26 約束のあとで
「ちょっと、トキコなにぼーっとしてんの?」
ぷりぷりと声をあげる宙の声で我にかえる。
目の前には宙がいて私の頬をぐにゅっと摘まんで、いつも通り水色と金の瞳をピカピカ光らせている。
そうだ。
私たちは一緒にベッドでゴロゴロしながら、いつも通りくだらないことをいつまでも駄弁ってたんだった。
「えっと、なんだっけ?」
「だから、ななチキとファミチキとLチキどれ派?って」
「え~~、からあげくんかなぁ」
「……それは違うじゃん」
ジト目で宙がこちらを見てくる。
でも、鳥を揚げているって観点では全部同じジャンルだと思うし、からあげくんが一番味のバリエーションあって楽しいと思う。それに複数個入っててお得感があるし、食べやすい。
「元の世界に帰ったら、一緒に食べたいね」
学校終わりとかに一緒に買って__あ、もう学生じゃないから、仕事終わりか。
仕事終わりとかどっかに出かけたときに、ふらっとコンビニに寄って一緒に食べるんだ。期間限定の味に「なにこれ~」とか言いながら。
「ジブンはファミチキ派なんだけどぉ」
「なにそれ?一緒に食べてくれないってこと」
「ヒスるなって~。両方買って一緒に食べようってことだよ」
「ふーん。本当に?」
「本当。それぞれ一番好きなの買って半分こしよーよ。…ほら、約束」
「…うん、約束」
おざなりに絡められた小指の感覚がくすぐったい。
このまま、夕暮れのオレンジに染まった日本に帰れたらいいのに。
……………………………
……………………
………
パチリと開いていたはずの目が再び開く。
先ほどと同じベッドの上で景色はなにも変わらない。ただ、いてほしかった一人だけが欠けている。
絡めたはずの小指には、毛布のはじが絡まっていて簡単にほどけていく。
「……ははは」
乾いた笑いが口の端からこぼれる。
おかしな夢をみるものだ。
宙はもういなくて、宙は宙じゃなくて同じ異世界人でも日本人でも人間でもなかったのに。
__私を、騙してたのに。
身体をエビみたいにくしゃりと丸め、ぐしゃぐしゃの毛布を抱きしめる。
前までは、ああやってだらだらととりとめのないことを話してた。もう身体はニフリナだけど、心は宙だからできるなら私と一緒に日本に戻りたいって宙はいってたんだ。
だから、いろんな「約束」をした。日本に戻ったら、一緒にじゃがりこ食べよーねとかディズニー行ってミラコスタ泊まってみたいよねとか。ニフリナになっちゃった宙にはもう家も戸籍もないから、うちのおばあちゃんの家の空き部屋を貸して、そっからどうにかして戸籍をゲットする方法を考えて……とかいろいろ計画も一緒に考えてたのだ。
でも全部嘘。嘘だったんだ。
宙は宙じゃなくてナニカで、死んでしまった宙さんの記憶を利用しながら私に合わせてそれっぽく話してただけ。本当なのは身体がニフリナってことだけ。
惨めだ。つらい。こわい。………悲しい、寂しい。
…認めたくない。
認めたくないけど、私はやっぱりあのナニカがいなくなってしまって悲しいし寂しい。だってアレが嘘を騙っていたとしても、一緒にいた時間は私にとって嘘じゃなかったのだ。
全部なかったことにはできない。
__コン コン
控えめなノックの音があまりにも静かな部屋に響く。
誰が来るかはわかりきっている。…だってもうこの部屋を訪ねるのはあの人だけだ。
この孤独な部屋に誰かが来てくれるのはうれしい。
うれしかった、はず。
だけど今は___
「……トキコ」
どうにもならない疑念と不安に駆られて、どうしてもその人を真っすぐにはもう見られない。




