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30.拗らせた兄弟

 視線が一斉に聖花へと向いた。先程まで互いのことしか見えていなかった二人が、まるで今になって初めて彼女の存在を思い出したかのように揃って顔を向けている。


 二人とも当の本人を蚊帳の外にしたまま話を進めていたのだ。その様子を見ていると、聖花は思わず小さく息を吐きたくなった。そもそも今この場で話題にされているのは聖花自身だというのに、当人を差し置いて話が進んでいるのだから何とも妙な状況である。



「そもそも話を聞いていて思ったのですが、お二人って意思疎通されているんですか?」


 先程から二人のやり取りを聞いていてずっと気になっていた。話が食い違っているというか、互いに相手のことを何も分かっていないように見えるのだ。

 これまで二人と接してきたからこそ、余計にそう感じるのかもしれない。ルードルフもアーノルドも、それぞれ相手について何かを知っているような口ぶりを見せながら肝心なところではまるで噛み合っていない。



「お前に関係な――」


「関係ないことないです」


 言葉を遮ると、先程まで口調を荒げて苛立ちを露わにしていたアーノルドが僅かに眉を顰めた。鋭い視線が聖花へと向けられるものの、今度は先程のようではない。


 そんなアーノルドを一瞥してから、聖花は淡々と告げた。



「だって、そうでしょう?少なくともあの日(・・・)から、私は巻き込まれているんですよ」


「一体何を――」


 不審げに口を挟もうとするアーノルドを遮るように聖花は続けた。話の主導権を握らせるつもりはない。



「勝手に助けたんですから、最後まで責任を取ってくれなければ困ります」


 暫くして、アーノルドは僅かに視線を逸らした。先程までの勢いが僅かに失われたようにも見えたと思っていると、アーノルドはそのまま小さく呟く。



「……利用価値があったから助けたに過ぎない」


「助けたことに変わりはありません」


 言葉を否定するように聖花はすぐさま付け加えた。

 理由がどうであれ、実際にアーノルドが聖花をあの場所から助け出したことに変わりはない。だからこそ、それをなかったことのように扱われるのは妙に引っ掛かったのだ。


 そのまま聖花はゆっくりと立ち上がる。二人の話を聞いているだけではいつまで経っても埒が明かず、ならば自分から動いた方が早い。



「……近付くな」


 突如として自身の方へと向かってきた聖花に、アーノルドが肩を強張らせて目つきを険しくさせながらも吐き捨てるように呟いた。そう言いつつもその場から動こうとはせず、拒絶する言葉とは裏腹に、逃げることも、聖花を遠ざけることもしない。



「いいえ、近付きます」


 聖花は足を止めなかった。真っ向から否定すると、やがて聖花はアーノルドのすぐ側で腰を下ろして両膝を付いて片手を伸ばす。アーノルドは抵抗しようとしているようにも見えるが、まるで固定されているかのようにその場から動けないようだった。



「やめっ……触れ――」


「以前までの貴方に戻ってくれますか? 殿下」


 そっと頬に触れる。アーノルドが目を見開いたかと思うと、ほんの僅かに辺りが淡く輝いた。少しして聖花が目線だけを動かして周囲を見てみても何かが起こった様子はない。ただ、心なしか先程まで淀んでいた空気が消えたような気がする。


 僅かに眉を顰めつつアーノルドに視線を向け直すと、透き通るような碧の瞳と目が合った。



「大袈裟な……」


 アーノルドが僅かに耳を赤くして顔を背け、対するルードルフは目を丸くしたまま聖花を凝視していた。何が起きたのか理解できていないのか、それとも目の前で起きたことそのものに驚いているのか、その表情からは判断できない。


 一瞬だけ辺りが静まり返った。誰一人として声を出さずに部屋の中に妙な沈黙が落ち、先程まであれほど張り詰めていた空気が嘘のようだ。



「――それで」


 そんな中、唯一落ち着いた様子の聖花が続けた。他の二人はまるで石のように固まっていたものの、聖花の一言で漸く意識を向け直したようだった。



「……お二人って意思疎通されているんですか?」


「……そんなもの、する必要がない」


 やがて視線を逸らしたまま、アーノルドがぽつりと呟く。そこで今度はルードルフに目を向けると、彼も釣られるように小さく首を横に振っていた。



「えっと、つまり全く何も共有していないと……」


 問い掛けに対する返事はどちらからも返ってこなかったものの、二人の反応を見る限りそれが答えなのだろう。聖花は目の前の二人を交互に見つめながら、どう言葉にすればいいのか少しだけ考えた。



「……馬鹿ですか?」


 結局、口から出てきたのはそんな言葉だった。思ったことをそのまま言ってしまったものの、揃って聖花に顔を向けた二人を見ていると何もかもがどうでも良く思えてきたのである。その表情まで似ているのだから馬鹿馬鹿しい。



「お互い何も知らぬまま、勝手に兄弟で拗らせて」


「……私もですか?」


 そこまで言ったところで、不意にルードルフから声が掛かる。表情には何一つ覚えがないとでも言うような戸惑いが浮かんでいて、本当に自分まで含まれているとは思っていなかったらしい。



「殿下もです」


 聖小さく頷いてから、改めて二人を見る。



「少なくとも私の見た限りでは、弟想いを拗らせた兄と、兄への憎しみを拗らせた弟にしか見えません」


「待て。こいつが弟想い?何の冗談だ」


 今度はアーノルドから皮肉とも取れる発言が飛んでくる。実際にそう思っているのだろうが、聖花からするとこじつけのようにしか見えなかった。



「この御方、つい先日からずっと貴方のことを気に掛けていますよ」


「それは俺がお前を監禁したからだろう」


 見たままのことを告げると、苦笑交じりにアーノルドが淡々と続けた。



「何でもないことのように言わないでください」


 まるで世間話をするかのように気にした様子を少しも見せないアーノルドに、聖花が思わず突っ込みを入れる。

 とはいえ、何故か今のアーノルドからは不思議なくらい恐ろしさを感じなかった。自身でもこの緊張感のなさはどうなのだろうと思いつつ、ルードルフに視線を向ける。



「ですよね?殿下」


 不意に振られ、ルードルフが考えるように僅かに視線を上へと向けた。



「そう――なのでしょうか」


 返事が曖昧である。


 何も分かっていない様子のルードルフに、程なくして聖花は小さく息を吐いた。咎める者は誰一人としていないものの、まさかここまで酷いとは思わなかったのである。



「………お二人で話し合ってください」


「待て。何処へ行く」


 その場から立ち去ろうとする聖花を見たアーノルドがふと声を掛けると、聖花は振り返って小首を傾げた。



「何処へ行くも何も、一旦席を外すだけです」


 それだけを告げると、何かを言おうとしているアーノルドをそのまま無視して部屋を出る。扉を閉めたところで、漸く張り詰めていたものが僅かに抜けたような気がした。

 聖花はそのまま傍にある空き教室へと入ると、誰もいないことを確認してから小さく息を吐いたのだった。


私用により更新頻度が遅くなっております。

申し訳ありません……!!

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