また、図書室で
「……体調、大丈夫?」すみれは至って自然にそう言った。
「……え」
「えっと……その、弥生ちゃんにたまたま会ってね。それで昨日ハクが早退したって聞いたの」
「……そう、だったんですね」
「ちょうどね」
すみれは席には着かずして、そのまま本棚の方へ移動した。
ここには誰も人がいないから、静粛なこの部屋での声はしっかり響く。
「暇だったから、静かな図書室にでも行こうかなって思って。
そしたらハクがいた。
……だからその……これは偶然。別にハクに会いに来たわけじゃないよ」
「………そうですか」
ハクはまたしても低調な声でそう返事をする。
「その」同じ声音のまま、ハクは続けた。「まだ、怒ってるんですよね? あの時のこと。今さらですけど、ぼく……自分がやったことすごく反省してるんです。あそこでやるべきことじゃなかったって――」
「違う」
俯き気味に話していたハクが顔を上げるころには、すみれはもう目の前に立っていた。
「ハクが悪いわけじゃない。少なくとも自分のせいにする必要はまったくないよ。全部自分で抱えようとしてるんだよね、ハクはやさしいから」
「昨日やっと気づいたの」続けてすみれは口を開いた。
「ハクがずっと我慢してたこと」
それを聞いたハクは瞳を大きく開いた。
けれど彼は、すぐにバツが悪そうに顔を背けだす。
「ぼくは全部壊しっちゃったんです。
すみれさんの居場所、そして陸さんの夢を。
だから別にぼくのこと庇おうだなんて思わなくていいですよ。
ぼくはもう、部活も音楽もやる資格すらないですから。一生、このことを引きずっていくんです」
「違うよ」
瞬間、すみれは口元を緩めた。
「決めるのは私だよ。
ハクは自分で勝手に罪を償ってるけど、それはただ自分を納得させたいだけ。
それは本当の意味での『償い』とは言えない」
「…………」
呆然となるハク。やがて彼は納得したように、
「……そうですね、たしかに」ハクはすみれを見て言った。「ぼくは何をすればいいですか?」
そしてまた一段、すみれは頬を緩める。
「音楽を続けて。私のために」
「え……」
「これが私がハクにしてほしい償い。もし『音楽辞める』だなんて言ったら、私ほんとにハクのこと今後一生恨むかもしれない」
当然これはことを上手く運ばせるための嘘であった。
こうでもしないとハクは行動に移すことはないと、すみれは今までの経験から知っている。
「わかりました………けどこの部活は――」
「そこでハクに報告したいことがあります」
急に律儀な敬語で話しだしたすみれに、ハクは小首を傾げた。
「今の演奏部は私とハクの二人だけだから、このままじゃ廃部になっちゃう」
「そうですよ。だからもう無理ですよ? 陸さんを連れ戻すのは」
「うんん」すみれは首を振った。「新メンバーがいるの」
「――――」
まるで言葉を失ったかのように唖然としているハクを前に、すみれはその言葉を告げる。
「白石弥生ちゃん。ハクと同じクラスの子が入ってくれることになった」
「………。えっ、白石さんっ!?」
「うん」
「いや、でも……」
「大丈夫。弥生ちゃん、吹部と兼部するって。だから実質、幽霊部員みたいな形になる」
「すみれさんが誘ったんですか?」
そのハクの瞳には、まだ少なからずの疑念が残っていた。
「うんん。弥生ちゃんから」
「………」
「驚いたなぁ。まさかこんなに都合よく問題が解決するなんて」
そう言いながら、すみれはハクの向かい側の席へと座った。
「………ほんとにそうですか? 嘘、じゃないですよね?」
明らか疑い深いその瞳に、すみれは心底不思議に思った。
「……ハク。もしかして私のこと疑ってる? ほんとだよ。本当にあっちから誘ってきたの」
ハクは一瞬だけ意外そうに目を見張ったが、やがて納得したように表情を元に戻した。
「………すみませんでした。何だか話が急過ぎて………信じていいのかなって」
「こっちこそ。私もっと信頼できるいい先輩……いや、いいパートナーになれるように頑張るから!」
「あぁ……はい。頑張ってください……」




