27 裏切れない人
「ニフリナは王弟の13番目の子であることは間違いない。しかし、あれは記録上では間違いなく数年前に死んでいる。___私自身が生前のニフリナを知らなかったこと、記憶をコントロールするなんらかの魔術によりアレの侵入に気づくのが遅れてしまった。私の失態だ。申し訳ない」
頭を下げられても、そんなことは私の知りたい話じゃない。
元々のニフリナさんのことは多少気になってはいた。でも、私に話すべき本題はそれじゃないはずだ。
「……霜月宙さんは、死んだんですか」
「アレに関しては……
「宙のことじゃありません。宙が使っていた元の身体の持ち主の霜月宙さんのことを聞いています。__あの人の身体はなぜこの世界にあるんですか?あの地下の施設は……なんですか?」
あの墓にしか見えない施設はなんなのだ。
あれも宙による記憶のコントロール?あるいは嫌がらせでつくった架空の施設?
なるほど。たしかに宙は信用ならない存在だろうと思うし、そういう解釈も可能かもしれない。でも、異世界人であろう霜月宙さんの身体がこっちの世界にあって、宙に利用されてるのは明らかにおかしい。それとも霜月宙さんだけは特別に帰れなかったとでも?
「……あなたを不安にさせたくない」
もうとっくのとうに不安になっている。
知らないことがよりその恐怖を増幅させている。それとも、事実はもっと恐ろしいものだとでも?
「神に会うって、どういうことなんですか?転移者たちは神に会って死んだんですか?それとも、神に会うために死んだんですか?」
「……」
トラニ様は目を伏せたままなにも答えない。
……この人は誓って私に嘘はつかないらしいが、それは都合の悪いことは黙るということと同義なのではないだろうか。そしてここで無言になるってことは、やっぱりそういうことなんじゃないかと思う。
「私も、死ぬんですか」
半ば確信をもって問いかける。
あの施設を見る前から「神に会う」と言われた時点で、なにか不穏なものは感じていた。なにか恐ろしいことをさせられるのだろうと思った。だけど、「全員帰った」って信じ切って……いや、すがるしかなかったから、死にはしないのだろうとどこかで高をくくっている自分がいた。
でも、たぶん、ちがった。
「これから、殺されるんですか」
首と胴体がばらばらになった宙の身体がフラッシュバックする。
コロンと転がる首、だらんと力を失った手足……あんな風に私もバラバラにされて、あの墓の一員になる?
そんなのは__絶対に嫌だ。
「……死なせもしないし、殺させもしない」
……これはトラニ様の心意気とかの話であって、事実として語ってるところはなにもない気がする。
だってこの人はなにも具体的な話をしていない。私を死なせないし殺させない?どうやって?
__私は、この人を信じていいのだろうか。
私を死なせたくないという言葉自体は、たぶん嘘じゃない。
この人が本気でそう思っていることも、きっと疑わなくていい。
でも、それと実際に私を助けられるかどうかは別の話だ。
以前、私はこの人のことを「誠実」だと思った。
でも、少し表現を改めるべきなのかもしれない。
この人は、なにもかもを裏切れない人なのではないだろうか。誠実だから裏切れないのではなく、裏切れないから、誰も裏切らないように生きている。なにが違うのかというと難しいけど、でもなんかそんな気がする。
神様も。
この国も。
神殿も。
一族も。
お姉さんも。
きっと、自分の中にある道徳心と、私のことも、裏切れない。
だからこそ、あのガラスの山では私を逃がそうとしてくれた。
でも結局、他のすべてを裏切ることに耐えきれず、なにもできなかった。
それが答えなのではないだろうか。
私を守るというのは、私以外のすべてを裏切るということ。そうなったときに、ラウズトラニという存在に求められている多くのものを、この人は捨てることになる。
私一人のために、そんな大それたことを本当にするのだろうか。
それとも、この人は私の期待を裏切りたくないから。
なにもしないまま事態を見届ければ、自分の中の道徳心まで裏切ることになるから。
だから、こうして「助ける」と言っているだけなんじゃないのか。
私を助けたいという気持ちもたぶん嘘ではないのだろう。それもおそらく本心で。
でも……
そんな人が、選べばあまりにも多くを失う私のことを、本当に選べるのだろうか。
「……トラニ様。あなたは、本当に私を助けるつもりがあるんですか?」
「確実なことはなにもいえない。でも、あなたを不幸にするつもりはない」
うまいことを言う。
確実なことはなにもいえなくて、不幸にする「つもりはない」のだ。助けるつもりがあるかどうかさえ答えていない。
「……じゃあ、ここから逃がしてくれますか?」
トラニ様の目が、ほんのわずかに揺れる。
「……今は、できない」
「……」
「今あなたを外へ出せば、遠からず見つかる。失敗すれば、次の機会すら完全に失う可能性が高い」
「じゃあ、いつならできるんですか」
「……」
また、まただ。
沈黙はずるいじゃないか。嘘をつかずにすんで、本当のことも言わないですむ。
トラニ様にとってなんて都合のいい手法なのだろう。
「そのいつかは、私が神様に会うよりも前ですか?」
「……そうなるように、尽力する」
このままだと私が神に会うことになるであろうことは、やっぱり否定されない。
でも、尽力はしてくれるらしい。
足踏みを繰り返すような言葉だけが私に積み重なっていく中で、ふと雪のつもる透明な山にいったあの日のことを思いだす。
そうだ。
あの日、たしかにこの人は私のことを助けてくれようとした。あの時の私には意味がわからなかったけど、首輪をはずして私をこの国から逃がそうとしてくれた。
それは、つまりトラニ様に私を助けようとする意思が間違いなく___
___本当に?
だって結局私は逃げられなかった。
こうやって私は今もここにいて、おそらく死が近づいてきている。
「……ガラスの山のときは、逃がせると思ったんですか?」
「………あの時は、ある程度そのように仕組まれていた。私もそれに乗った」
「誰に?」
「それは……言えない。が、鶴の一族に必要以上の力を与えたくない存在だ。そしてそんな存在は概ね限られるだろう」
宙?いや、あのときは関わりはなかったはずだし、トラニ様が宙と手を組むとは考えられない。
ということは、白鳥の一族だろうか?以前宙が意味深なことを言っていたはず。
「今はもう無理なんですか」
「……あの時のようにはいかないだろう。あれで神殿も監視を強めた」
………。
「あの時、逃がしてくれればよかったのに」
「……そうかもしれない」
トラニ様は目を伏せる。
「だがあの時、あそこで逃げたところで、逃げられる確率はごくわずかだった。それに、あの逃走を続行して捕まれば、あなたも私も……」
最後まで聞かなくてもわかる。
思考から外していたが、トラニ様が逃がしてくれたとししても、確実に逃げられるわけではなさそうだ。そして逃亡に失敗したあとにあるのは、間違いなく死かそれに近しいものだろう。
そうなると、たしかに確率は重要かもしれない。
重要だけど……
「じゃあ、今はどれくらいの確率で、最高でどれくらいの確率になる可能性があるんですか」
「今逃げられる可能性は十数パーセント程度。確率が上がったとして、どの程度の確率になるかは……私にもわかりかねる」
「なるほど。では、どれくらいの確率だったらトラニ様は私を逃がしてくれるんですか。100%の瞬間は……おそらくないですよね?」
「……」
このままだったら100%死ぬ。
であれば、どこかで踏み出さなければいけない。どこかで踏み出して、十数パーセントの可能性だとしてもすがりつかなければ死しかない。
そしてそもそも、私はおそらくこの人の助けがなければ、その十数パーセントすらない。
トラニ様は、いつ、どの確率のときに、手を貸してくれるつもりなのだろうか。
「……これは、確率だけで決められるような話ではない」
そうかもしれないが、そうじゃない。
確率じゃないとして、なにで決めるのだ。
別に確率じゃなくてもいいが、基準が欲しいのだ。
いつまで私は待てばいいのか。
いつになったら、私は行動できるのか。
「でも、どっかで私は絶対に逃げなければいけないじゃないですか。多少リスクがあったとしても、私が望めば……トラニ様は逃がしてくださるんですよね?」
「……あなたの死が見えているような決断に対して、私は手を貸せない」
「……」
……なんて優柔不断、なんて優しさ、なんて残酷さ、なんて誠実さだろう。
優しい言葉だ。優しいけど、でもそれってただ私を死なせるような選択を自分がしたくないだけじゃないか。見殺しにするのはできても、自分が殺すような選択はできないと。
それともやっぱりトラニ様はこの国と一族を裏切れないから?「決断しない」ことの理由をこうやって砂糖で包んでごまかしている??
あるいは両方か。
真意がどれかは知らないが、どのみち最悪だ。
「……私のことなので、せめて私に選択させてほしいんです。どうやって生きて死ぬか」
「……だからこそだろう」
「……あなたも、私になにも選ばせてくれないんですね」
答えは、かえってこない。
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