26.様子を見に
翌日の昼になり、昼食を済ませると聖花は直ぐに席を立って廊下へと出た。朝は委員会の仕事があって時間に余裕がなく、自由に行動するには向いていないのだ。だからこそ、こうして自分で動ける昼休みの時間を使って気になっていることを確かめておきたかったのである。
すると何時の間に昼食を終えていたのかロザリアまでもが立ち上がり、そのまま聖花を追ってきた。聖花と共に行動するようになってからというもの、ロザリアは同じように教室で軽い昼食を取っていて、どうにも直ぐに聖花についていけるようにしているようなのだ。
元より彼女の傍にいた令嬢の殆どは付き合いきれないのか、それともロザリアに言われたのか、授業の合間の短い休み時間以外はロザリアと別行動している。
「ちょっと、何処に行きますの?」
「第二王子殿下がいる教室です」
不意にロザリアに尋ねられ、聖花が振り返ることなく答えると背後から小さく息を吐く音が聞こえてきた。
「……貴女、頭おかしいんじゃないですの?」
てっきり無作法を咎められると思っていたのだが、飛んできたのは単なる暴言だった。
ロザリアの言いたいことは分かる。確かに、つい先日までアーノルドに監禁されていた人間がその本人の様子を見に行こうとしているのだ。傍から見れば、わざわざ危険へと近づいているようにしか見えないだろう。
それでも、こんなにも真っ直ぐに言われるとは予想だにしていなかった。聖花は思わず拍子抜けして、ほんの僅かの間だけ言葉を止めた。
「その後の様子を見ておきたいと思いまして。噂のこともございますし」
近づかなければいいとは分かってはいるものの、フェルナンという前例がある。不意に遭遇した時、フェルナンと同じようにおかしくならないとは言い切れないのだ。だから、できることなら少しでも今のアーノルドの状態を、噂ではなく自身の目で確認しておきたいと思ったのである。
アーノルドとのことは知っていてもフェルナンとのことは知らないロザリアは、今度は呆れたように息を吐いた。
「だとしても、あんなことがあって見に行く馬鹿が何処にいるというのです?マイルも呆れていますわよ」
「いえ。私は事情を存じ上げておりませんので……」
「マイル。そこは合わせなさい」
何時の間に加わったのだろうか。マイルまでもがついてきていたようだったものの、ロザリアに声を掛けられるまで一言も喋っていなかったためか全く気付かなかった。
どうやら聖花が何処へと向かうのかを聞くまでもなく、二人ともついてくるつもりだったらしい。背後で聞こえてくる会話には無視をすることにして、一先ず聖花は足を止めずに進んでいった。当然、目的地はアーノルドがいるであろう教室だ。
やがてその教室へと辿り着くと、中には入らずに覗き込むようにして辺りを見渡した。
教室の入り口で誰かを呼ぶこともせず、話すこともせずに屯している三人を誰かが見る度に訝しげな視線を向けられていたものの、その度にロザリアが睨み付けて遠ざけていて、相手が何かを言うより先に睨み返していたためか誰も声を掛けてくることはなかった。
そうして暫く教室の中を見渡していると、窓際に座っているアーノルドの姿が目に入った。窓際でぼんやりとしているのを見つけるなり、聖花は視線を一点に集中させてその様子を眺める。昼を食べていないのか、教室で済ませたのかは分からないが机の上には何も置かれておらず、頬杖をついて教壇の方へと顔を向けている。
以前のアーノルドを知っているだけに、その姿にはどうしても違和感を覚えた。確かに噂通り、魂が抜けたかのようである。
聖花は暫くその姿を眺めた。少しだけ様子を見て戻るつもりだったのだが、不意にアーノルドが視線を滑らせたかと思うと、その瞳が聖花の姿を捉える。
「……此方を見ていませんこと?」
視線に気付いたのだろう。ロザリアが確認するかのように傍で呟くと、途端に席に着いていたアーノルドが立ち上がった。
「……逃げましょう」
「ちょっ、貴女……」
どうやらこちらへ向かってくるつもりらしい。僅かに身構えたあと少しだけアーノルドの動きを見てそう判断した聖花は、直ぐにでもその場を後にすることにした。これ以上留まっている理由はない。
ロザリアも慌てて後を追ってきていたものの、暫くして思わず足を止めた聖花につられて歩を緩めた。
「こんにちは。珍しい組み合わせですね」
前方からマリアンナがやって来たのだ。昼を済ませて戻ってきたところだったのだろう、三人の姿を見るなり声を掛けてきた。
「……急いでいますの。退いてくださる?」
聖花が返すよりも先にロザリアが棘のある声色で返事をすると、カナデは怯えるでもなく、不思議そうに小首を傾げた。
「……何をそんなに急いでいるのですか?」
「貴女には関係ありませんわ。箱入り娘」
ふと聖花が振り返ると、やはり此方へと向かってきていたのか離れたところに透き通るような銀髪が僅かに映る。
―――アーノルドだ。
この国では珍しい髪色である上に、直ぐに彼だと分かるくらい聖花は見慣れていたのである。
このまま呑気にカナデと会話していたら追い付かれる。追い付かれたからといって人気のあるところで何かするようには思えないが聖花には何故か嫌な予感がして、まともな会話が成立していないロザリアとカナデの間を抜けて先へと進んだ――向かう先は自身の教室ではなく、図書室である。
やがて図書室へと辿り着くと、エレンに「朝に忘れたものがある」とだけ告げ、図書仕事に関わる者以外は入れない場所へと入ったところで聖花は漸く息を吐いた。
聖花の姿を捉えた時のアーノルドの目――一つだけ確かだったのは、やはり何も解決していないということだった。




