21.『お姉様』との再会
余りにも呆気なく勉強会が終わり、一同はそれぞれその場を後にした。
教本はそのままにしていいとエレンが言っていたそうなのだが、折角なので図書委員である聖花が手伝うと申し出て、代わりに元の場所に戻してくることになっていた。元より勉強会に使った教本の殆どを聖花が取ってきていたようで、戻す作業もそれほど時間は掛からないように思えたからである。
何より、聖花には他の目的があった――光属性について詳しく調べることだ。勉強会の合間に探すつもりだったものの中々隙を見て探すこともできず、結局解散した後で改めて図書室を見て回ることになったのだ。
もっとも、元から人気の少ない図書室である上に、放課後になってからかなり時間が過ぎている。そろそろ閉館の時間も近いだろうし、こんな場所を一人で彷徨っているところにアーノルドが来たらと思うと、遭遇した際に大変なことになるのは間違いなかった。
それでも何か手掛かりがあるのだとしたら、出来るだけ早いうちに光属性について知っておくべきである。
光属性は特殊な属性で、聖花のクラスには同じような特殊属性を持つ者が他にいない。だからか魔術の実技で教えられることもなく、何をどうするとどんな魔術が発現するのか具体的に想像することすら難しい。何が起こるのか分からない以上は下手に試すわけにもいかず、そもそも発現するのかさえ分からなかった。
だからこそ学ぶ必要があるのだ。これまでは自分自身の属性について考える余裕すらなかったものの、漸く少しずつ頭の中を整理できるようになったことで、今になって漸く意識を向けられるようになったのだ。
自分自身、図書室の配置はある程度把握してきたつもりではあるが、目的の本がどの辺りにあるのかを尋ねた方が早い。そう考え、折角なのでその場にいたエレンに大まかな場所を尋ねてから教えられた棚へと向かった。
こんな時間になってもまだ人が残っていたらしく、夕暮れの光を受けて薄紫色の髪が棚の間で淡く輝いているのが見えた。
僅かに視線を向けた聖花は、思わず目を瞬かせた。
以前図書室で会ったことがある人物だった。あの時は偶然にも案内してもらったものの、それ以降は学園で姿を見掛けることもなく、まさかこんなところで再び会うとは思っていなかったのだ。
フィリーネ・ヴェルディーレ――マリアンナの姉であり、今のカナデにとっての姉でもある人物だ。
フィリーネは何かの本を探しているらしく、棚に並んだ本の背表紙に視線を巡らせながら片手を本棚に滑らせていた。
「お久しぶりです。少しよろしいですか?」
僅かな動揺を悟られぬよう、聖花は思い切って声を掛けた。フィリーネがこちらへと視線を向ける。
手伝ったところで何かが返ってくるわけではないし、今から調べようとしていることとは直接関係もない。それでも以前助けてもらった恩を返したいという気持ちと、聖花自身がフィリーネともう少し話してみたいという思いの方が勝ったのだ。
それに学園内にいる以上、フィリーネとカナデの間に何らかのやり取りがある可能性も否定できない。何か少しでも知っていることがあるのなら聞いておきたいという思いもあったが、それはあくまで僅かな理由に過ぎなかった。
「……ああ、以前の。セイカさん……でしたっけ?」
フィリーネは少しばかり虚空に視線を向けて記憶を辿るように考えた後、思い出したらしく小さく頷いてから聖花へと視線を戻した。
「覚えてくださっていたのですね」
「ええ。どうされましたの?」
自分のことを覚えていてくれたことに胸の奥が僅かに温かくなるのを感じながら聖花が尋ねると、フィリーネは何でもないことのように続きを促した。
「何か本をお探しのようですが……よろしければ、お手伝いしますよ」
「いえ。少々抽象的なものですので……」
やんわりと断られ、フィリーネは困ったように笑う。
図書室に詳しそうな彼女が探しあぐねているのだから、単純に本の場所が分からないという話ではないのだろう。そう思い、聖花は彼女が立っている本棚へと視線を向けた。
「心理学……」
並んだ本の背表紙を幾つか目に留めて呟くと、その一連の動作を見ていたフィリーネが納得したように頷いた。
「ええ。中々難しいものですわよね」
「……何か、あったのですか?」
その答えに僅かな引っ掛かりを覚えた聖花が尋ねるも、フィリーネは小さく首を振った。
「貴女に話すようなことではございませんが……そうですわね。強いて言うのなら、身内への不信感、といったところでしょうか」
「……マリアンナさんですか?」
僅かな間を置いてから、聖花は恐る恐る尋ねた。
先ほどロザリアから聞いたばかりの名前が真っ先に頭へ浮かんだのだ。それだけではなく、以前フィリーネとここで話した際にも、マリアンナの名前を出した途端に彼女が僅かに取り乱していたことを聖花は覚えていた。
何より、目の前にいるのはそのマリアンナの姉なのだ。だからこそ、その名前が口から出るまでにそれほど時間は掛からなかったのである。
問い掛けた瞬間、フィリーネは何故それを、と言わんばかりに目を瞬かせて小さく口を開いた。直ぐにいつもの表情へと戻ったものの、動揺を隠しきれないのか僅かに視線が泳いでいる。
「何故、そう思ったのでしょう」
「以前お話した時、彼女の名前を出した際に取り乱していらしたことを思い出しまして」
「ああ。それで……」
自分とのやり取りを思い出したのか、フィリーネは納得したように頷いた。
過去の失態を嘆いているようには見えない。ただ、そんなこともあったな、とでも言いたげな表情だった。
「仰る通り、妹のことです」
暫くの沈黙の後、フィリーネが力強い目で頷く。
以前図書室で会った時にはここまで思い詰めているようには見えず、それだけに聖花は僅かに眉を寄せたのだ。
「あれから何かあったのですか?」
気が付けば、疑問がそのまま口から漏れていた。
「何か、というわけではございませんが……あれから数回、妹と話す機会がありましたの」
フィリーネはそこで一度言葉を切ると、何かを思い出すように視線を落としてゆっくりと続けた。
「ですが、仕草の節々が妙と言うか――まるで『マリアンナを演じている』ように見えるのです」
聖花は思わず目を見開いた。その言葉が、あまりにも核心に近かったからだ。
だが、フィリーネは聖花の反応を別の意味に受け取ったらしい。僅かに苦笑を浮かべると、困ったように言葉を続けた。
「おかしな話ではあるのですが……第一、そんな理由で家族に不信感を抱くなんて変、ですわよね。忘れてくださいまし」
「そんなことはないと思います」
話を終わらせようとするフィリーネを見て、聖花は思わず口を挟んだ。まさかそんな言葉が返ってくるとは予想していなかったのか、フィリーネが僅かに目を瞬かせる。
「少なくとも――そう見えるなりの理由があるんですよね?」
「え……ええ」
フィリーネが小さく頷く。
「でしたら、一度話し合ってみるのはどうでしょうか。その上で、お姉様が決めればいいと思います。それでも尚疑うのか、それとも気の所為だったと流すのか」
聖花はそこで一度言葉を切り、僅かに苦笑するように微笑んだ。
フィリーネという人物が、気になったことを何も確かめずに抱え込んでしまうような人物には思えなかった。以前ならきっと、自らマリアンナに問い掛けていたのではないか――そんな考えが自然と浮かんだのだ。
だが、それを今の自分が口にするわけにはいかない。だからこそ飽くまで他人として、踏み込みすぎない言葉を選んだわけである。
「いつまでもモヤモヤしたままだと気持ち悪いですから」
「貴女……」
フィリーネが小さく呟く。表情には僅かな驚きが浮かんでいたものの、やがて何かが吹っ切れたように困惑が晴れていった。
「そう……ですわよね。私らしくありませんでしたわ」
「本……探しましょうか?」
聖花が確認するように尋ねると、フィリーネは首を横に振った。
「いいえ。もう不要ですから」
それを聞いた聖花が満足したように微笑むと、暫くしてからフィリーネが改めて聖花へと向き直った。
「ありがとうございます、セイカさん」
「私は何もしておりませんよ」
「気持ちの問題ですわ。少なくとも、貴女のお陰で吹っ切れましたもの」
「お役に立てたなら何よりです」
そう答えると、フィリーネは僅かに考えるようにしてからふと聖花に問い掛けた。
「ねえ」
「……どうされました?」
「また今度話すことがあれば、次は小さなお茶会にでも招待しましょうか。二人きりでお話しましょう」
「お姉様……」
「その『お姉様』というのも堅苦しいので、私のことはフィーネで構いませんわよ」
「でしたら……フィーネ先輩、と」
以前なら、そんな呼び方をすることはなかった。だからか口にした瞬間、聖花の胸の奥にほんの僅かな寂しさが滲んだ。
けれど今のフィリーネにとって自分は妹のマリアンナではない。だから、この距離が正しいのだ。
「ええ。では、私は行きますわね。用事ができましたもの」
「……どちらに転んでも、良い結果となることを願っておりますね」
「ありがとうございます。セイカさん」
そう言ってフィリーネは微笑むと、聖花に背を向けて歩き始めたのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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こちらとは少し雰囲気の違った作品になっていますので、ご興味ありましたらぜひ読んでみてください。
今後とも『ヒロインの座、奪われました』をよろしくお願いいたします。




