22.公爵令嬢からの申し出
フィリーネとの会話の後も、聖花は図書室に残って調べ物を続けていた。結局その日は閉館間際まで光属性について調べることになったものの分かったことはそれほど多くなく、元より知っていた光属性の性質や特徴に加えて、やはり既存の属性魔術とは異なる発現をするということが確認できただけだった。
とはいえ、それによって聖花自身が未だに光属性なのかどうか以前にも増して分からなくなった。
発現の仕方そのものが異なるのであれば、人気のない場所で教えられた通りに実践しようとしても何も起こらなかったことにも説明がつく。これまでなら、何も発現しなかった以上は属性が光でない可能性を考えていたところだが、そもそも光属性の魔術がどのように発現するのか分からないのなら試した結果だけで判断することができないのだ。
一つ気になる点があるとすれば、基本属性は明確な意識をせずとも発現できる一方で、光属性だけは発現するために明確な意志――それも、強い願いのようなものが必要だということだった。
記述そのものが曖昧で、聖花には今一つ意味が分からなかったものの要するに気持ちの問題なのだろう。そう無理やり自分を納得させると、その日はそれ以上調べることを諦めて眠りについたのだった。
そして翌日。何食わぬ顔で登校してきているロザリアを見て聖花は思わず眉を顰めた。
ロザリアは本来、まだ自宅謹慎中の身である。ただし昨日だけは聖花への謝罪や事情確認などを理由に特例として登校を許可されたと、紛れもない本人から聞いていた。朝礼を受けながらも困惑している聖花に、横からルードルフが声を掛けてきた。
話によれば、昨日の登校はあくまで特別に許可されたものだったものの、その後行われた事情聴取や家との話し合いを経て、今日から正式に登校することが認められたらしい。何より、昨日ロザリアが聖花に謝罪したことで本人への謝罪も済み、反省も見られると判断されたことが正式な復帰へと繋がったようだった。
ただし謹慎そのものが完全に解除されたわけではなく、また何か問題を起こせば即座に正家へと戻されることになっているらしい。
話を聞き終えた聖花は昨日のロザリアの様子を思い返す。本当に反省しているのだろうかと訝しく思ったものの、一先ずそういうことならばと納得することにした。
そうして朝礼中何度かフェルナンから何かを心配するような視線を向けられつつも、やがて朝礼が終わり休み時間になるとリリスがこちらに来るよりも早く、ロザリアが聖花の元へとやって来た。
「本日のご予定は?」
「……はい?」
唐突な問い掛けに聖花が思わず聞き返すと、ロザリアは僅かに眉を顰めた。
「ご予定を聞いているの」
「それは存じておりますが……」
聞こえていなかったのかと言わんばかりに同じ言葉を繰り返すロザリアにそう返すと、今度はあからさまに口元を歪められた。
「早く答えてくれないかしら。時間の無駄ですわ」
「ロザリア様」
「マ……マイル」
背後から声を掛けられ、恐る恐る振り返ったロザリアの顔が僅かに引き攣る。そこには何時の間に来たのかマイルが立っていて、にっこりと微笑んでいた。
「一体、……何をされているのですか?」
「何を……と言われましても」
言い訳をするように口籠るロザリアを他所に、マイルが静かに続ける。
「謹慎中の身ということをお忘れですか?」
「……っ……」
思わず言葉を呑み込んだロザリアは、気まずそうに視線を逸らしたあと再び聖花へと向き直った。
「貴女」
「はい?」
今度は何だろうと思いながら聞き返す。
「私と共に行動なさい」
突然そんなことを言われ、聖花は思わず目を瞬かせた。
「……それはまた――」
「何か文句でもあるの?」
「ロザリア様?」
思わず聖花から言葉が漏れると、不機嫌そうに言い返してきたロザリアにマイルが口を挟んだ。
するとロザリアは、居心地が悪そうに口を閉ざした。
「理由をお伺いしても?」
二人の間に再び静寂が流れたところで、聖花が以前から気になっていたことを尋ねるとロザリアは何でもないことのように答えた。
「貴女、男性とやけに距離が近いでしょう?」
「はあ……」
「だから……!いえ、何でもありませんわ」
溜息混じりに言葉を返した聖花に、ロザリアは僅かに苛立った様子を見せたものの、背後にいるマイルの視線に気付いたのか慌てて言葉を引っ込める。
「ですから、貴女がまた男性を誑かしたり、学園の秩序を乱したりしないよう、私が傍で見張るのですわ」
「傍で……見張る……」
貴女がそれを言うのか、と突っ込みたい気持ちを何とか抑えながら聖花が呟くと、聞いてもいないのにロザリアが続けた。
「ええ。貴女を信用したわけではありませんから、決して誤解なさらぬよう」
何をどう誤解するというのだろう。そのように考えていると、ロザリアの背後にいたマイルが聖花の代わりに言葉を重ねる。
「でしたら、私もついていきます」
「マイル……?」
思わず振り返ったロザリアに、マイルは言い聞かせるように続けた。
「僭越ながら御目付役を仕っておりますので。ロザリア様がそうされるのであれば、私は傍で見ておくまでです」
―――一体どうすべきか。
聖花は暫く考えた。
アーノルドの件もあり、いつ彼と学園で顔を合わせるか分からない以上一人で行動し続けるのは危険である。
今のアーノルドが強硬手段に出かねないことは聖花自身が身をもって知っている。だからこそ次に監禁されるようなことがあれば、今度は助からない可能性すらあった。
リリスと共に行動することも一瞬考えたものの、いくら教室で彼が話し掛けてくるとはいえ常日頃から行動を共にしていれば良からぬ方向に噂が立つだろうし、それによって却ってアーノルドを煽る恐れもあるのだ。おまけに、リリス自身にも常に行動を共にするという余計な負担を掛けるわけにはいかず、彼自身が何を考えているのか分からない部分も多かった。
それならば、ある意味で目的がはっきりしているロザリアと行動を共にする方が話は早いのかもしれない。
当然、ロザリア一人なら断っていたかもしれない。だがマイルも一緒にいるのであれば、今の状況で彼女が何かをしてくることもないだろう。
「……分かりました。ロザリア様と共に行動することにします」
幾つかの可能性を考えた末、聖花はそう答えることにした。
「ただし、共に行動する以上は、私が行く場所に文句は言わないでください。元より私から誘ったわけではありませんので。分かりましたか?」
「貴女……!」
何かを言い掛けたロザリアを、またしてもマイルが視線一つで黙らせる。
「……分かりましたわ。私が貴女についていくことにします」
「ありがとうございます」
嫌そうにしながらも受け入れたロザリアに、聖花は思わず息を吐きそうになるのを堪えながら感謝を伝えたものの、何故かロザリアがそっぽを向いてしまった。
「……では、今日からよろしくお願いしますね」
「……ええ」
特に気にしないことにして聖花が片手を差し出すと、ロザリアは顔を背けたまま暫くその手を見つめていた。やがて視線だけを聖花に向け直すと、少しだけ躊躇うようにしてからその手を取る。
こうして、聖花とロザリア、そしてマイルの三人で行動することが決まったのだった。




