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回想第十三話「記録、継続」

■ 登場キャラクター紹介

【01】いおりとゆめ

https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3662171/

【02】ななみとリリカ

https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/3662784/


■前作「銀色の結晶」すずの記録室アーカイブ

※前作の登場キャラクター情報も含まれています。

https://ncode.syosetu.com/n7557ma/1/

すずの記録には、こう残っている。


「――明日を愛するための物語。区切りの記録。記録者:すず。協力:もか」


そのすぐ下にもかが書き足していた。


「最終って書きそうだったけど、終わらないよね」


すずが答えている。


「終わりません。なので、最終ではなく区切りと書きました」


もかが続ける。


「そのほうが、すずちゃんらしい」


すずが記録を始めたのは、アムネシアを出て三日目のことだった。


そこから、ずいぶん時間が経った。


どれくらい経ったのか、正確な日数をここに書くつもりはない。

けれど、最初の記録と今の記録を並べて見れば、すずにははっきり分かることがある。


記録の仕方が、変わった。


最初の頃の記録は、事実だけでできていた。


日時。場所。人物。

起きた出来事。


数字と名詞で組み立てられた、揺れの少ない記録。

感情が入り込む余地を、なるべく排した記録だった。


今は、少し違う。


記録者の見解、という欄が増えた。

もかの言葉を聞いて、どう受け取ったかが書き足されるようになった。


ゆめの言葉の意味を考えて、そこに一文置くことが増えた。

誰かの声の速さや、沈黙の長さにまで、意味を見出すようになった。


これは本当に記録なのか、と、すずは時々考える。


けれど、今はもう迷いきってはいない。


見たものを残すのが記録なら、

感じたものもまた、見えたものの一部なのだと、今のすずは思っている。


その日、もかはお菓子を持ってきた。


いつものように、断りもなくすずの隣に座る。

すずも、もうそれを注意しない。


「今日で区切りなんだよね?」


「区切りです。終わりではなく」


「どう違うの?」


「ここまでの記録を、いったんまとめるということです」


すずは記録帳に指を添えたまま答える。


「ここで閉じるわけではありません。続きます」


「ずっと続けるの?」


「続けます」


「なんで?」


その問いに、すずは少し考えた。


長く考えたわけではない。

もう答えは分かっていて、それをどの順番で言葉にするかを整えていた。


「もかが、最初に言ったからです」


「私が?」


「はい」


すずは頷く。


「すずちゃんが記録しないと、誰かの匂いが消えちゃうから、と」


もかが少し照れたような顔をする。


「覚えてたんだ」


「記録しています」


「それ、ほんとに記録に残してたの?」


「はい。最初の記録です」


もかが身を乗り出す。


「見せて」


「どうぞ」


すずはためらわず、記録帳を渡した。


もかが受け取り、最初のページを開く。

紙の端は少し柔らかくなっていて、何度も触れられてきたことが分かった。


そこには、まだ短い言葉で、こう書かれていた。


アムネシアを出て三日目の夜。もかと二人で空を見た。

お菓子が甘かった。星が多かった。


もかが目を丸くする。


「これが最初の記録なの?」


「はい」


「すごく小さいことだね」


「小さくないです」


すずは即答した。


「大事だと感じたから記録しました。大事なことが、小さいとは限りません」


もかはその言葉を、少し嬉しそうに受け取った。

記録帳を閉じて、丁寧にすずへ返す。


「すずちゃん、変わったね」


「変わりましたか」


「うん。最初の頃より、ずっと」


「どう変わりましたか」


もかは少し考えて、それから笑った。


「なんか、温かくなった気がする」


すずは、その言葉をそのまま否定せず、きちんと受け止めるように少し黙った。


「温かい、というのは」


「前はね、すずちゃんが外から記録してる感じがしてた」


もかは手振りを交えながら言う。


「今は、一緒にその中にいる感じがする」


すずは少し間を置いた。


「それは、良いことですか」


「すごく良いことだよ」


その答えを聞いて、すずは新しいページを開いた。


紙を押さえる指先に迷いはなかった。


「区切りの記録として、これまでで一番大切なことを書こうと思います」


「何を書くの?」


「もかに聞きます」


「私に?」


「はい」


すずはまっすぐに言った。


「この旅で、もかがいちばん大切だと思った匂いを教えてください」


もかが少し驚いた顔をした。

質問そのものより、その質問を最後の記録に置いたことに驚いているようだった。


「私が大切だと思った匂い」


「はい」


「それを記録するの?」


「します」


もかはすぐには答えなかった。


窓の外を見た。空を見た。

それから、そっと目を閉じた。


今まで嗅いできた匂いを、一つずつ手繰るみたいな沈黙だった。


アムネシアの錆びた匂い。外の風の匂い。

村の土の匂い。焼いたパンの匂い。

いおり、ゆめ、ななみ、リリカ、セシリア、ユウリ、リナ、ミナ。

それぞれ違う匂いが、もかの中を通っていく。


しばらくして、もかは目を開けた。


「みんなが一緒にいる時の匂い」


挿絵(By みてみん)


すずのペン先が、一度だけ止まる。


「みんな、とは」


もかは指を折るように、ひとりずつ名前を置いていった。


「いおりちゃんと、ゆめちゃん」

「ななみさんと、リリカさん」

「セシリアさんと、ユウリちゃん」

「リナちゃんと、ミナちゃん」

「それから、私とすずちゃん」


そして、最後に言う。


「みんなが、同じ場所にいる時の匂い」


すずが静かに尋ねた。


「それは、いつの匂いですか」


もかは少し笑う。


「まだ嗅いだことがない匂い」


すずが、わずかに目を上げた。


「嗅いだことがない」


「うん。でも、嗅げると思う。いつか」


「まだ存在していない匂いを、大切な匂いとして記録していいんですか」


「いいと思う」


もかの答えは、迷いがなかった。


「大切なものって、もうあったものだけじゃなくて、これから来るものでもいいんじゃないかな」


その言葉を聞いた時、すずの中で、これまでの記録が一本の線でつながった。


失われたものを残すためだけに書いていたはずの記録が、

いつの間にか、まだ来ていないものを迎えるための記録にもなっていた。


すずは、ゆっくりと書きつける。


「もかの記録。最も大切な匂いは、まだ嗅いだことのない匂い。

みんなが同じ場所にいる時の匂い。もかは、いつかそれを嗅げると思っている」


書き終えてから、もかを見る。


「書けました」


「私も読んでいい?」


「どうぞ」


すずは記録帳を渡した。

もかはそれを読んで、少しだけ目を細める。


「ちゃんと書いてくれた」


「正確に書きました」


「ありがとう、すずちゃん」


「いえ」


「お礼、言わせてよ」


すずは、少しだけ考えてから答えた。


「……では、受け取ります」


もかは満足そうに笑って、お菓子を一つ差し出した。


「じゃあ、食べよう」


「記録中です」


「区切りだって言ってたじゃん」


「区切りの記録中です」


「記録しながら食べればいいよ」


すずは、お菓子と記録帳を見比べるようにして、少し考えた。

それから、小さく頷く。


「……そうですね」


受け取る。


二人で、しばらく黙って食べた。


紙の音。包みを開く音。外を通る風の音。

何かを書き終えたあとの静けさ。


そのどれもが、すでに記録の続きのようだった。


しばらくして、もかが口を開く。


「すずちゃん」


「何ですか」


「これからも、記録続けるんだよね」


「続けます」


「私も、ずっと一緒にいていい?」


すずはもかを見た。


この問いは、確認の形をしているけれど、半分は願いだった。

そして半分は、もう答えを知っている人の声だった。


「いてください」


もかが少し笑う。


「ずっと?」


「ずっとです」


その返事に、もかは本当に嬉しそうに笑った。

すずの口元も、ほんの少しだけ動いた。


すずは、区切りのページの最後に、一文を書いた。


「明日を愛するための物語、記録継続。

これは終わりではなく、始まりへ向かうための記録である。

アムネシアの中で消えていった名前たちも、外の世界で生きている人たちも、

これからどこかで出会う人たちも、ここに残していく。記録者:すず」


もかが隣から覗き込む。


「記録者って書いてるけど、今のすずちゃんは、もう記録者だけじゃないと思う」


すずが視線を上げる。


「何だと思いますか」


もかは、少しも迷わず答えた。


「当事者」


その一言を、すずはすぐには書かなかった。

まず、ちゃんと受け取った。


「当事者」


「うん」


もかは頷く。


「外から見てる人じゃなくて、記録しながら一緒に生きてる人」


その言葉で、すずはようやく、自分の記録が変わった理由を少しだけ理解した気がした。


事実だけでは足りなくなったのは、

自分がいつの間にか、その外側に立てなくなっていたからだ。


見送った人がいる。待っている人がいる。

また会いたいと思う人がいる。

続きを書きたいと思う名前が、もう増えている。


それなら、自分はもうただの記録装置ではない。


すずは記録帳をいったん閉じた。

それから、すぐに開いた。


「記録します」


もかが笑う。


「何を?」


「今、もかが言ったことを」


すずは最後に、一文を付け加えた。


「記録者注:もかより。すずは今、当事者でもある。これも記録として残す」


書き終えたあと、すずはしばらくその文を見ていた。

その視線の長さまで、もし誰かが見ていたなら、たぶん記録になっただろう。


RECのランプが、静かに灯り続けていた。


消えないように残すための灯り。

まだ来ていない明日を迎えるための灯り。


だからこれは終わりではない。

区切りであり、継続であり、次の頁を開くための記録だった。


挿絵(By みてみん)


回想第十三話:記録、継続――完

『銀色の産声』を最後まで読んでくださり、心から感謝しています。


本作は、私にとって初めての「続編」という挑戦でした。

前作『銀色の結晶』で一度幕を閉じた彼女たちの物語を、もう一度動かすことは、言葉にし難い大きな不安と、それ以上の喜びがありました。


正直にお話しすれば、連載開始当初の閲覧数は前作を下回り、自分の力不足かと悩みました。

しかしながら、回を重ねるごとに少しずつ読んでくださる方が増えていくのを実感でき、私にとって何よりの支えとなりました。

本当にありがとうございます。


アムネシアという箱庭を出て、不自由で不確かな外の世界を歩き出した彼女たち。記憶を失いながらも「今」を愛そうとするいおりと、自立した魂として隣に立つゆめ。そして、失った時間を抱えて彼女たちを追ったななみやリリカ。


彼女たちが不器用ながらも「日常」という名の救済を掴み取る姿を描きながら、私自身もまた、物語を紡ぐことの尊さを改めて教えてもらった気がします。


いおりたちの物語は、まだ終わりではありません。

現在、三部作の完結編となる続編『銀色の旅路』の制作を進めています。


全ての綻びを縫い合わせるための、最後の一針。

彼女たちが辿り着く「明日」の景色を、また読者の皆さんと一緒に見ることができれば、これ以上のことはありません。


最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。また次の旅路でお会いできたら幸いです。


銀のさくら

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