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新しい風

「ねぇハク。わざわざ私を朝に呼び出してたのって………そういうことだったの?」


 出番が終えたすみれは、ステージ裏に移動するなりすぐにハクに話しかけた。


「違います、すみれさん……。あれは本当に――」

「全部わかっててこんなことしたの……? 私を、利用して……」

「だから違います……。信じてください。ぼくは本当に音楽をするために……」


 いつも真摯に耳を傾けるすみれは、まるでハクの言い分を聞こうとしなかった。


「ひどいよ、ハク……。私の居場所を壊すなんて……」

「―――!」

「私言ったよね? 毎日こんな生活を送っていたいって。 私にとってこの部活は……いや、あの三人だけの空間はほんとに大切な場所だったの……。

 なのになんで……。

 なんでハクは、平気であんなひどい言葉を言ったの!? なんで私の居場所を奪ったの!?」

「………すいませんでした」

「言ってほしかった……。

 何か思うことがあるなら言ってほしかった。

 そしたらこんなことにならなかったかもしれないのに。………さすがに身勝手過ぎるよ、これは」


 呆れたように言い放った彼女のセリフに、ハクは絶句した。彼女は完全に怒っていたのだ。


 それでもすみれはこの場を去ることなく、無言のまま淡々と荷物の片づけをやり始める。


 ハクは気まずそうにしながらも、無言のまま彼女に倣う形で片づけをし始めた。

 

△△


『演奏部(2)』


 文化祭が終わった次の日の休日、演奏部のグループメールの人数は一人減っていた。


「このままじゃ廃部………」


 自室のベッドの片隅に横たわるすみれは、小さくそう呟いた。


 陸は……復帰はあまり期待できないだろう。

 個人宛のメールももう繋がらない状況な上、例え明日学校で直接会いにいったとしても、彼は気まずくて逃げてしまうに違いない。


 だが、このままいけばこの部は間違いなく廃部になる。

 生徒会はいつかこちら側に警告を出す。


 彼らは期限を定め、それまでに部員が集まらなければ廃部にするぞ、とまぁ粗方そんなことを言ってくるだろう。


 このお決まりじみた展開は、小説でも現実でも変わらないはずだ。


 廃部の阻止は重要なのだが、それは二の次。いかんせん、一番の問題はもっと別のところにある。



 ――これで終わりにしていいですか?

 ――今やってるこれは、青春を謳歌するだけの単なる部活でしかないじゃないですか?

 ――だったらもう、ぼくはここにいる意味はないです。

 

 

 ハクはこの部活を終わりにしたがっていた。


 もしハクがこの部活を去ろうものなら、自分もここにい続ける意味はなくなる。


 ハクのいない部活を続けようなんて思わない。

 何せ自分は、彼の作る音楽を聴くためにこの部に入っているようなものだから。


 いくら新入部員が入ってこようと、彼がここからいなくればもう何も意味がないのだ。自分が部活を続ける意味が。


「あんなこと、言わなきゃよかった……」


 自分は初めて、ハクに対して怒りの感情をあらわにした。


 おかげで連絡が取りづらくなった。重大な状況にあるというのに、話し合いすらまともにできないのは大きな痛手である。


 ハクとのメールのやり取りを眺める。事務的なやり取りがやたら多いように感じるのは気のせいか。


 そういえば最近、一緒にお出かけみたいなことはしていない。

 まぁここ数週間は、ずっと文化祭の練習ばかりだったからそうなるのも当然か。

 

 また久しぶりに二人でどこか行きたい。今度はもっと遠くに。


「はぁぁ。どうすればいいんだろ、私……」


△△

 

 次の日の昼休み。すみれはハクに会うため、一年の教室へと向かっていた。


 メールで話すことも一応考えたのだが、やはりこういうときこそ対面で直接会う方がいいと腹を括ったのである。


 二年生の自分が再びあの場所に向かうのはこれで二度目。


 ああいう風な目立ち方をするのが好きではないから、あまり行きたくないというのが本音だ。


 ちょうど二階と一階を繋ぐ階段を下りている最中だった。


 突然、前方から誰かが姿を現す。


 その生徒は自分を見るなり「あっ……」と、思わず声を漏らした。


「先輩……」

「……弥生ちゃん?」


 かつて吹奏楽部の後輩だった弥生と、ばったり階段で遭遇した。


「……その、お久しぶりです」弥生は言った。

「……あ、うん。久しぶり」


 さっきから違和感を覚えているのは気のせいか。

 ここでばったり彼女と逢ったというのが、何か腑に落ちない。


 疑問は、次に彼女が発する言葉によって解消された。


「ちょうどよかったです。私、今ちょうどすみれさんに会いに行くつもりで」

「え……?」

「ちょっと話したいことがあって……」


 話したいこと? 一体彼女が、今さら自分に何の用があるというのか。


 さすがに、『吹部』への復帰をお願いされることはないだろうが……。


「大変なんですよね、今」

「……?」

「籔島くんから聞きました、演奏部のこと」

「え……ハクから?」


 まさか、彼女からこのセリフが出てくるとは思いもしなかった。

 ハクが弥生に何を話したのか。……気になる。


「ハクはなんて?」と、すみれ。

「ああ……その、もう部活がなくなるみたいなこと言ってました」

「…………」


 やはり、そうなのか。やはりハクの思いは変わらないのか。

 このままこの部活はなくなってしまうのか。


「今教室?」

「早退しました」

「……早退?」

「朝籔島くんの様子がおかしいなぁって思って、それで私が保健室まで連れていかせたらそのまま早退してました」

「………そう、なんだ。……その、大丈夫なの? ハクは……」

「ちょっとした体調不良らしいです。一日休めば別に問題ないって」

「そう……」


 じゃあもう、自分が向かう意味はないのか。今日はこのまま引き返すしかない。


「――――」



 彼女の目に一筋の光が宿るのが見えて、自分は思わず息を飲んだ。



「私、入ります。演奏部」



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