謝罪
広々とした店内。
いわゆる、大学生以上の人が身に着けるようなカジュアルな服を扱っている印象の店だった。
カジュアルと言っても、そこに自分がいつも来ているようなものはない。
――だがなぜだ。
ここは子どもが来るような場所じゃない。
仮に詠美がファッションに興味があったとしてもここに彼女が着るような服はない。
扱っているのは大人向けの洋服ばかりで、店内も高校生ですら入ることを拒まれるような雰囲気を醸しだしている。
そんな店に、男子高校生と五歳の幼児二人が一緒に手を繋いで店内を歩き回れば、当然目立ってしまうもので……。
「…………」
できるだけ周りは見ず、前だけを見るようにした。
どうせ周りの客たちに変な目で見られているだろうから。
「………?」
彼女の歩みが遅くなりだしたのを境に、自分はようやく周囲を見回した。
「え……。詠美ちゃんなんで男の服――」
おしゃれな人が着るようなジャケットが並ぶコーナーを、ゆっくりと眺め歩く彼女。
そのどれもが男もので、年齢どころか今度は性別まで違ってきている。
「――もしかして……」
その時になって、自分はようやく彼女の目的に気がついた。
詠美は――
「おれの服……買おうとしてる?」
そう言った途端、彼女は急に今まで握っていた手を放した。すると唐突に頭を下げて、
「ごめんなさい……」
彼女は深々と一礼しながら、そう告げた。
「おにいちゃんの服、こわしてごめんなさい……」
「…………」
これにはハクも、思わず大きく目を見開いた。
「―――……っ! 全然大丈夫だからッ。詠美ちゃんは気にしないでいいって……っ」
自分はすぐに、顔を上げるよう彼女を促した。
再び映る詠美の顔。
いまだに申し訳なさが残っているような顔つきだった。
やはり、まだ納得し切れていないのか。
「ほんとに大丈夫だから。ね? 詠美ちゃんが好きなもの買いに行こ?」
「――うんん……いや」
詠美は首を振りながら、激しくそれを否定した。
「これ買うの……。えいみおにいちゃんの服やぶったから……」
「いいってそれは……。おれ全然気にしてないから」
それでも詠美の表情は晴れなかった。
彼女は彼女なりに、自分が悪かったということを自覚したのだろう。
だからこそ、一度抱いたその罪悪感は簡単には拭いきれない。
いっそ彼女の言う通り服を買うか。
そしたら彼女の罪悪感も少しは拭えるかもしれない。でも、
――そういうのは、何だか違う気がして。
「詠美ちゃん」
ハクはやさしくそう呼びかけた。
詠美の低い等身に合わせるようにしゃがみ込み、彼女の両肩にそっと手を置く。
「おれはね、別に詠美ちゃんが全部悪いわけじゃないと思うんだ」
何を言うかいちいち考えたりせずに、湧いて出てきた言葉を感情のままに言い放つ。
「そりゃあ詠美ちゃんも、少しは悪いところがあるかもしれないよ。いきなり他人の物を壊したんだから。だから詠美ちゃんのお母さんもそれを怒った」
「…………」
詠美は反省するように眉を下げた。
「でも……詠美ちゃんだって言い分があった。
おれと詠美ちゃんのお母さんは、詠美ちゃんが呼んでるのを無視してずっと話してた。
……詠美ちゃんが怒ったのも仕方がないよ。おれが詠美ちゃんの立場だったらきっとそうしてたと思うし。
………だから――」
ハクはてのひらを胸の前で合わせた。
「ごめん」
「…………」
「あの時、詠美ちゃんの気持ちに気づけられなくてごめん。
もしおれがそれに気づけてたら、詠美ちゃんは怒られないで済んだ。
ほんとに謝るべきなのはおれの方なんだ、詠美ちゃん……。
おれのせいで詠美ちゃんが怒られる羽目になったから……」
ハクは思わず顔をしかめた。
何だか悲しい。
違和感――そう、むずむずした感覚を味わった時、自分はそれに従うべきだと思った。
大人も子供も関係ない。皆それぞれの立場があって、自分らはそれを尊重すべきで。
……。
自分なりの正義に従って、それで出てきた答えが結局《自分が悪い》だった。
情けない。本当に情けない。なんで今になって気づいたんだ。
「おにいちゃんは悪くないよ」
詠美は唐突に、自分の頭をやさしく撫でだした。
まるで天使のような囁きだった。
「ごめんなさい。えいみ、もうしないから。ちゃんとがまんするから」
「詠美ちゃん………」
いつもの自分なら『自分の方が悪いっ』などと、とあとかも何かを競っているかのような物言いをするはず。
でも思った。
これ以上、この子を傷つけてはならないと。
「おれの方こそごめんね。あんなこと、もうしないようにするから」
「……うん」
詠美に向かって微笑みかける。
「詠美ちゃん、ご飯食べに行こっか?」
「………。うんっ」




