それは悪ですか?
「ねぇえッ、おにいちゃん早くいこっ!!」
駄々をこねる子ども。子どもにとっては、こんな〈大人〉たちがする話なんて何一つ意味なんて感じられないだろう。
ただハクの服を引っ張り、玄関の扉――つまりは外の方を指さしながら小刻みに足を鳴らしている。
「ごめんねぇ。詠美が迷惑かけて」
「……いえ、全然そんなことないです。この後予定もないですし」
両手を横に振りながら否定するハク。その表情は、決して柔らかいとは言えない。
「ほんと大人になったよねぇ。前ウチに来たときとはまるで別人だもん」
「あのときはまだ中学だったので……」
「高校生になったくらいじゃそんなに人は変わらないって。私が高校生のときなんて、一ミリも人に気遣ってなかったから」
「…………」
「そういう意味じゃ、あんたも段々由依に似てきたのかもねー」
「いや、ぼくは――」
「ねえってばッ!!」
――ビリッ。
語弊を解こうとしたその矢先だった。急に誰かの手によって服が持っていかれた――気がした。
その予想はやはり当たっていて、服は詠美の方に向かって引っ張られていた。
そこまではよかった。
(あー……)
薄い布でできた上着は、彼女の手によって盛大に切り離されていた。
直前に聞こえたあの音は、服が破けた際に鳴った音ということになる。
「――――」
目を点にした詠美と目が合う。
しかしすぐにそっぽを向けられ、破れたままの上着の端切れをポイと手放された。
瞬間、破けたその布が太ももの方へと垂れ込んでいく。
「詠美」
囁くような声で母は呼びかけた。
当然母親も、娘が何をしでかしたのかを知っていて、
「………ないもん」詠美は言った。「えいみ悪くないもん……。お母さんたちがずっとしゃべってたから――」
「違うでしょ? 詠美。まず最初に言うべきことがあるんじゃないの?」
「…………」
「ほら、お兄ちゃんに謝りなさい。これ、あんたがやったんでしょ?」
破れた服を指さす母。
「………………」
詠美は母親の言うことを聞かないまま、ずっと黙ったままだった。
その表情からは、彼女が今抱いているであろう感情が見て取れる。
――自分は悪くない。
だから謝るなんて絶対したくない。
だって自分は悪くないんだから。
謝るべきなのは自分を無視して話し続けていた二人方だ。
なんで自分が謝らないといけないようになっているんだ。
おかしい………そんなのっておかしい…………。
まだ未熟だから抱ける感情。
彼女なりの理屈で、必死に自分を守ろうとしている。
「お母さんたちが悪いんじゃんっ!! えいみずっと呼んでたんだよ! なのにお母さんたちずっとしゃべってるから……………お母さんたちが悪いもんッ!」
「詠美っ」
けれど、大人たち………いや、それが子どもであったとしても、彼女の主張は受け入れられることはないだろう。
「お兄ちゃんの服ダメにしたのは詠美でしょ! 悪いのはあんたなの。……ほら、今すぐ謝んなさい」
「……っ………っ」
頑なに自身の正義を貫いた詠美だったが、とうとう限界がきた。
小さな瞳から、これほどとまでに涙がこぼれ出る。
しかし母は、娘が泣きじゃくる姿を見ても一向に見る目を変えなかった。
ただただ、詠美の鳴き声がこの静かな家全体に鳴り響くだけで。
ハクは詠美を少しかわいそうに思っていたが、母親の威圧さに怯え、口を挟むことさえ忘れている状態だった。
そんな中、母は追い打ちをかけるように再び口を開く。
「なんで言うこと聞かないの……!? ただ一言謝ればいいだけじゃない!? ごめんなさいって」
「……っ………っ………やッ、だ――」
それでも尚、態度を改めない詠美に母はいよいよ怒り心頭になった。
「だからなんでッ――」
その瞬間、
「もうお母さんなんか大っ嫌いッ!!」
バンッと、勢いのある音だけが響く。
もうそこには詠美の姿はない。
彼女は扉を開け、靴も履かずに外に向かって走っていった。
ただただ感情だけに身を任せた行動だった。
「――ちょっと! 詠美っ!?」
若干驚きの方が勝った母親の反応に、ハクは危機感を感じ取った。
「あの――」
急に靴を履き始めるハク。
「詠美ちゃんの靴これで合ってますか?」
そう言うとともに、ハクはピンク色の小さな靴を手に取る。
「……うん。そうだけど………」
「わかりました。詠美ちゃんはぼくに任せてください!」
「……………」
ハクは返事を待たずして家から出た。




