↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
117/154

また会いに

 時刻はちょうど七時半。


 いくら春で日の入りの時間が長くなってきているといっても、さすがにもう上空は真っ暗だ。


(いるといいな、あの人……)


 本当なら、まだ今ごろ電車に乗っているところだが、ハクは途中の駅で降りた。


 この駅に来るのは実に昼ぶり。


 ついさっき来たばかりとはいえ、まるで同じ街だとは思えない。


それくらいに、この街は電灯で煌めいていた。


 駅から出るなり、ハクは決まった方角へとただただ真っ直ぐ歩きだす。


 それが一時間ほど続いた。

 長いこと歩いた末に、やっとその場所を見つける。


「…………」


 やけに緊張しているなと感じつつ、ハクはそこに立ち入る。

 歩く途中、自分はある一人の女性を捉えた。


 心臓が大きく跳ね上がったのはまさにその時。

 同時に運命すら感じた。


 本当に……本当にあの人が………。


 無意識に足の動きが早まる。


「あの………ッ」

「…………?」


 女性は振り返った。

 きれいな瞳を見開いたまま、こっちを見ている。


「久し……ぶりです」

「…………」


 去年の秋ぶりか、彼女とこうして会うのは。


 あの時はフードを被っていて、あんまり顔全体が見えなかったのを覚えている。


 今回も似たような服装だが、今は特に何も被っていない様子だ。


「えぇーと……」彼女は言った。「その……誰、ですか?」

「へ……?」

「もしかしてファンの方……」

「ふぁん……? 違います、あのぼくは……ッ。ぼくは……」

「…………」

「覚えてないん……ですか?」

「………?」

「去年の秋、ここであなたと話をしたの……」

「…………」


 彼女の表情がどんどん曇っていく。


それを見るに連れ、今まであった自信とその根拠が薄れていっている気がした。


「秋……ですか。たしかあの時はまだ有名になる前……」

「あなたにハンカチを貸してもらったんです。あっ……今はないんですけど」

「ハンカチ?」

 

 こんなにも浮かれていた自分が、俄然恥ずかしくなってきた。


 勝手に憶えられていると思っていた自分にも、激しく落胆した。 


 けれど……。


 会いたかったのかもしれない。


 こうしてまた、ここに来てまで前と同じようにこの人と話をしたかった……。


 だが向こうが憶えていない以上、もはやこちらから近づくわけにもいかない。


 自分は結局諦めることにした。

 諦める代わりに、あの時の感謝だけを伝えておこうと。


「あの時ぼくが泣いてるところをあなたが偶然声をかけて――」

「…………」

「それでハンカチ、貸してもらって――あ、違うッ。えぇーとそれだけじゃなくて――」

「………?」

「話ッ……あなたに話を聞いてもらったんです。それで、その後アドバイスもしてもらって……」 


 ああ、一体自分は何を言っているんだ。


 口にしてる今も、まるで自分の言っている意味が分からない。


 一番……伝えたいのは……。


「とにかく……あなたのおかげでぼくは前に進めたんです。あなたが色々気づかせてくれたから……ッ」

「話………アドバイス………」

「………?」


 彼女は返事を返すことなく、ただただ何か思いだすように首を傾げていた。


「――あッ。そうだっ、あの時かー!」


 すると、女性はいきなり声を上げだして――


「思いだしましたッ。何もかも」

「………!」

「大切な人が夢を諦めたんですよね?」

「………。……はい」

「うんうんっ! 思いだした思いだした!」


 まるで思いだしたこと自体に満足したような口ぶり。


「よかったです。あの後、ちゃんとあなたが立ち直れたなら」

「……はい。あの時は本当にありがとうございました」

「それで、どうなったんですか? あの後。……もしかして、その『大切な人』とまた夢を追いかけるようになったとか?」

「……あの人とは、もう関わってません」


 それを聞いた彼女は、ハクに同情するように眉を下げた。


「…………」

「でも、もう全部終わったことなので今はもう引きずってません。ぼくはそれから前に進めたんです」


 それは嘘だ。


 ハクはいまだに引きずり続けている。

 そして今でも本気で、一緒に音楽をしたいと思っている。


 夢を捨ててしまった智也と。

 そして、自分のせいで部活を去っていった陸とも。


 ハクは静かにこぶしを握っていた。


「じゃあ今は何をしているんですか?」彼女が問いかけた。

「……曲を作って、それを演奏する――そんなことをずっと繰り返しています。……でも最近じゃ、その意味もわからなくなってきましたけど」

「え、すごい……っ。曲を作っているんですか、自分で?」

「別にそんなに大したことじゃ――」

「すごいですよ! ………私、昔憧れてたんですよ。そうやって自分で曲を作るの」

「……やらなかったんですか?」

「やろうとしたんですけど、私には無理でした……。なんか自分には向いてないなって」

「…………」


 人の能力が不平等であることは、身に染みて実感している。

 自分は皆が当たり前にできることができない。


 だから何かある度、自分は「どうしてそんなこともできないんだ?」と、先生たちに言われてきたものだ。


 けど、できないものはできない。

 仕方がないじゃないか。


 彼女がその時できなくて悔しかったその思いも、わかる。


 だからこそ自分は、絶対に「作ればいいのに」だなんて、そんな無惨なセリフは吐かなかい。


「もしかしてプロを目指してるとか……?」彼女は言った。

「それはないです。第一ぼくなんかがプロだなんて百年早いですから」

「そうなんですか……?」

「そうです」


 なぜだろう。彼女のその声はどこか悲しかった。それに釣られるように、何だか自分も悲しくなってくる。


「聴いてみますか?」ハクは言った。

「え……」


 その声に反応してか、自分は半ば無意識にそんなセリフを吐いていたのである。



 歌声とピアノの伴奏だけの質素な演奏。だいたい一分くらいの短いものデモだった。 


 そんな短い時間の中、彼女はますます眉を寄せ不思議そうな表情をしていた。


 その横顔を見ながら自分も不思議に思う。

 彼女は一体今、何を考えているんだろうと。


「え……あれ。……え」


 曲を聴き終えるなり、彼女はなぜか混乱したようにこちらを見てきた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。