18.奏の誤算(カナデ)
セイカが療養のため屋敷へと戻ることになった。
本来ならばロザリアと徐々に打ち解けてセイカを疎ましく思うよう仕向け、その上で少しずつ嫌がらせへと誘導していくつもりだったが、フェルナンとセイカが放課後に顔を寄せ合うようにしているところを目にして事情が変わったのだ。
こんなにも早い段階であれほど距離が近くなる筈がなく、カナデの知っているゲームの中では少なくともこんな展開は存在していないし、このまま悠長にしていると何処まで攻略対象を奪われるか分からないのだ。
見たところ、ただでさえ一番攻略が簡単なリリスが引っ掛かっている。単なる面白い物好きの彼を攻略するのは楽で、特に特別なことをせずとも攻略できてしまうのだと、カナデはゲームで知っていた。
ただ、彼のルートには妙な違和感がある。ハッピーエンドでは主人公の傍を離れないリリスに「ずっと傍にいるの?」と尋ねると、『君の横にいると僕は僕でいられるから』と答えて終わるのだが、どうしてそこまで主人公に執着するのかは最後まで分からなかった。
バッドエンドになることも稀だが、その理由はさらに不可解だった。単なる外交官の息子である彼が突然主人公の首を掻っ切るのだ。本当に突然すぎて、何が彼をそうさせたのかカナデには分からなかったのである。
もしかすると、まだ自分の知らないエンドがあるのかもしれない。そんな疑問を抱いたこともあったが、結局それを確かめることはできなかった。
だが兎に角、これ以上あの女を野放しにしておくわけにはいかない。カナデはゲームの情報を頼りに、ロザリアが反応しそうな言葉を一つずつ選んだ。彼女の性格も、何に誇りを持ち、何を嫌うのかも知っているのだ。
だから餌を撒くのは難しくなく、思った通りに釣れた。
ロザリアは本当にいい仕事をしてくれたと思う。見舞いに居合わせたアーノルドの突然の発言には困惑したものの、内心ではむしろ療養の事実にカナデは喜んでいた。漸く邪魔者がいなくなった、と。
そもそもカナデがセイカの見舞いへと向かおうとしたところ、保健室の前でアーノルドと鉢合わせ、何故か彼もセイカを見舞うというので共に向かうことになったのだ。
やはりアーノルドも毒牙にかかっているのだろうか、と思ったものの、これで漸く軌道修正できる。一度狂ってしまった筋書きを元に戻してしまえば後はどうにでもなるだろう。
カナデには、この世界のことを誰よりも知っているという絶対的な自信があった。誰が攻略対象で、どんな性格をしていて、どのような出来事を経て好感度が上がっていくのか。どんな選択をすれば、どのルートへと進むのか。
この世界がおかしいわけではない。ゲームの設定が間違っているわけでもない。ただ一人――セイカという、本来存在しない筈の人間が余計なことをしているだけなのだ。
その時のカナデは本気でそう思っていた――ロザリアの自作自演が明るみになるまでは。
てっきり、ルードルフまで殆ど攻略されているものだと思った。ところが学園で聞こえてくる噂話によれば、どうやらマイルとかいう令嬢が余計なことをしたらしい。
「マイル・モネ……」
誰だそれは。ゲームにそんな人間は出てこない。
カナデは、その名前を聞いたところで眉を寄せた。モブの一人かとも考えたが、ゲーム中に確認したクラス名簿にも名前が載っていた記憶はなかった。
それなのに――何故か、見覚えがある。
「……あ」
記憶の端に引っ掛かっていたものが漸く繋がった。
ゲーム本編ではなく設定資料、ロザリアの人物設定をまとめた資料の中に確かそんな記述があった筈だと、カナデは頭の中からその一文を引っ張り出した。
―――親友であるマイル・モネは、入学前のパーティーで死亡している。
入学前のパーティーとは確か、王族主催の大規模なパーティーだった筈だ。
「――なんで、死んでないのよ……」
思わず声が漏れた。有り得ない、と。
ゲームでマイルは入学前に死亡している。ということは、その後のロザリアの行動にもある程度それが影響していることだろう。なのに何故生きている?
そこで、ふと一人の存在が頭をよぎった。
―――あの女。
当時は攻略対象たちのことで頭がいっぱいで、そこまで気に留めていなかったものの、今考えてみれば、その頃には既にセイカはゴルダール家の養女になっていた筈だ。
攻略対象を奪おうとするだけではない。登場人物の生死まで変え、ゲームそのものを壊している。この世界の筋書きを狂わせている。
苛立ちはなかなか収まらず、気付けば傍にあった物を片っ端から手に取っては床へと叩きつけていた。
「……っ」
幾つか物音を立てたところで、カナデはハッと我に返った。こんな惨状を後から侍女に見られるわけにはいかない。
カナデは急に冷静さを取り戻したように、散らばった物を一つずつ拾い上げていった。乱れた部屋を元に戻しながら、胸の奥に溜まった苛立ちを誤魔化すにように息を吐く。
「やっぱり潰すべきね」
今までなら別の方法を考え、ヒロインである自分は高みの見物をしていれば良いと思っていたが、マイルの存在の所為で流石に考えを改めざるを得なかった。自分の知っているゲームと、この世界で起きていることには少しずつズレが生じていることに。
ならば何時までも誰かに任せている場合ではなく、この世界で誰よりも多くのことを知っている自身が動くしかないのだ。
「……私には、闇魔術もある」
そうだ。まだ手札が残っている。ゲームの知識もあるし、闇魔術もある。だったらロザリアが駄目だったからといって癇癪を起こしている場合ではない。
それにアーノルドはセイカと同じ日に学園を出ていて、今日も学園へと来ていなかった。それを考えれば――もしかすると、既に監禁ルートに入っているのかもしれない。
時期としては少し早すぎる気もするが、もし本当にそうなのだとしたら此処で怒る必要はない。本来ならばルードルフとの同時攻略が必須であり、それに失敗したということなのだから。
カナデの最推しはルードルフなのだ。アーノルド一人くらい諦めたところで、攻略対象が一人減ったところで問題ない。それに、監禁ルートならばセイカは地下に閉じ込められる筈で、それならば逃げようがないだろう。
ならば焦る必要などない。もし違うのならば――自分の手で潰せばいい。




