きっと誰かはあなたを見ている
レコーディング室にやってきて扉を開けた矢先、誰もいないはずのそこにはなぜか男が一人椅子に腰かけていた。
「…………」
「…………」
直前まで携帯を見ていたその男は、扉の音を耳にして視線をこちらへと向けてくる。
「なんだ……矢崎。おまえここにいたのか」と、ユウ。
「あー、すいません。ちょうどさっきここで仕事してたんです。今はおれだけ残ってますけど」
別に彼が邪魔なわけでもないので、そのまま矢崎の方へと向かう。
しかし彼はそれを境に椅子から立ち始めた。
どうやら邪魔なるだろうと思っているのだろう。
今にもここを去ろうとしていた。
別に邪魔じゃないが――そう思ったが、わざわざ声には出さないことにする。
ちょうど矢崎が自分を通り過ぎようとしたそのさなかだった。ふと、視界に『あるもの』が映ってきて――
「……おい矢崎」ユウは言った。
「………?」
矢崎は声に気づき、着けていたイヤホンを外した。
「なんだ、それ?」
ユウは、即座に矢崎が持っている携帯を指さす。
正確には携帯ではなく、そのスクリーンに映っている映像だった。
「え……これですか」
「そう、それ」
「動画です」
「いやそれは知ってる。何観てんだって聞いてるんだ」
「あー……高校の文化祭です。趣味なんですよ。文化祭の映像とか観るの」
「ちょっといいか……」
そう言うと、ユウは矢崎の目の前まで近づいた。矢崎は再生していた映像を止める。
「何かおかしくねぇか、それ。ほらここ………ステージにはドラムがあんのに、なんで誰も弾いてないんだよ?」
ステージの真ん中に堂々と存在感を放つドラムセット。
それがない状態で二人だけが前に並んで演奏しているのが、やけに不思議な構図だなとユウは思った。
だが口にしている途中、思った。
別にこれはそこまでおかしな話ではなかったんじゃないかと。
もし仮にこれが二曲目だとして、その前の曲でドラムを叩いている人がいたとしたら何もおかしくはない。
ドラムをあえてなくす楽曲だってあるくらいだから。
ユウは口にしたものはしょうがないと、彼にそのツッコミを入れられるのを待つことにした。
だが――。
「あーそうなんですこれ!」
指摘された矢崎は、なぜか乗り気でそう答えてきた。
「………?」思わず眉を寄せるユウ。
「これが始まる前、すっごいアクシデントがあったんですよ」
矢崎は画面を自分に見せてくるなり、再生を前の方まで戻し始めた。
どうやらそれを撮影した主はかなり前目の席にいて、堂々と腕を上げて撮影することなく胸元くらいの高さでひっそりと撮影している。
わざわざそうしているのは、後ろの人への配慮だろうか。
「アクシデント………?」ユウは聞き返した?
「ほら観てください、これ」
そうやって、矢崎は自分に携帯を向ける。
小刻みに揺れ動く映像。ステージには幕が閉ざされてあったが、その先の会話はだだ漏れだった。
声量が小さく少し聞き取りにくいがが、話している内容とその声音から察するに、
「……喧嘩してるな」
「ほら今――」
瞬間、幕が開かれる。それとほぼ同時、三人いたメンバーの内一人が暗い顔をしてその場を立ち去っていった。
「事故ってやつだな」
「そうですね」
観終わると、矢崎は携帯を自分のもとへ寄せる。
「じゃあせっかくの演奏もこれで中止かー」ユウはわざとらしく惜しむように言った。
「いや、演奏しましたよ。さっき見たじゃないですか、ドラムがいないって」
「あー……。いや、でも普通するか? ドラムが抜けちゃ演奏にならないだろ?」
「いやいや、全然そんなことなかったです。むしろドラムが入る隙がまったくない演奏だったというか……」
「…………」
ユウは思わず唖然とした。
「……ちょっと観てもいいか? 続き」
「ああ、いいですよ」
ユウは矢崎から携帯をもらうと、やがてのめり込むようにその続きを見始めた。
曲の途中、ユウは思わず呟く。
「ほんとだな。まるで最初っからドラムがないことを想定して作った演奏に聴こえる」
楽器はキーボードただ一つ。だというのに、それでもう事足りていた。
不思議と、鍵盤の奏でるその音と、そして彼の歌声に夢中になる。
「それにしてもいい曲だな」
「最初のアナウンスで言ってたんですけど………これ自作の曲らしいですよ。すごくないですか」
「…………」
ユウの唇が固まる。
「矢崎、今なんて」
「だからその、自作……」
矢崎は思わず目を見開いた。
あのユウが、今までに一度も見たことがない好奇に満ちた顔をしていたから。
「マジか………」
「……マジです」
「はは。はははははははッ!」
「……どうしたんですかっ? ユウさん」
するとユウは、にやけたその目つきのままで、
「革命が起こる気がする」
「…………?」
「よしっ! 矢崎」
「はい……?」
「取りに行くぞ、こいつらを」




