰なんですか?」
「ん? ああ、確かに……知らないのも無理ないね。ボクの名前は――」
ついに名前が分かるんだ――と思ったその時。
「――そこで何しているのかしら」
「く、クリス様!」
聞き慣れた声に、私は叫んでいました! 知らない人にじっと見つめられて少し怖かったこともあってか、私は男の人を押しのけてクリス様に抱きついてしまいます。
「あらあら、急に飛びついてきちゃって。そんなに寂しかったの?」
顔を上げてクリス様の顔を見ると、クリス様は優しく目を細めていた。その目を見ると、少し怖かったのが平気になってくる。
「だ、だって変な人が……」
「変な人、ねえ。ひどいなあ……」
くすくすと、肩を揺らして笑う男の人。うぅ……なんだか馬鹿にされているみたいです。
不意に、クリス様になでられる……
「そう、怖かったわね、アデル。《《変な人》》がいて」
「おっと……まさかお姫さんにもそんなことを言われるとは……ボクはただ、噂のアデルちゃんをひと目見ようとしただけなんだけどね」
「あら、ならもう用事は終わったでしょう? 早くお父様のところへ戻ったらどうかしら?」
な、なんだかクリス様の顔が少し怖いような…… それに、そんなクリス様を見てもずっと笑みを浮かべている男の人も……本当に変な人です。
「ははは……ではそうしますよ、お姫さん。陛下さんもボクのことを待っているだろうし……それと、また後で会おうね、アデルちゃん」
「は、はい……?」
そう言って男の人は、手を振りながらどこかに行ってしまいました。多分、話の内容的に皇帝陛下さんのところだと思います……本当に何者なのか……
「本当に……相変わらず油断も隙もない男ね」
「クリス様……あの人って誰なんですか?」
「そうね……お父様の護衛のひとりってところかしら」
「あ、あの変な人が……?」
あの男の人が、皇帝陛下さんの護衛……? 全然想像がつかないです……
ずっとにやにやして私を見つめてきた人が、皇帝陛下さんの護衛?
なんだか不思議な感じがして少し困惑していると、クリス様が教えてくれます。
「そうよ。一応、あれがお父様の護衛にして――帝国が誇る最強の騎士よ」
「さいきょうの、きし……ですか?」
驚きで、言葉が漏れてしまう。あの人が……いちばん強い?
「クリス様よりも、ですか?」
あの人がクリス様よりも強い……?
「もちろん、私よりもよ。……悔しいけれどね」
――珍しい表情です。
目を細め、なんだか悔しそうにしているように見える。いつもの涼しげな表情や、優しい表情とは違っている……また、クリス様のお顔をひとつ知れた気がする。なぜだか、それが嬉しい。
「ちなみに、お名前はなんて言うんですか……?」
「……ヴァレリウスよ。ヴァレリウス・ドミニオン。……忘れていいわよ、あんな男の名前なんて」
嫌そうにその名前を口に出したクリス様。
ヴァレリウスさん……変な人だったのにすごく強いんだ。
その時、部屋の扉がコンコンと音を立てる。
「お嬢様、アデル様、そろそろお時間です。移動しますよ」
扉の向こうからシルヴィアさんの声が聞こえてきた。
ついに……任命式が始まるんだ。
「さ、行くわよ、アデル」
「はい! クリス様!」
クリス様が差し出してくれた、白くてきれいな手。私はその手をぎゅっと握る。
そして任命式の会場に向けて、一歩足を踏み出した。




