16.扉の先にいたのは
聖花がアーノルドに王城の一室へと閉じ込められてから数日が過ぎようとしていた。
部屋には風呂も手洗いも備え付けられており、生活するだけなら不自由しないよう整えられている。食事についても決まった時間になればアーノルドが自ら運んできて、そればかりか数日分の着替えまで用意されており、着替えた服はやや深底の籠に入れるよう指示されていた。
一体この食事は誰が作り、食べ終えた後の食器は誰が片付けているのだろう。持ってこられる着替えは誰が用意して、着終えた服はどこで誰が洗っているのか。
閉じ込められたばかりの頃にはそんなことを考える余裕すらなかったものの、数日も同じことが繰り返されれば却って冷静になってくるものであり、今ではそんなことまで頭を掠めるようになっていたのだ。
「飯だ。食え」
そう言うとアーノルドが運んできた料理を聖花の前へと置いた。
けれども直ぐに手を付ける気にはなれず、聖花は向かいにいるアーノルドの瞳を改めてじっと見つめた。視線に気付いたのか、暫くすると彼が僅かに眉を寄せる。
「……どうした」
「一体いつ、ここから出してくださるのですか?」
閉じ込められてから幾度となく繰り返してきた問いを再び口にすると、それまで大きな変化のなかったアーノルドの表情が途端に歪んだ。
「……またそれか。お前はここから出られない。一生、な」
吐き捨てるように告げるとアーノルドは座っていた椅子から立ち上がり、そのまま聖花に背を向けた。
「食べておけ。身体に障る」
それだけを言い残し初めに入ってきた扉を何食わぬ顔で開けると、アーノルドは何事もなかったかのように部屋を出ていった。
閉じ込められてからというもの、聖花は何度もアーノルドが入ってくる瞬間や出ていく瞬間を狙って部屋から逃げようとしている。しかし不思議なことに、扉が開いている間だけは何かに阻まれているかのように先へと進むことができなかった。
開いた扉へ駆け寄ろうとしても、あと少しというところで見えない何かに身体を押し返されるのだ。アーノルドが出ていき扉が閉ざされた後には元に戻るのだが、今度は外から鍵を掛けられてしまって結局どちらにしても外へと出ることができない。
いっそ部屋にあるものを使って抵抗できないかとも考えたものの、アーノルド本人に何かを投げつけようとしても届く前に跳ね返されてしまうのだ。彼の属性を考えれば恐らく自らの身体の周りに風魔術を纏っている可能性が高く、聖花自身未だに魔術が使えないのだから抵抗のしようもない。
以前の属性測定で光属性だと判明したもののカナデと身体が入れ替わった今、聖花の明確な属性は分からない。ただ、魂に刻まれるという文言を聞く限りは恐らく光属性である筈なのだが、どうやっても魔術を使うことができないのだ。
入れ替わったことで属性そのものを失ったのか。それとも今の身体が元々持っていたカナデの闇属性が引き継がれているのか。それすら分からないのだから、アーノルドから闇属性について何を尋ねられたところで答えようがなかった。
初めのうちは、アーノルドがいなくなる度に部屋中を調べた。開けられる場所は全て開けたし、外へと繋がりそうな場所も探したし、壊せそうなものや大きな音を立てられそうなものまで一通り試したのだ。
しかし、どこを調べても外へと繋がるような場所は見つからなかった。
一度だけ、部屋に置かれていた花瓶を床へと落として割ったこともある。大きな音を出せば誰かが気付くかもしれないと思ったのだが、暫くして部屋へと入ってきたのはアーノルドだった。
床に散らばった破片を見たあと真っ先に聖花に怪我がないかを確認したアーノルドは、魔術を使ってあっという間にそれらを片付け、それだけでは終わらず簡単に壊せそうなものを全て部屋から持ち去ったのだ。
そして閉じ込められてからというものの、以前までのアーノルドが嘘のように何も言ってこなくなり、むしろ妙なほど静かだった。
てっきり闇魔術について問い詰められるか、以前からしつこく聞かれていたフェルナンとの関係を追及されるものだと思っていた。それなのにアーノルドは食事や着替えを持ってきては聖花の様子を確認し、それが済めば何事もなかったように立ち去っていくのだ。
本当に、自分を閉じ込めて何がしたいのか分からない。だが、この状況なのだ。何が彼の琴線に触れるか分からず、出せとは言えども結局それ以上指摘することはできなかった。
(……どうしよう)
アーノルドが部屋を出てから一体どれほどの時間が経ったのだろう。手を付ける気にもなれない食事を前にしたまま、聖花はふとアデルのことを思い浮かべた。今頃どうしているのだろうかと。
自分は療養のため屋敷へと戻ったことになっている。学園に姿を見せなくとも、暫くの間は誰も不審には思わないだろう。それどころかもしアーノルドがゴルダール家にまで何らかの説明をしているのなら、自分が屋敷に戻っていないことさえ不審に思われないよう手を回されている可能性がある。
そう考えた途端、先ほどまで辛うじて保っていた気持ちが少しずつ沈んでいった。
誰も、自分がここにいることを知らないのではないか。そんな考えまで浮かびかけた時、扉の向こうから微かに足音が聞こえてきた。
またアーノルドだろうかと思い、何とはなしに顔を上げたものの直ぐに違和感を覚えた。
いつも聞いている足音とは違うのだ。アーノルドの歩き方にはもう少し力強さがあるのに対し、今こちらへと近付いてくる足音は随分静かで、急いでいるようだったものの一定の間隔を保っていた。
料理から完全に意識を逸らし、聖花は閉ざされた扉を見つめた。そうしている間にも足音は少しずつ近付いてきて、やがて扉の前で止まると僅かな静寂の後、燃えるような音が鳴ったかと思うと外側から鍵の動く音がした。
ゆっくりと扉が開く。
「――やはり、ここにいましたか」
聞き覚えのある声に、思わず聖花は目を見開いた。扉の向こうに立っていたのは――ルードルフだったのだ。




