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責任と無責任

 招かれたのはお手洗い場。話が詠美に漏れないためか、詠美母はここに来た瞬間すぐに扉を閉めた。


 怒っているのか、それともまた違ったことを考えているのかわからない顔で自分をじーっと見つめてくる。


「あんた、ほんとにそれでいいと思ってるわけ?」


 その質問は怒っているというよりも、少し自分を気にかけているようにも思えた。


 しかしいまだに質問の意味がわからない。したがって今自分は返答できずにいる。


「……えっと、何のこと――」

「とぼけなさんなぁー。今さっきあんたが耳打ちしたことに決まってるでしょっ?」

「…………」


 あの時思わず囁いた言葉。

 それは不意にではあったが、同時に本心を告げたつもりだった。


 詠美の母は多分こう聞いているわけだ。


 詠美をそんな簡単に許してもいいのか――。


 それに関しては、こっちだって何の迷いもない。


 詠美はちゃんとあの時反省をした。

 自身の好意を顧み、謝罪の言葉を口にした。


 まだ社会のこともまったく知らないことに対して、一体それ以上の何を求めようというのか。


「いいと思いますよ、これで。詠美ちゃんはちゃんと反省しました」

「…………」詠美母は、特に反応を示すことなく一瞬だけ間を置いた。「ふーん……。やっぱり、私が思った通りだ」

「………?」


 自分が思わず眉を上げると、


「あんた、少し子どもに甘すぎるんじゃない?」

「別に甘やかしてるつもりはないです。ぼくはただ、詠美ちゃんがちゃんと反省したって思ったから――」

「ほんとにそう?」


 なぜか彼女は、急にその真偽を問うような質問をしてくる。


 唐突なその返しに、自分は心なしか口を止めていた。


「私はそれが甘やかしてるって言ってるんだけど」

「……それは、あなたが知らないからです。詠美ちゃんはちゃんとぼくに謝ってきました」


 そう。

 この人は、あの時の詠美の態度を見ていなかった。


「謝って……それでほんとにあの子は改心すると思う? また同じことするかも」

「じゃああのまま怒っていればよかったんですか? ぼくはむしろ、その方が詠美ちゃんにとってよくないと思いますよ?」


 今、言っている途中で余計に確信に至った。


 やっぱり、自分は間違ってない。

 詠美の母親であるこの人がどう言おうと、それは子どもに対する正しい接し方とは思えない。


「あんたは子どもを信用してるわけだ」


 まるで他人事のように軽くそう言い放った。


 信じられなかった。だってそれはあたかも――。


「あなたは、詠美ちゃんを信用していないんですか?」


 母親であるのに、そんなことあるわけがない。


「してないけど?」

「――――!」


 母親は、平然とそう告げた。


「あんたは赤の他人だから、そんな無責任なこと言えるのよ。

 子どもは何も知らない。自分の行動が人に与える影響も、人を気遣うことも。

 信用なんかしてたら大変なことになるだけよ。

 子どもがやったことは全部母親である自分に返ってくる。それをあんたはわかってない」

「…………」

「ほら、言い返せないじゃない? 所詮その程度ってことね」

「…………」


 それでも尚、自分は言い返せなかった。大人だけが……いや、違う。


子どもを持つ者だけが知っていることを言われたのだ。


だから、無意識のうちに納得してしまった。


自分が見逃していただけで、実際そういう考え方もあるのだと。

 それでも、自分が持つこの正義が間違っていると認めたくはない。


 大人がどうだからって、それで全部が正しいだなんて……やっぱり納得がいかない。


 何か。何か他にないのか……。根本的な何かは。


「なーんてねっ」

「……?」

「あんたが言うことも正しいよ、実際。怒ってばっかじゃ、逆に子どもも言うこと聞かなくなるっていうのは本当にあることだし。私も少しは詠美の気持ちも考えるべきなんだろうね」

「…………」


 また、言葉が出てこなかった。先を越された気がして。


「子どもが親に似るってのは私あんまり信じてないんだけどさ。あんた、段々お母さんに似てきたね~。久しぶりに子どものころの喧嘩を思いだしたわ」

「おれが……お母さんに似てる?」


 今まで一度もそんなことは考えてこなかった。


 目からうろこでしかない、そんなの。

 自分と母が似ているだなんて。


 いや……似ているのか? 本当に。


 考えてみてもあまり納得できない。

 むしろ自分と母は、真逆と言っていいほどに別の性格をしているはずで。


「あんた一人も友達いないでしょ? 学校に」


 これまた急に、意外な質問が飛び出た。


「…………」

「ま、そうだろうね~。由依も学生のころは友達一人もいなかったし」

「え……!」


(お母さんが……!? そんなわけ……) 


「……ほんとなんですか? それ」


 自分がそう言うと、詠美母はにやりと得意げな顔を向けてきた。


「あんたからしたら考えられないでしょ? お母さんが昔ひねくれもののコミュ障だったってこと」

「…………」

「今のあんたと同じで、無駄に正義感が強くて部活も入らずに他人との関わりを避ける人間だった。

 だから私との相性も最悪。毎日喧嘩してばっかでさぁ…………あ、そういえばあんた今部活やってたんだっけ?」

「………あ、はい……」

「何部なの?」

「演奏部っていう音楽の……」



 ――あんた一人も友達いないでしょ? 学校に。


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