9.閉ざされた扉
結局、カナデとアーノルドの二人に念を押されただけでなく、その場に居合わせたキャロルまで賛成したことで聖花は一度療養のために屋敷へと戻ることになった。
階段から落ちた以上、目立った外傷がなくとも学園の保健室で診られる範囲には限界があり、一度きちんと診てもらった方がいいというのがキャロルの意見だった。おまけに聖花は少し前にも原因不明の体調不良という名目で丸二日も学園を休んでいるため、今回は尚更無理をするべきではないと判断されたらしい。
まさか、この間のことがこんなところで裏目に出るとは思わなかった。
もっとも、あの二日間について本当の事情を説明できる筈もなく、表向きには原因不明の体調不良で休んだことになっている以上は聖花にも反論のしようがなかった。
期末試験までには学園へ戻ることと、療養中も身体に無理のない範囲で勉学を欠かさないようキャロルから念を押され、聖花は渋々ながら一度屋敷に戻ることを受け入れた。
本来ならばゴルダール家から迎えの馬車が来るのを待つところだったが、アーノルドからついでに送ると言われ、結局は学園に常駐していた馬車へと半ば強引に乗せられることになった。必要最低限の荷物については後から届けてもらえるらしいが、アデルは手続きのため暫く学園を離れられないという。
後になって事情を知らされた時のアデルの反応を想像すると、つくづく申し訳なく思えてしまう。
そうして家紋のない馬車へと乗り込むと、程なくしてアーノルドも何事もなかったかのように同席してきた。
もっとも、保健室で彼自身も一度学園を出ると言っていたので、そのこと自体に疑問はない。聖花は特に何も尋ねることなく向かいに座ったアーノルドに視線を向けたものの彼は何も話そうとはせず、僅かに俯いたまま黙り込んでいた。
馬車はそのまま学園を離れ、暫くして王城へと向かう道に入った。
ゴルダール邸よりも王城の方が近い上にアーノルドは王族なのだから、先に彼を送り届けるのだろう。そう考えて特に気にも留めていなかった聖花だったが、やがて馬車が王城へ到着してもアーノルドは直ぐには席を立とうとしなかった。
「少し確認したいことがある。付き合え」
何をしているのだろうと不審に思い始めたところで、それまで黙っていたアーノルドが顔を上げた。
確認したいことと言われれば思い当たるものがないわけではない。聖花とアーノルドの関係を考えれば他人には聞かせられない話も多いのだ。
多少引っ掛かりはしたものの、ここまで来て断るわけにもいかず、聖花はアーノルドに促されるまま馬車を降りた。
王城に入ってからも彼の後をついて歩き、やがて案内されたのは豪華でありながら落ち着いた造りの一室だった。客室として使われているのか、室内には大きな寝台のほか、ソファや机など必要なものが一通り揃っており、窓から差し込む陽光のお陰もあって閉塞感はまるでない。
―――わざわざ部屋まで用意する必要があったのだろうか。
そう疑問には思ったものの、これから話す内容を周囲に聞かれないためだと考えれば然程不自然でもなかった。アーノルドが先にソファへ腰を下ろし、聖花も促されるまま向かい側へと座る。
暫くして、アーノルドがゆっくりと口を開いた。
「あいつとは、本当に何もないんだな」
誰のことかと聞き返す必要すらない。先日のこともあり直ぐにフェルナンのことだと理解した聖花は、またそれかと僅かに眉を顰めた。
「……先日もお答えしたと思いますけど」
「なら、今後も個人的に会うつもりはないな」
「どうしてそこまで――」
ここまで来て、まだそれを聞くのか。思わずそう言い返しかけたものの、聖花は既のところで言葉を呑み込んだ。先日からのアーノルドは何を気にしているのか今ひとつ分からず、下手なことを言って余計に話を拗らせるのも面倒だったのだ。
(……やっぱりおかしい)
以前ルードルフのことを聞かれた時にも違和感はあったが、フェルナンについては明らかに度を越している。教師と生徒以外の関係ではないと既に答えたというのに、今度はこれから個人的に会うつもりがあるかどうかまで確認してくるのだから、何故そこまで気にするのか聖花にはますます分からなかった。
そんな聖花の疑問を余所にアーノルドは暫く黙り込んだ後、ようやく別の話題を口にした。
「闇属性については、まだ何も変わっていないのか」
「……はい」
「そうか」
ここでようやく、本来の用件であるはずの確認が飛んできた。やっと本題に入るのかと思ったのも束の間、アーノルドはそれ以上何かを尋ねることもなく不意にソファから立ち上がった。
「俺は行く」
「あ、はい」
あまりにも唐突だったため、聖花も思わずそのまま返事をしてしまった。
アーノルドは何事もなかったかのように扉へと向かうとそのまま部屋を後にした。やがて扉が閉まる音が響き、一人残された聖花は暫くその方を見つめた後、小さく息を吐いた。
(……それだけ?)
結局、何のためにわざわざ王城まで連れてこられたのだろう。
フェルナンについては先日と似たようなことを聞かれ、肝心の闇属性についてはたった一つ確認されただけで終わった。これならば学園でも話せたのではないかと思わなくもないが、アーノルドにはアーノルドなりの事情があったのかもしれない。
考えたところで答えが出る筈もなく、聖花はひとまず先ほど乗ってきた馬車へ戻ろうとソファから立ち上がった。この後はそのままゴルダール邸まで送ってもらえるものと思っていて、アーノルドが出て行った扉まで歩くと何の疑いもなく取っ手に手を掛けた。
ところが、取っ手を下げて扉を引いても開く気配はなかった。聖花は無言のままもう一度試し、先ほどより少し力を込めて引いてみたものの、それでも結果は変わらない。
一度手を離して取っ手を見つめた聖花は、今度は確かめるようにもう一度手を掛けた。取っ手を下げたまま押してみても動かず、反対に引いてみてもやはり扉は開かない。
そこでようやく、何度も取っ手を動かしていた聖花の手が止まった。
何かがおかしい。
取っ手が壊れているとは考えにくい。つい先ほど、アーノルドは何の問題もなく同じ扉を開けて出て行ったのだから。
ならば、考えられることは一つしかない。
―――外から、鍵を掛けられている。
そう確信した瞬間、それまで気にも留めていなかったアーノルドの言動が一つずつ頭の中で繋がり始めた。
療養のために学園を離れることに不思議なくらいあっさりと賛成したこと。自分も一度学園を出ると言ったこと。そして、本来そのまま屋敷へと帰る筈だった自分を王城まで連れてきたこと。
そのどれもが単独で見ればおかしなことではなかった筈なのに、いざ閉ざされた扉を前にしてみると、まるで別の意味を持っているように思えてくる。
(……まさか)
聖花は取っ手から手を離すと、閉ざされた扉を見つめたまま暫く動けなかった。今更になって保健室でアーノルドが口にした「一度、学園を出ろ」という言葉が、まるで別の意味を帯びて頭の中に蘇る。
どうやら自分は、療養のために学園を離れたのではないらしい。帰宅する筈だった自分がいるのはゴルダール邸ではなく王城の一室で、その唯一の出入口には外から鍵が掛けられているのだ。
そこまで考えたところで、聖花はようやく一つの結論へと辿り着いた。
(……閉じ込められた?)
次回から少しの間視点切り替わります




