14 嘘つき
宙__二フリナの名前がこの本の中にありますように。
祈るような気持ちでページをめくることを繰り返した後、私はようやくその名前を見つけた。
"Niflina Svanirsdóttir"
たしかに、そこには二フリナの名前があった。
現在の王弟の13番目の子供らしい。それにしても、この王弟は子供が多いようだ。いや、王やら他の兄妹も子供が多い様子だし、そういうものなのかもしれない。
ちゃんと姿絵もあって結構似ている。森のように深い緑の瞳をこちらに向けて、宙らしくもないお上品な笑顔をこちらに向けている。
その姿になんだかホッとして脱力する。
「宙が、王族の身分を偽る人間」なんじゃないかなんて疑惑は、単なる私の杞憂だったのだ。そもそも魂が同じ地球人で日本人なのだから、宙が私を騙そうとするわけがない。
むしろ、変に疑ってしまって申し訳なかったな…なんて気持ちが湧き上がってくる。
__あれ、でも、なにか…
「な~にしてんの?」
その時、後ろから何者かの金色の髪が生えた首がにゅっとこちらに伸びてくる。
そして、金と水色が混ざった複雑な瞳の色が、こちらを上目遣いで見上げた。
「ひっ!!!」
「”ヒッ!!”とは人をまるでバケモンみたいに~。…えーっと、なになに?」
私の部屋に来る金髪なんて宙以外いるわけがない。
私が読む本を覗き込もうとする宙の首をおいやり、慌てて本を閉じて机の下においやる。
今日はトラニ様がくる日だったから、宙は来ないと思って油断していた。
「あ~ちょっとぉ!なぁに?エロい本でも読んでたの?」
「そ、そんなもんかな??」
「えぇ!トキコ、エロ本とか読むんだ…ちょっとショック…」
なんかあらぬ疑いをかけられて、勝手にショックを受けられているが、まぁ…宙のことを調べていたことがバレるよりはマシ…?なのか…??
「そ、宙こそどうしたの?珍しくない?明日来ると思ってた」
私の反応と言葉に目を細めた宙は、「まぁ、ねぇ~」といって一拍置いた。
「ちょっと、会いたくなっちゃってさぁ」
そして、猫のようにしなやかな足取りでベッドに腰かけると、隣を軽くたたき「ほら」と私に流し目を寄越す。
逆らう理由もなければ、さっきまでの調べごとに罪悪感があったこともあり、大人しく椅子から立ち上がり宙の横に腰を下ろす。
「へぇ~~。王家の家系図の本??変わったもん読んでんだね?」
その言葉に勢いよく宙の方を振り向く。
宙は、先ほど私が机の下に隠したハズのその本を開き、酷く愉快なものでもみるような瞳をきらめかせる。その表情は、猫が小動物をいたぶるときの表情とよく似ていた。
「…ちょっと気になっちゃってさ」
「ははは、嘘つきぃ」
本を乱雑な動作で投げ捨て、ごくごく軽い力で宙は私の肩を押す。
軽い力のはずなのに、なぜか逆らえず私の身体は花弁が落ちる時のように布団に沈んでいく。
笑顔を崩さないままの宙は、世界から遮断するように私に馬乗りになり、頬を冷たい両手で優しく包む。柔い指の先が頬を撫でる感覚が、ひどく空で虚でおそろしい。
そして、睦言でも囁くような顔の近さで、果実をどろどろに溶かしたかのような酷く甘い声で、囁いた。
「ジブンのこと疑ったんでしょ?」
様々な恐怖だとか不安だとかで既にごちゃ混ぜになっていた私の心と体は、その言葉で完全に凍り付く。
「怖くなっちゃった?」
なにを言えばいいのか、どんな顔をすればいいのか、わからない。
「ジブンが、嘘つきなんじゃないかって?」
ぜんぶ、正解だ。
正解だけど、信じたかったから疑った。ただそれだけなのだ。
でもこんな言い訳、どうやったら信じてもらえるのだろう。
震え、瞳に薄い水の膜をはりはじめた私に、宙は未だなお笑顔を崩さない。
しかし、なにも言わない。私が言葉に困った時は、必ず一緒に考えてくれたり、助け船をだしてくれる宙がなにも言わない。
「…ふふふ」
唐突とも思える宙の忍んだ笑い声に思わず視線を上げる。
しかし、宙の視線は私とは合わず、どこかを見つめている。
あの方向は__窓の方?
なにがあるのかと確認してみたいが、私の視界は宙によって完全に遮断されておりそれも叶わない。
それにたぶん、そんなものを悠長に見学している場合ではない。
「かわいいなぁ…」
その言葉を宙が呟くころには、宙の視線は私に戻っていた。
だが、どこか見せつけるような芝居かかった仕草で私の両方の瞼の上に優しい口づけを落とすと、いつもの悪戯っぽい笑顔に戻る。
「ジョウダンだよ。トキコがかわいくてさぁ、つい」
「えっ…」
姿勢はそのままで、軽く首を傾げて「ごめんね」と謝られる。
「まぁ、ジブンが色々怪しい自覚あったし。気にしてないよ」
「え、で、でも…」
「それにこれで潔白が証明されたんでしょ?じゃあ、むしろカンシャだわ」
ありがとね~と宙はいたって軽い調子だ。先ほどまでのあれこれがすべて夢だったのかと思うほどに。
「…ごめん。すこし不安になっちゃって。でも疑ってたっていうよりは、確認したくてやったんだ。__ごめん」
さきほどまでの言葉が宙の本心だったのか、今の言葉が宙の本心なのか、私には判断がつかない。だが、いつも通りの声色と顔を取り戻した宙に安心した私は、ようやく言いたかったことを言えるようになった。
「トキコらしいなぁ。いいよぉ。大丈夫。かわいいねぇ」
「…ありがとう」
宙の言う「かわいい」にはいつもどこか若干の違和感がある。
でも、今回はそういってもらえた方が気楽で、遊ぶように髪をすく指を大人しく受け入れる。
その日は、宙のこっちの世界での家族の話だとかを30分ほど聞いて、「そろそろトラニ様が来るかもしれない時間だから」と解散した。
しかし、結局なぜかその日はトラニ様は来ず、1日が終わった。以前も忙しかったらしい日にはそういうことがあったので、そういうことだったのかもしれないと私は特に気にせずにいた。




