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拾わないといけない正義

外に出て早々、首を左右にやる。それでも見当たらず、エレベーターの方へと足を向けた。


「…………」


 とこらが詠美の姿が見当たらない。

 もしや、もう遠くに行ってしまったか。


いやそれはないはずだ。

まだ彼女が出てそんなに間もないし………幼少の女の子がエレベーターを乗りこなせるとも思えない。


「……っ……っ………」

「――――!」


 聞き覚えのある泣き声。

 声は横にある階段の方からだった。


「詠美ちゃん……っ」


 振り返る。やはりそこには詠美がいた。

 階段に腰を預け、うずくまるように座っている。


「………っ……っ………っ」


 たくさんの涙。

 それを受け止めた服の袖は、もうこれほどまでに濡れている。


涙の中に溶け込んだ少しねっとりとした液体はおそらく鼻水だろう。

拭き取ろうにも、次から次へとまた鼻から漏れてくるので限界があった。


「えっと、ティッシュは………」


 ハクはほんの少しだけバッグを漁った後、まだ開けてない新品のティッシュを取りだした。


「はい、詠美ちゃん。これで鼻拭いて」


 差しだすなり、詠美は無言のままそれを受け取った。


「ズズズズっーー!」


 鼻を、そして目元を拭きとっていく。

 当然一枚では足りる訳もなく、詠美は次から次へとそのティッシュに手をやった。


「ここに入れて」


 ハクはゴミ袋代わりにと、同じくバッグから取りだしたコンビニ袋を彼女の方へと向けた。


コンビニ袋は元々用意していたわけではなかったのだが、袋がないかと探した結果偶然バッグの中に入っていたのだ。


 彼女が落ち着くのを待っていると、壁の向こうから扉が開く音が聞こえてきた。


 すぐに「詠美ーっ」と、彼女を呼ぶ声がしたから、ハクは一人立ちあがってその人の元へと駆けつける。


「もう大丈夫です」と、ハク。

「いた? 詠美……」


 詠美母は、少し心配そうな表情でそう尋ねた。


「はい、あそこに座ってます」


 そう言って階段の方に顔を向けると、


「はぁぁ、世話かけてごめんね本当に。もう今日は帰っていいよ。後は私が何とかするから」


 元々一緒に公園まで遊びに行く予定だった手前、詠美のことを思うと少し胸が痛んだ。


「あ……その」

「………?」


 急に頭を掻きながら口ごもったハクを見て、母は首を傾げた。


「これからお出かけしてもいいですか? 詠美ちゃんと」

「……お出かけって?」

「んー………適当にお買い物とか?」

「何か買うの?」

「いや、別にそういう訳じゃないんですけど………詠美ちゃんを元気づけるために」

「…………」


 一瞬、詠美母の反応が気にかかったが「ちょっと待ってて!」と、いきなり家の方へ走りだしたものだから、不思議で頭がいっぱいになった。


「はいこれ」


 一分後。再び玄関から出てきた母親は、なんと自分に一万円札を差しだしていた。


「えっ………」


 これには思わずハクも目を見開いて、


「さっき詠美が服ダメにしたでしょ? それも含めて受け取って。買い物行くなら新しい服も買っておいで。お金は返さなくていいから」

「…………」


 半ば強引に一万円札を押さえつけられると、ハクは仕方なくそれを受け取った。


 すぐに詠美のいる場所へと戻る。


 もう涙はは収まり切っていて、ティッシュが入ったゴミ袋はもうパンパンに膨れた状態だった。


 ティッシュを確認すると、彼女はすでに全部使い終えている。

 最初は自分が使う予定だったが、これでお役御免だ。


(よかった……ハンカチ持ってきといて)


 用意周到とはこういう時に役に立つものである。


 さて、詠美にはどう接するのが適切か。

 とりあえず、一度声をかけてから様子を見てみようと、ハクは慎重さを心がけた。


「詠美ちゃん、もう大丈夫?」


 やさしく、囁くようにそう口にする。


「…………」


 しかし彼女は自分を見てこない。

 やはりちょっとの時間では難しいか。


 そう思っていた時、


「……………うん」


 何かの音にかき消されそうな、本当に微量な声で彼女は頷いた。


「これからどうしよっか。いったん家に戻る?」


 「いやだ」と、彼女はすぐに首を振って答える。


「だってママが怖いもん………」


 本当にこころから怖がっていると、すぐに伝わってくるようなわかりやすい表情だった。


「じゃあ……おれから一つ提案があるんだけどさ」


 まるでこれから共に悪事でも働くかのような、ハクは少しおちゃらけた言い方をした。


 そのおかげもあって、今まで俯いていた詠美の注意がハクの方へと向かいだす。


「今からお買い物行かない?」

「………おかいもの?」

「うん。ほら、お菓子とかおもちゃとか……詠美ちゃんが好きな物を一緒に見に行くの」

「…………!」


 詠美の瞳が、ほんの少しだけ光る。

 それは彼女が行きたいという思いを、少なからず持っている証拠。


「……うん! 行く!」


 やがてすぐに腰を上げた彼女。

 ゴミの入った袋は、さすがに持っていくわけにもいかないので詠美の家に捨ててもらうことにした。

 


 ――さあ、お出かけの始まりだ。


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