27.小さな手掛かり
授業後、それとなくフェルナンから昼に来るよう伝えられた聖花は、事前にロザリアに行く場所だけを告げて学園内にある彼固有の教員室へと向かった。入学時にトラブルが起こった、例の場所である。
丁度その頃近くにいたリリスには「無視すれば?」などと言われていたものの、以前のような懸念が殆どなくなった今、何か大事な話であるかもしれないので行かないわけにもいかないのだ。
流石のロザリアもついてこないものだと思っていたのだが、やはりフェルナンのことを不審に思っているのか、道中離れたところから誰かの気配がしていた。何かあれば乗り込むつもりなのかもしれない。
空いているからそのまま入っていいと事前に言われていて、到着するなりゆっくりと扉を開くと、そこには既にフェルナンが待っていた。彼の個別の部屋なのだから当然と言えば当然なのだが、教員室にも彼の机が一応置かれていて、普段他の生徒を呼び出す時はそちらを使っていることを考えると、やはり何か人前では口にできない話題なのだろう。
「それで、……何の用でしょう?」
軽く形式上のやり取りを済ませると、聖花は早々に本題を切り出した。昼だとは言え時間に限りはあるし、長時間こんなところに留まっていることを赤の他人に知られたら面倒事になりかねないからだ。
「ここ最近、色んなことに巻き込まれているようだから……」
「私は大丈夫なので、お気になさらず」
スパッと切り捨てるように言うと、一度言葉を切って続けた。
「……まさか、そんなことで呼び出したわけではありませんよね?」
「そんなことって……。僕がどれだけ――」
「お気持ちは十分伝わりましたから」
埒が明かないので口を挟んで無理やり話を終わらせ、漸く静かになったことを確認すると、聖花は再び切り出すことにした。
「……ところで、他に要件はございますか?噂のこともございますし、ないのでしたら私はこれで失礼しますが」
「そのことなんだけど……ルードルフ殿下のことで気になることがあって」
やっと本題に入れそうだ。ただ、まさか王族兄弟とのことをフェルナンには何一つ伝えていないのに、ピンポイントでその話題が出てくるとは思っていなかった。
「……何でしょう?」
どんな内容なのかは想像がつかないものの、何に関係したことなのかは大方分かる。ゆっくりと尋ね返すと、フェルナンが思い出すかのように視線を僅かに上へと向けた。
「つい先日、それとなく最近妙なことはなかったかと尋ねられたんだけど……」
「ああ。そのことでしたら大丈夫ですよ。殿下には色々と露見してるので」
実際、心当たりがあったのだろう。ルードルフが聖花とのことを詮索している可能性を危惧したのか、万が一のことを考えてわざわざ伝えてくれたのだ。
だが、ルードルフは既に知っている。何気なくそのことを伝えると、フェルナンは僅かに目を見開いて暫く言葉を失っていた。
「……そう言えば以前、様子がおかしくなった時がありましたよね?」
妙なことと言えば、とふと思い出したように問い返すと、フェルナンがゆっくりと口を開いた。
「……その節は――」
「ああ。いえ。責めたいわけではないのですが、何故突然あのようになったのか気になりまして。折角ですし、この機に詳しい事情をお伺いしても?」
「いいけど――」
案外あっさりと了承したかと思うと、フェルナンは見透かすような瞳を聖花へと向けて、声を低くして続けた。
「それだけじゃないよね?理由」
「何故そう思ったのですか?」
思わず聞き返すと、フェルナンが僅かに眉を下げた。
「また何かに巻き込まれてるんじゃないかと思って。僕が言えたことじゃないけど心配で。良ければ何が起こってるのか教えて欲しい。何か力になれるかもしれないから」
それならばあの事も黙ってくれると約束して欲しいのだが。だが確かに教師であり、知人も多そうなフェルナンならば自身よりも出来ることが多いかも知れない。
「……同じようなことが起こっているのです」
「……誰に?」
暫くして簡潔に告げると、恐る恐るといった様子でフェルナンが尋ね返してきた。
「今度は第二王子――アーノルド殿下です」
「……成る程。それでか」
疑問は多いだろうに。それ以上尋ねることもなく、フェルナンがある程度は納得したかのように僅かに目を伏せた。
「――お話願いますか?」
話が一段落したところで続きを促すと、フェルナンは小さく頷いて当時のことを話し始めた。避け始めた理由やパトリシア王国でのこと、それから突如として様子がおかしくなった理由や、逆に突然元に戻ったことについても。
自分のものではない何かに思考を侵されていく感覚など到底体験しうることではないし、目が合うだけで理性を失うなどどうかしている。だというのに、国境を越えると妙な感覚がなくなるというのだから一層わけがわからない。
全てを聞き終えたところで、聖花は小さく息をついた。
―――やはり魔術が関係している。
ルードルフとの話のこともあり、確信へと至るには十分過ぎる内容だった。
おまけにあの日、フェルナンが聖花に本当に闇属性かと尋ねてきた意味が分かった。聖花は気付いてすらいなかったが、あの時――顔を寄せた際に、聖花の周りを光の粒が舞ったというのだ。
それが本当に光属性によるものなのだとすれば、以前から疑っていた自身が光属性であるという可能性は、より信憑性を増したように思える。これまで確証を得られずにいたのだが、少なくとも何の根拠もない話ではなくなってきたわけである。
漸く話が一段落したところで、聖花はふと別のことを思い出した。
「そういえば……ふと気になったのですが、エルザ先生はどうしているのですか?」
前の一件からというもの、ここ最近姿すら見かけていない。それとなく尋ねた直後、思わず気の抜けた返事が出ることになるとは知らずに。
「ああ……そのことなんだけど、辞めたよ。学園」
「はい?」
小首を傾げた聖花に、補足するようにフェルナンが続ける。
「というよりも、学園側に一言も告げず来なくなった方が正しいかな。そのまま退職扱いになった感じ」
「……そうだったのですね」
当時のことを思い出しながら呟くと、一区切りついたのか一時の静寂が流れた。程なくして、それを破るようにフェルナンが続ける。
「……それより」
「何でしょう?」
不思議に思って問い返すと、フェルナンは僅かに視線を逸らした。先程までの話とは打って変わって何処か言い出しにくそうな様子であるものの、程なくして口を開いた。
「さっきも言った通り心配なんだ。君ってしょっちゅう何かに巻き込まれるでしょ?僕とのこともそう」
「そう……ですね」
「だから、さ。今の僕は飽くまで教師だから、人前では必要以上に話せないけど、困ったことがあったら何でも相談してほしい。此処まで来てくれたら何時でも二人きりで話せるから」
「そもそも、一度ここで問題が起こったんですけどね」
苦笑交じりに一度言葉を切ってからフェルナンの返事がないことを確認するなり、聖花が続けた。
「ですが、そうですね。何か一人でも解決しそうにないことがあれば、遠慮せずに相談させていただきます。勿論、人目にはつかないように」
それから少しだけ会話を重ねて、漸くフェルナンの部屋から出てきた聖花は、傍の壁にもたれ掛かっているリリスの姿を目に映すなり動きを止めた。
「一体、何をされているのですか……?」
思わず話しかけると、リリスがこちらへと顔を向ける。
「セイカが出てくるのを待ってたんだけど」
さも当然のように答えるリリスに、一体いつからいたのだろうという疑問と、最初に感じた気配はロザリアではなかったのかという考えが浮かび上がってきた。
「……ついてきていたのですか?」
「向こうにロザリア嬢もいるよ」
リリスの視線を追うと、少し離れたところにいたロザリアと目が合った。
「ほんとだ……」
呟いた途端にリリスがまじまじと此方を見てくるので、何だろうと思い顔を向ける。
「セイカって馬鹿?」
「はい?」
「前までセイカを敵視してた人と一緒に行動しだすし、苦い思いをした場所で、そうさせた本人と密室で二人きりで話をするし……」
突然暴言を吐かれて眉を顰める聖花を気にも留めず、リリスは言葉を重ねた。
「初めて会った時には騎士から逃げてたしね。……覚えてる?」
「忘れてください……」
気まずげに視線を逸らす。こんなところで話すことではない上に、あまり良い出会いとは言えないものを持ち出されるとどうしようもないのだ。
結局その後は、リリスと漸く此方へとやってきたロザリアとで教室まで戻ったのだが、反りが合わないのか終始ロザリアがリリスを遠回しに貶していて、聖花は空気に徹することに努めたのだった。




