25 なにも選ばないということ
墓石の向こうからケタケタと笑い声が聞こえる。
とれた首から。首だけでそれは笑っている。
「ねぇ、トキコ」
これは悪夢か?
友人だったものが首だけになって、首だけになっても生きていて、私に声をかけてくる。
「ちょっとこれ、身体の方にひっつけてくんない?」
恐ろしい光景と注文に、私はもはや叫び声すら出ない。
返事と叫び声の代わりに、ガタガタと歯を鳴らす音だけ漏らす。
「ねぇってば」
悲鳴にならない呻き声をあげた私と宙の間に、白い遮蔽物が割って入る。
その人は私を背に隠すと、無言で先ほどと同じように杖を構えた。
「ははは、ジョーダンじゃん。かわいーの」
軽い笑い声が前方から聞こえると同時にぐちゃっと湿っぽい音が聞こえる。
なにが起きているかは……想像したくない。
「…悪趣味なことだ」
「お前たちに言われたくないなぁ」
相も変わらず震えは止まらない。
しかし、トラニ様があれから視線を遮断してくれたお陰で、私はいくらか冷静さを取り戻していた。
今の宙は恐ろしい。恐ろしいけど、私に目を開かせてくれる人で、なにより友人だったはずだ。その友人に、私は聞かなければならないことがあった。
「あ、あなたは…誰なの?宙じゃないの…?」
「ん~半分正解。宙でもあって、ニフリナでもあって、誰でもない」
「意味わかんないよ…」
トラニの向こうからはいつも通りの宙の声が聞こえる。
いつもとなにも変わらない声のはずなのに、それが恐ろしい。よく知っていると思ってた人間が、得体のしれないナニカだった。
私がもともと知っていた宙は乗っ取られてしまったのか?それとも、元からコレだったのか?
「心臓と身体のガワは異世界人の宙のモノ、首から上はこの国の王族ニフリナのモノ、中を満たしてるのは空洞。そんな感じ?」
「…会ったときからずっと?」
「もちろん。でも騙してたわけじゃないよ。だってジブンは間違いなく、宙でもあるしニフリナでもある。全員の記憶もジブンの中にあるんだから」
私の友人は全部が虚像だったらしい。全員でもあるってことは、それはもう誰でもない。全部本当だっていうのは、全部が嘘だってことだ。
「…なんで、そんなことしたの?」
これが疑問だった。
だってよくわからないじゃないか。
こんな風に首だけになっても生きていけるような存在が、なにをどうして宙さんとニフリナさんの身体の一部を奪ってツギハギして私の前に現れたのだ。
「…なんとなく?いろいろ見てみたくて」
ちょっとの空白のあとに吐き出された言葉はあっけからんとしていて、深い事情もなければ私が望むような感情や感慨もなにもない。
空がよく晴れてたから散歩にでてみただとか、面白そうなものがあったから観察してたみたいな、そういう気軽でなんてことない理由みたいだった。
「……異世界人仲間だって、私をだまして……遊んでたの?」
かわいそうな私が、箱庭に閉じ込められて、知らない間に破滅していく姿を観察して憐れみ楽しんでいたのだろうか。
私に死をちらつかせて絶望する様を、自分がプロデュースするショーでもみるみたいな気持ちで観劇していたのだろうか。
私が、同じ異世界人だと喜んで"宙"に依存していく姿をみて面白がっていたのだろうか。
「日本のことを話して盛り上がってた時間は全部嘘だったの?」
楽しいという気持ちも、孤独が癒される感覚も、ずっと一緒にいたいって気持ちも、全部全部……
「友達だと思ってたのはずっと私だけ……?」
さっきまで異常事態を超えて怪奇現象が起きていたにも関わらず、私はたったそれだけのことに絶望していた。
同じ世界の人間だと思ってた友達が同じ世界どころか人間ですらなかった。なにもかもが嘘でできていた。友情すらも宙がみたいものをみるために計画されてつくられたもので、楽しいって気持ちも一緒にいられてうれしいって気持ちも全部私だけのものだったかもしれない。
そんな可能性に突き当たってしまった私は、冷たく暗いものに心が浸される感覚に侵されていた。
「…どーだろうね」
いつもより少しだけ低い声が、どんな表情で吐き出されたのかはわからない。
ただ、私にはその声がすこしだけ寂しげに聞こえた。
「……これには誠意も友情もない。残念だが、あなたは性質の悪い存在に騙されていたのだ。そして今も騙されようとしている」
トラニ様は私を背中に隠したまま、硬い声で告げる。
その背中には宙が私に手出しすることを許さないという意思だけでなく、私をあちら側には決して行かせない堅牢さを感じた。
「ははは!!ジブンが性質が悪いならラウズトラニ、お前はなに?…もしかして自分は清くて正しいとでも思ってる?ああ、なんて薄汚い神聖さ!魅力的だよ。お前たちのそういうところ大好き」
「失せろ悪霊が」
「あはは。なにも言えないんだ。……ねぇねぇ、思わない?なにも選ばないって、結局ぜーんぶ捨てるのと同じじゃない?」
嘲りを多分に含んだ笑い声の方に、トラ二様が再び杖を構える。
「ははは、怒らないでよ。すぐ消えるから。てゆーか、悪霊一匹殺せないわけ?腰抜けすぎ~」
宙の笑い声がどんどん大きくなり、金属音のような不快な音へと変化していく。
それと同時に、部屋には冷気がどこからかなだれ込み、吹雪でも起きているかのように視界が白く染まっていく。
「じゃあ、またね。トキコ♪」
ガシャン!と氷の塊が砕け散るような音とともに、不気味な哄笑は空気に溶けていき冷気もどこかへと去っていく。
すっかり晴れた視界でも、やはりトラニ様の背中しか見えない。けれど、間違いなく宙の気配は消えていた。
夏らしくホラーな雰囲気です。




