24.ルードルフの独白
ルードルフが胸に引っ掛かりを覚えたのはセイカから話を聞いた時からだった。
アーノルドに彼女が監禁されている筈の部屋へと赴き、扉に頑丈に張り付いた蔦を魔術で焼き切ると、借りてきていたマスターキーを使って部屋を開ける。すると、やはり彼女はそこにいた。
そのまま彼女を救出し、ゴルダール家に向かうよう御者に言い付けて馬車に乗せた後、王城を離れて自らもゴルダール邸へと向かった。彼女の気が変わらぬ内に話を聞いておいた方が良いと考えたからだ。
だが、そこで得られたのは答えよりも新たな疑問だった。
二人の関係について尋ねれば、返ってきたのは「協力関係」という言葉だけ。何故アーノルドに監禁されていたのかと問うても、セイカ自身にも分からないという。
彼女は妙なほど落ち着いていた。
何を考えているのかと尋ねても、自分でも分からないと答えるだけだった。だが敢えて曖昧な問いを投げ掛けたところ、彼女はフェルナンのことを思い出した。様子を聞くに、彼もまた無関係ではないのだろう。
現在のフェルナンは以前と比べても随分と落ち着いているように見える。尤も、入学式の時にセイカへと向けていた視線だけは変わっていて、今の彼はまるで慈しむかのように彼女を見つめていたが。
加えて、弟のことについてはどうにも腑に落ちない。
普段の彼ならば、あれほど杜撰な真似をするとは考えにくい。いくら別宮とはいえ、王城内の部屋に誰かを監禁するリスクは高く、少なくとも外部から知られないように準備はする筈だ。
それにも拘わらず、馬車の御者に金を渡して他言しないよう口止めすることだけしかしておらず、まるで何の準備もせずに突然そうしたように見えるのだ。
暫く思考を巡らせたところで一つの考えが頭を掠めた。
そういえば先日までの騒動で後回しになっていたものの、目の前に座る少女には闇属性を持つ罪人――ヒイラギ・カナデではないかという疑いが掛かっている。とはいえ、その疑いは既にほぼ確信に近いが。
本来であれば、今も彼女は牢に囚われている筈だった。だが――
「……貴女は、ヒイラギ・カナデという闇属性の罪人なのですよね?」
この際、尋ねた方が話が早い。彼女としても、今となっては必要に応じて返してくれることだろうから。
そう思っていたのだが、またもや曖昧な返答が返ってきた。はいかいいえで答えれば済む質問だというのに、そういうことになっているとは、何らかの含みがあるように思えてならない。例えば、罪自体が冤罪であるとか、実際には闇属性ではないのだとか。
だが幾ら曖昧な返答だとはいえ彼女がヒイラギ・カナデという人物だと認めたことは確かであり、冤罪かどうかは今尋ねることではない上に、仮にそうであったとしてもルードルフには関係のないことである。何処か気になって仕方がない面はあるものの、空想論は一旦頭の隅に置いておくことにした。
今は彼女を闇属性と見做した上で会話を続けるべきだと、何とか欲を押さえたのだ。
だが学園で闇魔術を使ったのかと尋ねれば使っていないと答えられ、彼女の様子を見ても嘘を吐いているようには見えないのだから考え方を変えてみることにした。
時に人は、感情が大きく揺れた際に無自覚のまま魔術を発動させることがある。ならばと無自覚に発動した可能性も視野に入れてみたところ、何か思い当たることがあるのか彼女は僅かに表情を動かしたのだ。
「闇魔術の中には、人の精神に干渉するものがあると聞いたことがあります。例えば、感情や欲を増幅したり――心を支配したり」
少しでも何かに繋がるのなら、と話をしてみたが、むしろこちらが情報を提供することになっただけで大した情報は得られなさそうだった。
「それは……私に話しても大丈夫なのですか?」
話をしているとふとこんな返しがきて、弟の今の状況を思い返した。
これまでの話を通すと、身内が闇魔術に蝕まれている可能性が浮上している上に、自身の今の状態を考えると最早他人事とは言えない。おまけに、いつ自身までもがおかしくなるか現時点では分からない以上、今のうちに少しでも情報を共有しておくべきだと判断したから話したのだと、ルードルフは自身を納得させたのだ。
何かを察したのか、彼女もそれ以上そのことについて尋ねてくることはなかった。ただ、今の話を聞いて別のことが気になったらしい。
「……魔族の血を引いている方々というのは、普通の人と何か違いがあるのでしょうか?」
そんなことを尋ねてきた。
確かに彼女の質問自体は的を射ている。だが、わざわざ今それを話す必要などない。先ほどの話も飽くまで補足として述べただけであり、今回の件とは無関係なのだから改めて教えるようなことでもなかった。
「……今、話すことではないでしょう」
半ば強引ではあるが、そこで話を切る。実際、危うい立場にある彼女としてもこれ以上触れられたくなかったのか、それ以上言葉を続けることはなかった。
摘むことは簡単だ。だが、それで弟――ないしは自身にまでかかっているであろう闇魔術が解けなければと思うとなかなかそこまで踏み切れずにいた。おまけに彼女を摘むとなると、自身の中でも何処か抵抗感を感じるのだ。きっと彼女をまだ全て知れていないからこそ、そのように考えるのだろうと自身を納得させる。
セイカをもっと知りたいという気持ちと、こんなことになるのだったら排除しておくべきだったという気持ちが犇めき合う。少しでもその感情を強めようものなら自身の中で渦巻いている異物が自身を呑み込もうとしてきて、その度にルードルフは感情を箱の中へと押し込めていたのだ。
生憎にも、第一王子である彼にとって感情を抑えることなど造作もないことだった。のに、少しでも意識を向けてしまえば、少しでも感情を抑えることから意識を逸らしてしまえば再び溢れそうになるそれに、ルードルフは小さく息を吐いた。
突如としてセイカを監禁したアーノルド。弟が自身を嫌っていることも排除しようとしていることも察してはいたが、まさかこのような訳の分からぬ行動を取るとは思ってもいなかった。闇属性の少女を利用するつもりで脱獄させ、他家の養女とさせ、素性を隠してまでして弟が彼女を学園に入学させたのだろうが、何故今になって監禁するに至ったのか。彼側で何らかのきっかけはあったのだろうが、全貌が未だに見えてこなかった。
セイカが学園へと戻る数日前、ルードルフがセイカを救い出した翌日に、アーノルドが学園へと戻って来たという話を聞きつけた。恐らく弟自身、逃した犯人には既に目星をつけているのだろうが此方へと訪ねてくることもなく、どのような様子なのかリリスに尋ねてみると魂が抜けたようにボーっとしているという。
比喩などではなく全くその通りなようで、時折聞こえてくる噂話からも似たような話題が挙がっていた。
(これも闇魔術の影響なのか……?)
ふと、そんな考えが頭を掠める。
もしそうだとして何故そのような状態になるに至ったのか。そもそもセイカを監禁した時点で、弟の中では何らかの欲求が渦巻いていた筈である。その欲がなくなったということは有り得ないだろうから、一度満たされた欲を取り上げられたことで感情が抜けたようになっているのかもしれない。
少なくとも、ルードルフはそう推論を立てた。
だとしたら、弟の状態を解くのもまた闇属性――あるいは、他クラスにいる光属性の少女である。生徒会では補佐として勤めていてある程度面識はあるものの、その外見に反して貪欲であり、他の令嬢たちのように腹黒い印象だった。その彼女に何と説明すべきか。
そう考えると、あくまで最終手段として置いておくべきだった。
セイカが学園へと戻ってくるという情報が入り、その日ロザリアは彼女に謝罪した。生憎、生徒会に行っていてその現場を目撃することは出来なかったものの、以前のロザリアからは想像も出来なかった行為を一度目撃している以上、彼女の中でも何らかの変化があったのかもしれない。
そんな矢先、リリスの働きにより勉強会という形でロザリアから話を聞く機会を得た。リリスは面白そうだからロザリアも誘ったと言っていたが、相変わらず彼の行動は読めない。だがそうして、新たな知見を得ることができたのだ。
先ず、事件が起こるより前にマリアンナがロザリアへ接触し、彼女を煽るような言葉を口にしていたこと。そして、以前セイカから聞いていたフェルナンについての話の詳細と、その後不意に元へ戻ったこと。
これまで事件に名前すら挙がらなかったマリアンナが突然浮上し、おまけにロザリアを唆した張本人であることも気になる。だがそれ以上に引っ掛かったのは、セイカがフェルナンに接触した途端、彼の様子が元に戻ったということだった。
以前に聞いた時には、フェルナンがおかしくなったとしか聞いていなかった。それも、元より話の延長として出た話題だったために、その後どうなったのかまでは知らなかったのだ。
フェルナンが無意識に闇魔術にかかっていたのだとして、セイカに接触すると解けた――やはり魔術が影響していることは確かではあるものの、無意識だとしても魔術をかけた張本人が無意識に魔術を解くという行為自体が理解し難い。
普通、無意識に発動させて相手に魔術を掛けることまではできても、解除までは無意識にできないものである。むしろ無意識だからこそ、どうやって解除させればいいのか分からないという方が幾分納得できた。
実際、過去には無意識に魔術を発動させたものの、解除できずに最後には意識を失った者までいる。あるいは、発動させてから意識せずとも止めることまではできても、相手に掛けてしまった魔術の解き方までは分からないという者もいたと聞く。
だが、だとすればアーノルドとセイカを敢えて接触させれば魔術が解けるのではないだろうか。そう考えかけたものの、彼女が弟に監禁された際に魔術が解けていないだろうことを考えると、必ずしもそうなるとは考え難かった。
「これは……考えを改める必要がありますね」
気が付けば、口から言葉が漏れていた。まだ自分が冷静な内に何とかしなければ大変なことになる――そんな思いが胸を掠める。
これまで、弟とまともに話し合いをしたことがなかった。話し合いをせずとも彼の状況や行動は凡そ把握できたし、弟自身がルードルフと会話することを避けていたからだ。
これまではそれで良かった。だがこうなってしまった以上、放置しておくわけにはいかない。
「どうやって会話すべきか――」
図書室から出た後、ルードルフは誰に話すでもなく一人呟いたのだった。
独白って言うより思考なんですけど
シリーズの統一感を意識してこのようなタイトルにしました。




