第十六話:一人で寝ました
「ほら、今日はこれを着て寝なさい」
脱衣所で、そう言われてクリス様に着せられたのは、真っ白のもこもこしたお洋服。
「クリス様、これは一体?」
「今、帝都で流行っている寝間着らしいわ」
「これ、すごく可愛いです……」
もこもこが可愛くて、そしてすごく温かい。
「クリス様、ど、どうですか? に、似合っていますか?」
クリス様から見る私は一体どうなのか? 気になって聞いてみる。その場でくるっと回って。
「ええ、とても似合っているわ。あなたの銀の髪とよく合っていて、可愛いわ」
「あ……ありがとうございます……」
消えそうな声でなんとか答える。真正面から褒められると、口元が緩んで変な笑いが出ちゃいそう――そっか、似合っているんだ。
「クリス様も、その、きれい……です」
クリス様が着ているのは、夜の空のように暗くて青い、ひらひらとした不思議なお洋服だった。いつも結んでいた髪を下ろしている。触れたら壊れちゃいそうな、そんな魅力がある。
「あら、ありがとうアデル。さ、部屋に戻りましょうか」
手を繋ぎ、クリス様の後をついていく。そうして、私の部屋にたどり着いた。
◇
私が部屋の前に着くと、クリス様はもう一つ奥のドアへ進んでいく。
「あれ? クリス様、そっちじゃ、ないですよ?」
「ああ、私の部屋、アデルの部屋の一つ隣だから」
「一緒のお部屋じゃないんですか?」
帝都までの道、今までクリス様とずっと一緒のお部屋だった。だから、違う部屋なのかと思うと、泣きそうになってくる。
クリス様の方を見ると、その目を丸くして驚いたような表情をしていた。そして口元を緩めて話す。
「ふふ、残念だけれどしばらく一緒の部屋で寝泊まりするわけにはいかないの、ごめんなさいね」
理由は分からない、けどクリス様が言うならそうなんだろう。
「わ、分かりました……」
寂しいけど、我慢しよう。
「……どうしても寝られそうになかったら、隣の部屋に来て良いわよ」
「は、はい!」
クリス様のお部屋に行って良い、嬉しいけど一人で寝られないというのは、少し恥ずかしいから……
「それじゃあおやすみ、アデル」
私はやることがあるから、そう言ってクリス様が部屋に入っていく。
「お、おやすみなさい。クリス様」
そう言って私も自分の部屋のドアを開けて入った。
◇
今日から、一人で寝る。クリス様が手を握ってくれない。そう考えるとすごく怖い。でも、いつまでもクリス様に頼ってばかりだと、きっと迷惑だと思う。
私は、クリス様の護衛になる。そう決めた。なら、一人でいろいろできるようにならないと。
よし、寝よう。真っ暗な部屋、わずかな月の光に照らされたベッドに飛び込む。
「……ふかふか」
思っていた通りふかふかだった。お布団をかぶって目を閉じる。もう、魔獣の姿は出てこない。
……今、クリス様は何をしているんだろうか? 寝ているのか、他に何かしているのか。クリス様のことが知りたい――
なんてことを考えていると、体がポカポカしてきた。まぶたが重い……。
クリス様が手を握っていなくても、寝られそうで少しうれしさを感じつつ、私は眠りに落ちていった。
◇
目の前に七つの小さな光と、一つの大きな光が見える。
ここはどこ?
そう考えた瞬間、適性検査で見た夢を思い出す。ここは、あのときの――
光が、話している。声は聞こえない。顔も見えない。でも、話している、それは間違いない。
そして私も、話しかけようとしても声が出ない。
光たちが一斉にこっちを向いた気がした。あのときと同じ、どこか悲しそうに感じる。
その瞬間、七つの小さな光が消えていく。だんだんと、消えていく。そして、一つの大きな光が、すごい速度でどこかに移動していった。
――待って、消えないで、行かないで、お願い!
光が、完全に消える――同時に、すさまじい衝撃を受け――
◇
「おはよう、アデル。怖い夢でも見たのかしら?」
「……おはよう、ございます。クリス様」
目が覚めるとクリス様がいた。体を起こし窓の外を見る。外は明るい。どうやら、ちゃんと一人で寝られた――
ぽたっ 手のひらに水が落ちてきた。
「あれ? 私、泣いてる?」
「うなされていたわよ……もしかして、見たの? 記憶」
夢……たしかに見ていた気がする。でも、やっぱり思い出せない。
「たぶん、見たんだと思います。思い出せないですけど……」
「そう。とりあえず、顔を拭きなさい」
クリス様に渡されたタオルで顔を拭く。やっぱり記憶を見ていたんだろうか? 何も覚えていない、でも――
「でも、悲しい、夢でした」
悲しかった。それは覚えている。
「悲しい、ね。一歩前進したわね、アデル」
そう言って、クリス様が頭を撫でてくれる。ふふ、安心する。
「それじゃあ、少し待っていなさい。ご飯を持ってきてあげるから」
「あら、お嬢様はこちらでごゆっくりしていてください」
「だ、誰ですか!」
クリス様以外の声に、知らない声が聞こえてきた。それも、私の後ろから。振り返ろうとすると、その声に止められる。
「振り返ってはいけません。私を見ると呪われてしまいますからね」
の、呪われる……首を少し回した状態で止め、クリス様を目で見る。
「はあ、あまりふざけないの。ごめんなさいね、アデル。これは私の専属メイドの――」
「お嬢様のメイドを務めている、シルヴィアと申します。よろしくお願いしますね、アデル様」
ふわりと、その人物が私の視界に回り込んでくる。その人物が着ていたのは、クリス様の教えてくれたメイド服。そしてクリス様よりも背が高く、黒い髪に黒い目。
「あ、あの、呪われない、ですか?」
そう尋ねた瞬間、クリス様がシルヴィアさんの方をにらみつけた。
「どうするの? アデルが信じてしまったじゃない」
「まさか、本当に信じてしまわれるとは……すみません。そ、それよりも朝食にしましょうか、お嬢様」
「まったく……アデル、呪われるなんてシルヴィアの嘘だから大丈夫よ」
「ほ、本当ですか……良かったです」
胸をなで下ろし、ほっと息をつく。
「では、お嬢様。私は朝食を運んできますので、どうぞごゆっくりしていてください」
「そう、悪いわね」
「あと、帰ってきているなら私に顔くらい見せに来てください」
そう言って、バタンと扉を閉めて出て行くシルヴィアさん。
クリス様……シルヴィアさんに帰ってきたって言ってなかったんだ。
「少し、寂しそうでしたよ、シルヴィアさん」
「……分かっているわよ」
なんだか、珍しいクリス様が見られた、そんな朝でした。




