あの秋の——
昼食と言っても、いわいる定食やラーメンのような普通の食事ではなかった。
詠美に、どこがいいかと聞いていく内、最終的に辿り着いたのはドーナツ屋だった。
これは昼食のうちに入るのかと、そう考えを巡らせている内には、もう彼女はすでに店内に足を運んでいてトレーも取らずに商品を見回っていた。
それで自分も慌てて店の中へと駆け込んだのである。
結局、店内の席で昼食のドーナツは食べ終えた。
今はエレベーターに乗っていて、子ども向けのおもちゃなどが置いてある五階へと移動している最中だ。
「うわっ、ここ高い!」
エレベーターを降りてすぐに、詠美は窓ガラスから見える外の景色に夢中になっていた。
釣られるようにして、自分も外の景色に目をやる。
別に絶景というわけでもない。
そもそもまだここは五階で、そんなに高さがない上に、パーキングエリアの反対側なこともあるのか、見えているのは緑が生い茂った自然豊かな広場だ。
そこから少ししたところに、いわゆる都会らしい高層ビルがずらりと立ち並んでいる。
あの生い茂ったたくさんの緑は林か?
一瞬そう思ったのだが、こんな都会の街に『林』があるというのも考えにくい話だ。
となるとあれは公園か。
それにしては遊具のようなものは一つも見当たらない。
(そう言えば、前に来た公園もあんな感じだったような……)
もうあれから半年も経ったのか。
あのときはまだ部員が四人いるころだった。
文化祭に出ようと全員が張り切っていた中、智也と言う一人の男が突然と部活を去った。
それがあまりにもショックで、どうしたらいいかわからなくて、気づけばここにいたのを覚えている。
「………?」
視界に広がるその緑を凝視する。
見る度、ますます確信に近づいていくような気がして。
(やっぱりあれって……)
「………?」
そんな時、自分はとある違和感に気づいた。この、何かが足りない感じ……
「――って、詠美ちゃん!?」
ふと横を見た時、今まであった詠美の姿が突如なくなっていることに気づく。
「あぁ~最悪っ。迷子とかほんとシャレにならないって!」
まだ遠くに行っていないことを願いつつ、走りながら忙しなく首を左右に振り続ける。
幸い、詠美はすぐに見つかった。
「あっ、いた……!」
おもちゃ屋さんの奥に棒立ちしている彼女。
一体何をやっているのかと、自分は近づきながら詠美を注視した。
どうやら斜め上にある車のおもちゃをひたすらに眺めている様子で。
「どうしたの……? 詠美ちゃん……」
やや息切れした状態でそう言うと、
「あれ」詠美は突然指さした。「えいみ届かないからおにいちゃんとって?」
「あー」
やはり欲しいものを見てたのか。思わず納得したところで「これでいいの?」と言って、中々に重量のあるそのおもちゃを取って見せる。
スポーツカーのラジコンに興味津々な詠美には、内心不思議に思った。
彼女は女の子だ。
別に女の子だからラジコンはいけないなんてことは言わないが、もっと女の子らしいおもちゃ――それこそお人形みたいなものには興味はないのだろうか。
「詠美ちゃん車に興味があるの?」
自分がそう尋ねるなり、すぐに「うんっ」と元気な返事が返ってくる。
まぁ思い返せば納得しないこともない。
彼女が最初に回っていたお店は、どれも男の子が持つようなものばかりだった。
「じゃあそれにする?」
値段は六千円ほど。
おもちゃとしては少し上等に思えなくもないが、それが彼女の本望であれば何も問題はない。
「うん」と、詠美。
その後すぐにレジへと向かった。
△△
電車に乗り、やがて家に着くころにはもう日は大分沈み始めていて、今では赤く染まった夕陽が自分たちを照らしている。
「おかえり」
家の扉を開けるとすぐに詠美母が姿を現した。
「すいません、遅くなって」
詠美母は特に怒る様子もなく、そのことに触れてこなかった。
「ちゃんと服買った?」
「…………」
そう言われた途端、ハクは急に視線を逸らした。
元々貰ったあのお金というのは、詠美が破いた服のお詫びのためのものだった。
自分はそれで服を買うことをしないまま、結局そのお金で詠美のおもちゃを購入した。
「…………」
詠美母が自分の持っている袋に目を向けてくる。
大きさからして、その中身が服ではないことを察せられてもおかしくはない。
「その……服は買いませんでした」
正直にそう伝えた。
「じゃあ、それは何……?」
疑問符を浮かべた母はそう尋ねた。
「詠美ちゃんのおもちゃです」
そう言った直後に、
「は……!? 詠美のおもちゃ!?」
「はい……」
視線は横にいる詠美の方へと移る。
「詠美……これどういう――」
「あのっ」
瞬間、詠美母の発言を封じるように自分は声を張る。
それを聞いて詠美母は、思わず目を見開いたまま固まっていた。
その隙に、自分は詠美母の耳元へと近づく。
そしてこう囁く。
――詠美ちゃんはちゃんと反省しました。だからどうか許してやってください。
「…………!」
詠美母の驚いた表情。
ハクにはその顔が本当に伝わったのかよくわからなかった。
しかし願った。
この言動が――想いが、いい方向に向かってくれると信じて。
「…………」
再び母は詠美を見た。
真面目なその顔には、さすがの詠美も怯えたように思わずハクに近寄りだす。
――さて、どう出るか?
「おい由依の息子よ」
「……?」
顔は詠美の方を向いたまま、だが向けられた言葉は完全に自分を指していた。それも変な言い方で。
「ちょっとこっち来んしゃい」
詠美母は手招きしながらそう告げたのだった。




