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20.静かなる尋問

 そうして約束の時間となり、聖花たちは図書室の奥にある、普段は学生が立ち入らない一角へと集まっていた。図書室の管理を担う図書協会と図書委員の者たちが使う場所らしく、一般の閲覧席からは棚を挟んで隔てられていて、外からこちらの様子を窺うことも難しい。


 今朝の一件があったばかりなのだから周囲が何かと気にするのは目に見えている。リリスにロザリア、そしてセイカだけでも十分目立つというのに、何故かそこに第一王子であるルードルフまで加わっているのだ。落ち着いて勉強などできる筈もない。


 だから今回は図書協会のエレンに頼み、この場所を使わせてもらうことになったのだ。因みに後から聞いた話によれば、ルードルフがエレンに「図書協会の給金の引き上げを検討している」と告げたところ案外あっさりと了承したらしい。


 ともあれ、集まった面々を見渡した聖花は思わず眉を寄せた。侯爵令息であるリリス、公爵令嬢であるロザリア、そのロザリアとつい先日まで揉めていた自分自身、そして――第一王子であるルードルフ。どう考えても普通の勉強会とは思えない顔ぶれである。

 マイルは用事があって来られないそうだが、何故ここに彼がいるのか。聖花が怪訝な視線をルードルフへと向けている中、ロザリアは聞いていないとでも言いたげに硬直し、リリスに至っては何故か笑顔を浮かべていた。



「何故ここに殿下が――」


 真っ先に声を漏らしたのはロザリアだった。



「勉強会をすると聞きつけまして、折角なので私も参加しようかと」


「殿下に勉強会など不要ですわ。十分聡明であられるもの。何より、こんな地味な集まりに参加する必要などなくってよ」


「ちょっと、僕もいるんだけど?」


「あら。随分と容姿に自信がお有りなようで」


「え?ありがとう」


「褒めておりませんわ」


 ロザリアがそう言うと、リリスは何故か満面の笑みを浮かべた。



「リリス」


 そんな二人のやり取りを見ていたルードルフが一言声を掛けると、リリスは巫山戯るのをやめて事前に用意していた本の番号が記された紙を取り出して手渡し、手分けして教本を持ってくるよう指示した。

 ロザリアが「流石ルードルフ様」と何故か彼の代わりに誇らしげにしていたが、聖花は気にせずに無視することにした。


 本を取って戻ってくると他の者たちは既に席に着いており、何か話をしていた。見たところ楽しんでいるというわけではなく、むしろ何か緊張感にも近いものが漂っている。不思議なくらい会話が聞こえないところを見るに、属性的にリリスが何かしらの魔術を使っているのだろう。

 そう考えながら傍へと寄ると、リリスが聖花を一瞥した。すると、それまで聞こえてこなかった会話が、まるで会話の輪にでも入れてもらえたかのように耳へと届いてきた。



「私は……」


「何か話せないようなことでも?」


 尋問されている。ロザリアが、ルードルフに。


 ロザリアは答えにくそうにしながらも何かを話そうとしているようで、ルードルフは適度に相槌を打ちつつ、返答を静かに待っているようだった。



「セイカ」


「これは一体何事ですか?」


 リリスに話しかけられ小声で問い返すと、見れば分かるとでも言いたげにリリスは二人へと視線を移した。釣られるように聖花も二人を眺める。



「まさか、あれだけが理由ではないですよね?」


「……そう、ですわ」


「では、何故?」


 ルードルフが静かに問い掛ける。



「元々、以前から目についておりましたの。元平民であるにもかかわらず、相応しい振る舞いをなさらない彼女のことが」


 自身の話か。そこで漸く、聖花は何について話しているのか明確に理解した。差し詰めロザリアに動機を尋ねているというところだろう。


 だから、わざわざ勉強会に参加したのだろうか。だが元はと言えばこの勉強会を計画したのはリリスであり、今朝、朝礼前ぎりぎりまでルードルフは委員会で席を外していた。勉強会自体は噂になるだろうから知っていること自体は不思議ではないものの、勝手にやって来たのか、それともリリスに誘われたのか聖花には見当もつかなかった。



「だから、自作自演までして彼女を追い出そうとした、と?」


「それだけではありませんわ。彼女、男性とやけに距離が近いでしょう?そちらの方も然り、パース教員も然り、ですわ」


 ロザリアがリリスを一瞥すると、再び口を開く。



「ですから、学園の秩序を乱す恐れのある危険因子と判断いたしましたの」


「何故、貴女が手を下す必要が?」


 ルードルフが聞き返すと、ロザリアは視線を僅かに逸らして答えた。



「これ以上、野放しにしておけませんでした」


「理由になっていませんが」


 そう返されると、ロザリアが小さく震えるような声を漏らした。



「……殿下も、ですの?」


 ルードルフは何も答えず、僅かに目を細める。何かを受け取ったのか、ロザリアが更に言葉を重ねた。



「殿下も、この女に害されていますの?」


 睨みつけるというより、訴えるような目つきでロザリアがルードルフを見る。流石にこれ以上は無視できないと思ったのか、ルードルフが小さく聞き返した。



「……害されている、とは?」


「殿下は誰に対しても分け隔てなく、お優しく、聡明な方でした。少なくとも、こうやって一人のことにここまで目を向ける理由など無い筈なのです。それも、既に終わったことに」


 そこまで言うと、ロザリアは俯くように視線を僅かに机へと向けてしまった。もしかすると、ルードルフが否定することを期待していたのかもしれない。


 だが現実はそうではなかった。



「……貴女には、そう見えるのですね」


 少しだけ間を置いて、ルードルフが呟くように答える。声には温もりなど微塵もなく、ただ淡々としていた。



「少し、よろしいですか?」


「………何ですの」


 話が一段落したように見え、恐る恐る聖花がロザリアへ声を掛けると、彼女は聖花へと目を向けた。声は小さく、けれども力強かった。



「私にも、何故突然ロザリア様がそのようなことをしたのか未だに分かりません。理由を、教えていただけますか?」


「話を聞いたからですわ」


 思わぬ返答に、聖花は思わず目を瞬かせた。一体、誰が。何をロザリアに伝えたというのだろうか。



「……何方に?」


 恐る恐る尋ね返すと、暫く間を置いてロザリアが呟いた。



「………マリアンナ・ヴェルディーレ」


 思わず、聖花が目を見開く。傍で話を聞いていたルードルフも、不意に出てきた名前に僅かに目を瞬かせた。一方のリリスは変わらず笑みを浮かべている。



「確か、ヴェルディーレ伯爵家の次女、でしたよね?」


 黙り込む聖花に代わり、ルードルフが確認するように聞き返すとロザリアが小さく頷いた。



「その方で間違いありませんわ」


―――何故、カナデがロザリアに。


 聖花は何も言うことができなかった。何故、今の聖花がカナデに目をつけられているのか心当たりがなかったからだ。



「その方は、何と?」


「セイカさんを放置しておいていいのかと言われましたわ。私にも思い当たることがあるのではないか、と」


 聖花は思わず息を呑む。ここまで明確に目をつけられているとは思わなかった。

 誰も返事をしないことを確認するとロザリアが続ける。



「それから、パース教員との仲についても話しておりましたわね。放課後、至近距離で顔を寄せ合っていた、とか。貴女、心当たりないですの?」


「顔を……?あ……」


 もの凄く心当たりがあった。

 フェルナンとパトリシア行きが決まった日のことだ。もっとも、人通りは少なかったとはいえ学園の廊下なのだから誰にも見られていない保証はなかったものの、よりにもよってカナデに見られているとは思わなかった。


 聖花の反応を見るなりロザリアが僅かに目を細める。何かを言いたそうにしているものの、傍にルードルフがいるからかそれ以上は何も言わなかった。



「事実なのですか?」


「……顔を寄せていたことは事実です」


 代わりに尋ねたルードルフに聖花が諦めるように答えると、その返答に引っ掛かったのかロザリアが僅かに眉を顰めた。そして耐えきれなくなったように口を開く。



「どういうことですの?」


「少し事情がありまして……」


「説明になっておりませんわよ。私たちが納得できるよう、もっとはっきり説明してくださいます?」


 先ほどロザリアがルードルフに言われていたことを、そのままロザリアが告げる。

 謹慎中の身であることを忘れたかのようにやけにハキハキとしていた。自身のしたことを棚に上げておいて何故そのような態度が取れるのかと思ったものの、聖花は特に触れずに話を続ける。



「様子がおかしかったのです」


「様子が?」


「はい。周りが完全に見えていないようでした」


「それで、何故顔を寄せる必要が?」


 間髪入れずに尋ねるロザリアに僅かに眉を顰めつつ、聖花が続ける。



「私が誰なのか分からぬほど錯乱していたので、何とかできないものかと咄嗟に手が出てしまいました」


 そこまで言うと、ロザリアは小さく息を吐いた。



「……一旦、事情は分かりましたわ」


 納得できていない様子でロザリアが話を締める。



「その後の彼の様子は?」


 ロザリアに代わって尋ねてきたルードルフに、聖花は正直に答えることにした。



「……元に戻りました」


「戻ったのですか?」


「はい」


 ルードルフは、ますます訳が分からないといった様子だった。

 ただ、闇属性について触れてこないのはその場にロザリアとリリスがいるからだろう。今の聖花は闇属性の罪人ではなく、セイカ・ゴルダールという、単なる普通の属性を持つ養女なのだから。



「これは……考えを改める必要がありますね」


 ルードルフが小さく呟く。彼の中で、何らかの引っ掛かりが生まれたのだろう。


 特に触れることなく、聖花は他の者たちの様子を見た。

 ロザリアは訳が分からないといった様子で頭に片手を添え、リリスは驚くほど様子が変わっていない。何か事情を知っているのかと思うくらい落ち着いていたものの、彼が何も言わない以上リリスのことなので気にしないことにした。


 そこからは、本来の目的であった勉強会が漸く始まった。だが既にこれだけの話をした後で集中できる筈もなく、聖花は小さく息を吐きながら目の前に積まれた教本へと視線を向けたのだった。

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