相手の気持ち、全く考えてなかった
(もうわからないよ、色々進み過ぎて……)
帰宅の途中、すみれは思った。
正直に言って、自分は今かなり放心している。
(ハクにはどう説明しよう)
一瞬だけ携帯が入ったバッグを見やる。
が、すぐに視線を元に戻した。
やはり今日起きたことはまた今度直接伝えるとしよう、あの時の謝罪と一緒に。
それにしてもハクが早退していたなんて驚きだ。
他人が見て調子が悪いと気づくぐらいだから、身体的にも相当追い込まれていたんだろう。
――文化祭でのあの出来事。
その直後にこれだ。
それが影響して体を――そして精神をも追い込まれた可能性だってあるんじゃないか。
まさか、自分を責めてはないか?
(ハクは悪くない)
彼は彼なりの音楽に対する信念のようなものがあるはずだ。
もちろん、自分はあの後『勝手過ぎる』と口にはした。けれど、今思えばああなって仕方がなかったのかもしれないと、時間が経過した今ではそう思う。
「…………」
(我慢してたんだ………ずっと)
身勝手に見えて、実はそうじゃなかった。
ハクは自分を抑え続けていた。
あぁそうだ。それだったら、あの時の行動もセリフも全部納得できる。
「なんで私、気づけなかったんだろう」
そんなの気づけるはずないよ――そんな甘いセリフがこころの中から囁いてきたが、自分はすぐにそれを打ち消した。
気づけた。
絶対に気づけたはずなんだ。
それが自分の役目で、ずっと彼を気にかけていたつもりだったのに……。
――つまり自分が無能ってこと。
辛辣なそのセリフには賛同できる。
言い訳などするな。
すべては自分が悪かったのだ。
少しは自分を犠牲にしてでも察して、あの場で自分は潤滑油となるべきだった。
そしたら気づけたかもしれない。
ハクのマイナスな異変にも、陸からの好意にも。
『弥生ちゃん』
『どうしました?』
『ハクと直接話がしたくて。明日、ハクも連れて人がいない場所で集まれない?』
『人がいない場所ですか? 廊下じゃだめなんですか?』
『最近私そっちの方行き過ぎて多分目立っちゃう……』
『かわいいですね、先輩』
『目立ちたくないだけ。いい? ハク連れてきてもらって』
『いいですけど。明日籔島くん学校来ないかもしれませんよ?』
『だったら次の日』
『わかりました』
『ありがとう。今度アイス奢るね』
『いいですよ、そんなことしなくても』
『それに私、籔島くん一度ちゃんと話してみたかったからちょうどいい機会かもです』
『そっか』
『あーそう言えば。演奏部のメールってないんですか?』
『あるある! 今招待するね』
『それじゃ籔島くんにバレますけど』
『あーそうだ』
『じゃあ明日話が終わった後にするね』
『はい』
△△
翌日の朝、ホームルームが終わったタイミングで携帯を開くと、後輩の弥生からメールが送られてきていた。
『籔島くん、今は来てないですけど昼休み前には遅れて来るそうです』
『どうしますか? もともと昼休みの予定でしたけど』
『んー。さすがに来たばかりだから、昼休みじゃなくて放課後の方がいいかな。弥生ちゃんは部活大丈夫?』
『大丈夫です』
『わかった。じゃあ放課後ね』
弥生の部活のこともあるから、人がいなくなるまで待つというのはできないな――すみれは生徒たちのしゃべり声が鳴り響く教室の中、一人考えに浸っていた。
今はまだ昼休み。
正直、あまり落ち着かない。少しそわそわしているというか。
(図書室にでも行こ)
ちょうど昼食を食べ終えたところだ。
五限までまだ時間があるから問題はない。
「…………」
その図書室に着いて、ちょうど今扉の前に立っている。ガラス越しの窓から一人の見知った男の後姿が見えた。
「どうしよう……」
奥にいたのはハクだった。
これで扉を開いたものなら、今日の予定がすべて狂ってしまいそう――そんな気さえする。
しかしすみれは、それを押しのけ目先にある取っ手を掴んだ。
扉が開き、向こう側で目を見開く一人の青年に向かって自分は足を進める。
「……体調、大丈夫?」すみれは至って自然にそう言った。




