15.一方その頃、学園ではⅣ
ロザリアが自ら一連の行為を認めた翌日、彼女の姿は学園から消えていた。
担任であるフェルナンの話によると、正式な処分が決まるまで登校を禁じられて公爵家へと戻されたらしい。また、実際にセイカを階段から突き落としたベルについても同様に登校を禁じられ、現在は双方から詳しい事情を確認しているという。
マイルについても引き続き事情聴取は行われているようだが、少なくともここ数日学園を騒がせていた一件については収束へと向かいつつあった。
もっとも、それで全てが終わったわけではない――少なくともルードルフにとっては。
放課後になり、ルードルフが自室で暫く待っていると、やがて約束していたリリスが訪ねてきた。昼頃、本人から放課後になったら訪ねると言われていたのだ。
昨日学園に来ていなかったリリスは今日になってクラスの雰囲気が変わっていることに気付いたらしく、部屋へと通すなり早々にその理由を尋ねてきた。恐らく既にクラスメイトなりに聞いているだろうに。
一先ず昨日の一件について簡単に説明したところ、返ってきたのは予想通りの反応だった。
「へえ。そんなことがあったんだ。見たかったなぁ」
「喜劇ではないのですよ……」
ルードルフが呆れたように返す。
昨日の出来事は確かに予想外ではあったものの、わざわざ面白がるようなものではない。もっとも、リリスにとっては十分に興味を惹かれる出来事だったらしく、実際にその場へ居合わせられなかったことを残念そうにしていた。
しかし、今日リリスがここを訪れた理由はその話ではない。向こうもそれを分かっているのか、暫くすると先ほどまでの話を切り上げて、頬杖をついたまま何気ない調子で別の話題を切り出した。
「頼まれてた弟くんのことなんだけど」
「分かったのですか?」
「うん。学園を出た後、そのままセイカと二人で馬車に乗って王城に向かったみたいだね」
予想していた名前が出てきたことで、ルードルフは僅かに目を細めた。
「セイカ嬢が途中で降りた可能性は?」
「ない。王城に着くまでは一緒だったみたい。その日学園にいた御者を調べて、一人ずつ取っ捕まえて事情を聞いたから確実だよ。第二王子から金を渡されて、余計なことは話さないよう言われてたみたい」
「……乱暴はしていないでしょうね?」
「普通に聞いただけだよ。一人だけ脅したけど」
ルードルフは小さく息を吐いたものの、それ以上は追及しなかった。
一人だけ、ということは恐らく口止めされていた御者だろう。リリスが何をしたのかについては多少気になるものの、既に済んだことを問い詰めたところで意味はない。
それよりも、アーノルドが御者へ金を渡してまでセイカと王城に向かったことを伏せようとしていたという事実の方が重要だった。
「それで、王城に着いてから、彼女が別の手段でゴルダール邸へと戻った可能性は?」
「分からないけど、ないんじゃないかな」
「何故です?」
「一応ゴルダール家も覗いてみたんだけど、セイカの姿は見当たらなかったよ」
リリスは特に気にした様子を見せなかった。
セイカがゴルダール家へと戻っていない。それだけでなくアーノルドと共に王城へと入った後、何処に向かったのかすら分かっていないのだ。にも関わらず、リリスはまるでセイカが無事であることを知っているかのように、いつもと変わらない様子でいた。
その態度には引っ掛かるものがあった。だがリリスが何かを隠しているのだとしても、それを素直に話すとは思えない。問い質したところで、いつものように「さあ」と笑って誤魔化されるのが目に浮かぶ。
ならば、今は無理に聞き出す必要もない。
「その後の彼の動向は?」
「言われた通り追ってみたけど、別宮を行き来してるみたい」
「別宮……」
アーノルドが幼い頃から生活していた場所だった筈だ。
アーノルドは以前、本宮ではなく別宮で生活していた。本人は特に不自由を感じていなかったようだがルードルフの計らいもあって後に本宮へと移っており、それ以降の別宮は定期的な清掃や管理こそ続けられているものの普段から人が出入りするような場所ではなくなっている。
その場所に、今になってアーノルドが何度も足を運んでいるのだ。
セイカはアーノルドと共に王城へと入った。その後ゴルダール邸に戻った気配はなく、同じ頃からアーノルドは普段使われていない別宮へと出入りしている。
一つ一つならば別の理由を考えることもできるだろうが、ここまで重なれば偶然として片付ける方が難しい。
「……弟は、一体何をしているのでしょうね」
無意識に零れた言葉に、頬杖をついていたリリスが淡々と答えた。
「さあ。そんなに気になるんだったら自分で行けば?兄弟間のことなんだからさ」
「……言われなくとも」
ここまで分かっている以上、これ以上リリスに任せ続ける必要もない。
セイカが本当に別宮にいるのか。そして、アーノルドが何を考えて彼女を王城に連れてきたのか。ここから先については、自分の目で確かめた方が早いだろう。
「まさか貴方も行くと言い出しませんよね?」
そこでふと疑問に思い、ルードルフは向かい側に座るリリスを見据えた。リリスの性格を考えれば、面白そうだという理由だけで付いてくる可能性は十分にあったのだ。
「日が合えば行くかな。面白そうだし」
予想通りの返答だった。だが当のリリスは既に別のことに興味を移したらしく、手にしていた小さな石を光に翳して角度を変えながらその輝き方を確かめ始めていた。
わざわざリリスが持ち歩いているところを見るに単なる装飾品というわけではないのだろうが、彼が必要だと判断したのであれば好きにさせておけばいい。
「……また外交ですか?」
「そうそう。表向きとはいえ、ちゃんとしないと」
石を眺めたまま返された言葉に、ルードルフはそれ以上詳しく尋ねることはしなかった。外交官で知られるティーザー侯爵の子であるリリスが国外とのやり取りに関わること自体は珍しいものではなく、その内容を一つ一つ確認する必要もないからだ。
それから暫くして用件を終えたリリスが部屋を出て行くと、再び一人になったルードルフは椅子に身体を預けたまま先ほど聞いた話を頭の中で整理した。
セイカはゴルダール邸に戻っておらず、アーノルドと共に王城へと入ったところまでは確認できた。そしてそのアーノルドは今、普段使われていない別宮に何度も足を運んでいるという。
そこまで揃って尚、何もないと考える方が難しかった。
「……仕方ありませんね」
小さく呟くと、ルードルフは椅子から立ち上がった。ここから先は、自分の目で確かめればいいのだ。




