これから
「私今日の放課後部長の会議に行かないとだから、ハクは先に部室に入ってていいからね」
普段は誰もいないこの図書館だが、珍しいことに今日はいた。去年と同じ先生だ。何も変動がなかったことは、ここを利用する自分にとしては喜ばしい。
「わかりました」
新たな年度を迎え、変わったことが一つある。
それは部長が元々自分だったのが、本年度を境にすみれに変わったことだ。
もちろん自分が言い出したわけではない。春休みの中盤辺りで、すみれの方からそう提案しだしのだ。
言われた時、自分はすぐに反対した。
別に大丈夫だ。部長であることにはもう慣れたし、特に重荷になっているわけではないんだと。
言ったが、彼女は頑なに「それでも」と、自分を説きふせようとした。
このままでは永遠に終わらないと悟った自分は、仕方なく『部長』の席を譲ることにした。
「別にすみれさんが変わる必要はなかったと思いますけど……」
今になっても、こうして不満のようなものが漏れてきてしまう。
「これは私の責務だから。それにハクには、今年一年気ままに音楽続けてほしいから」
「…………」
ハクは無言のまま、再び弁当のおかずを口にする。
すみれも、同じく弁当を口にしていた。噛み終えた時、彼女はその空白を埋めるかのようにもう一度口を開く。
「結構できてきたね、曲」
「そうですね。時間ありましたし」
「いや、いくら時間あってもさすがに高校生で七曲はすごすぎるよ。一曲作るのだって大変なのに」
七曲。
自分で言うのもなんだが、さすがにここまでオリジナルの曲を作り続けている高校生なんて、精々自分たちくらいなものだろう。
「ほんとに、もう少しでアルバム作れちゃいます」
笑いながら、ハクはそう言う。
「もう私たち、プロの音楽家たちとやってること同じじゃん」
「さすがに言い過ぎですよ、それは。……まぁ、ぼくもプロが何なんかよくわからないですけどね」
「いいじゃん、そんなの別に。少し自分に酔ってるくらいがちょうどいいんだよ、こういうのは」
「そうなのかもしれないです」
△△
「ふぅー……」
仕事終わりの電車。ちょうど空いていた席へと腰を下ろすと同時に、溜まっていた疲れがどっと体全体に染みわたっていく。
しかし休むわけにもいかなかった。
まだ座って間もない中、彼女は持ち前のバッグから束になった用紙を取りだす。
(あー、また付箋……。ええっと……どこからだったっけ――)
――考えておいてくださいね、例の契約の件。
「――――」
貼っておくべきだった付箋をしていなかったことに、思わずため息をつきたくなる。
(じっくり考える暇もないなぁ……。最近はほんとに)
正直こんなだとは思ってもみなかった。
最初はうれしかった。本当にうれしかった。もう飛び跳ねるくらいに。
夢が叶ったと思えたその瞬間、もうこの先苦労しなくていいんだと花畑を想像した。
一つ、一つの仕事にやりがいを感じ、噛みしめ、そしてまた名声を上げ――、
名声が上がれば、また仕事が舞い込む。
マネージャーはうれしい悲鳴を上げ、私のために尽くしてくれる。
私の承認欲求はこれほどとまでに満たされ、自分も同じくうれしい悲鳴を上げるなり、忙しさを幸福と勘違いして再び仕事にのめり込む日々……
――でもいつからだろう。あの時感じていた『幸せ』を感じられなくなったのは。
それが最近だってことはわかる。
でもそれがいつを境に、一体何がきっかけでそうなったのかは全然わからない。
というか、そんなところまで頭が回らない。
最近、ゆっくりできてないな。
もっと時間、あったらいいのに。
そして一人で――ただ一人で家のベッドに寝っ転がっていたい。
考えたくない。
でも考えなきゃいけないことはいっぱいあって……。
それを放棄なんてことをしたら大変なことになるから。
だから考えなきゃ。
皆に迷惑かけないために。
自分が『自分』であり続けるために。




