29.兄弟と呼ぶには
そうして作戦会議の翌日――。ロザリアに何を話すべきか考えた末、結局何も伝えられないまま放課後を迎えた。
「ちょっと――」
終礼の終わりと共に立ち去ろうとした聖花を、ロザリアが慌てて追い掛けてこようとする。大方予想通りではあったものの余り足止めを食らうと作戦が狂いかねず、聖花は歩幅を大きくして歩く速度を速めた。
「はいはーい。ロザリア嬢はこっちこっち」
「貴方っ。何をなさるの!?」
背後で不審な会話が聞こえてきたものの今は気にしている場合ではない。何とかロザリアを撒いた聖花は昨日言っていた個室へと入り、部屋の一番奥へと進むと置かれていた椅子に腰を下ろした。
隣の席のルードルフも、帰り支度を直ぐに済ませていたのを見るにきちんと来てくれることだろう。ただ、行き当たりばったりの作戦ゆえにどうなるかは分からず、そもそも呼び出しに応じるかさえ不鮮明だった。
―――コンコン。
が、暫くして部屋に軽いノックが響いた。返事はせずに暫く扉を見つめていると、やがてゆっくりと扉が開いてアーノルドが姿を見せる。
つい最近、聖花と目が合った時に見せた様子は何処へ行ったのか又もや生気が抜けきったような姿に戻っていた。
「――セイカ……?」
聖花を目に映すなり一言だけ呟くと、アーノルドは一瞬だけ動きを止めた。徐々に透き通った碧の瞳が揺らぐかのように黒色が滲み出し、前に見たような底知れない恐ろしさが聖花の背筋を僅かに冷やした。
「……少しよろしいですか?」
予定通り、タイミングを見計らっていたらしい。立ち止まっていたアーノルドの背後からルードルフの声が響く。
「何故お前がここに――」
「良いから早く中に入ってください」
今の様子だと振り返らないものだと思っていたのだが、アーノルドは案外兄の姿を視野に入れた。苛立ちを隠すことなく吐き出そうとしたものの、ルードルフの勢いに押されて部屋の奥へと進み、無言で席に着く。
今だけは聖花ではなくルードルフに意識が向いているようで、見たこともないほどの殺気が剥き出しになっていた。
「――それで、この状況でどうするおつもりですか?セイカ嬢」
ルードルフがゆっくりと顔を向けて聖花が言葉を続けようとしたところで、先ほどまで怖いくらいに静かになっていたアーノルドが口を開いた。
「……俺から彼女まで奪うのか」
「……何の話でしょう」
思わずルードルフが聞き返すとアーノルドの怨嗟の念が目に見えるほど強くなり、空気が僅かに淀むのを感じた。
「彼女を彼処から連れ出したのもお前だろう。折角二度と傷付かぬよう、二度と他者と関われぬよう囲ったというのに……」
「……一つお伺いしてもよろしいでしょうか」
話が通じているのかいないのか分からない。アーノルドは独り言を言うかのように小声で呟くと、僅かに足元へと目をやった。
一方、静かに話を聞いていたルードルフは、そこまで聞き終えると淡々と続けた。
「何故――そこまで彼女に執着しているのですか?」
「お前には関係ない」
考えるまでもないと言わんばかりにアーノルドが即答する。予想通りだったのか、そうでないのか、ルードルフは僅かに眉を動かすと言葉を重ねた。
「関係ない、と言われましても……。兄弟なのですから関係ないことはないでしょう」
「今………何と言った……?」
アーノルドの動きが、まるでその場に固定されたかのように固くなる。足元へと向けていた目は徐々にルードルフの方に向き、やがて視界の真ん中に兄の姿を映すと苦笑交じりに呟いた。
「『兄弟』?――笑わせてくれる」
想定外の反応だったのか、ルードルフが僅かに目を瞬かせる。先ほどよりも空気が淀んで息苦しさすら感じる中で、アーノルドが口元を歪めた。
「何が兄弟だ!!これまでそれらしいことなどした事がない癖に!」
苦しみすら混じった怒声に、思わず聖花が目を見開く。ここまで取り乱しているアーノルドの姿は初めて見たし、以前から何かあるとは思ってはいたものの、それほど苦しんでいるようには見えなかったからである。
ルードルフの方へと視線を送る。僅かに目を瞬かせていて、驚いているのか口元が少しだけ開いている。そんなルードルフの様子に目を向けることもなく、アーノルドが低い声で続けた。
「俺はお前が嫌いだ。兄弟だというのなら、俺のために死んでくれ」
そこまで言ったところで、漸くアーノルドが口を噤んだ。
暫く辺りには静寂が流れた。重苦しい空気だけがその場を支配していて、あまりの息苦しさに逃げ出そうという気力すら失われ、何と口にすべきなのかすら分からない。
そんな状況下で、ふと何かを思い出したのかアーノルドが続けた。
「早くセイカを返せ」
奇妙なほどに先程よりも幾分落ち着いている。身勝手極まりない台詞に引っ掛かりのようなものを覚えていると、聖花が話すよりも先にルードルフが淡々と続けた。
「返して、それからどうするつもりですか?」
アーノルドの台詞にも思うところはあったものの、ルードルフの返しにも思わずぎょっとした。恰も所有物のような扱いをされたまま、二人の中では勝手に話が進んでいるのだ。
自身は物でもないし、ましてやアーノルドの所有品でもない。そこまで喉元に出かかったものの既のところで止め、アーノルドの返答を待つことにした。が――
「そんなこと決まってる――今度は二度と逃げられない場所に閉じ込めるまでだ」
「……勝手に話を進めないでもらえますか?」
流石に我慢できずに、聖花が口を挟んだ。




