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24.探し人との再会

 翌朝、身支度を済ませた聖花はフェルナンと共に宿を出た。


 昨夜パトリシア王国へ到着した時には既に辺りも暗くなっていたが、一晩明けた今は朝から多くの人が通りを行き交っている。店先には商品が並べられ、道の向こうから聞こえてくる呼び込みの声に混じって時折馬車の車輪が地を叩く音が響いていた。


 とはいえ、これから何処に向かうのかは未だ決まっていない。


 シンシアが亡くなったと分かったわけではないのなら、もう一度探してみればいい。そうしてここまで来たものの新しい手掛かりがあるわけではなく、フェルナンが以前探した場所をもう一度回るにしても、何年もの間見つけられなかった相手が今度だけ簡単に見つかるとも思えなかった。



「それで、今日はどこから探すんですか?」


「それを今考えてるところ」


「昨日のうちに考えてなかったんですか?」


「セイカだって考えてなかったでしょ?」


「先生の方がこの国には詳しいでしょう。私が決めるよりいいと思いますが」


「随分都合がいいなあ」


「実際そうでしょう」


 当然のように返すと、フェルナンはそれ以上言い返さずに周囲を見渡しながら歩き続けた。



「昔探したところを、もう一度回ってみるしかないかな」


「何ヶ所くらいあるんですか?」


「さあ。数えたことないから覚えてないよ」


「そんなに?」


「何年も探してたからね」


 軽い調子で答えられたものの、それだけ長い間探し続けても見つからなかったということだ。聖花は何気なくフェルナンの横顔を見たあと、以前この国に来た時のことを思い返した。


 そう言えばあの時、三人で王都を歩いている最中に案内をしていたフェルナンが突然足を止めたことがあった。それまで普通に話していたというのに、通りの向こうへ顔を向けたまま聖花が呼んでもリリスが呼んでも反応しなかった。

 結局リリスに腕を引かれてその場を離れることになり、何を見ていたのか分からないままになっていたが今なら事情が違う。思い返せば、あの時の様子が妙に引っ掛かったのだ。



「そういえば先生」


「何?」


「前に来た時、何かを見てましたよね」


「僕が?」


「覚えてませんか?先生が案内してくれていた時です。途中で何処かを見たまま、私が呼んでもリリス様が呼んでも反応しなくなって」


 そこまで説明すると、フェルナンにも心当たりがあったらしい。僅かに目を伏せたあと、先ほどまでとは違って少し間を置いてから口を開いた。



「……ああ。あの時か」


「何を見ていたんですか?」


「見てたっていうか……あの先に、あったんだよ」


「何がですか?」


 フェルナンはすぐには答えず、聖花から視線を逸らした。先ほどまでと違って何かを誤魔化すような言葉も出てこず、そのまま暫く沈黙が続く。



「……先生?」


 返事がないため聖花がもう一度呼ぶと、フェルナンはようやく口を開いた。



「昔、住んでた家」


「家?」


「うん」


 一度そこで言葉を切り、フェルナンは何処か遠くを見るように目を細めた。



「シンシアと暮らしてたんだ。あそこで」


 思いがけない答えに、聖花は一度歩調を緩めた。

 フェルナンが王族として暮らしていた頃の話ではないだろう。二人の過去を知った今なら、それがいつのことを指しているのかは大体分かる。



「……そこに行きましょう」


「今から?」


「はい」


「行っても何もないよ」


 予想していなかった返事に、今度は聖花がフェルナンを見た。



「どうして分かるんですか?」


「シンシアがいなくなってからも、暫くはあの家に残ってたから」


 フェルナンはそう答えたものの、聖花を見ることはなく視線は前へと向けられたままだった。



「もしかしたら帰ってくるんじゃないかと思ってね。でも、結局一度も戻ってこなかった」


「……そう、だったんですか」


「だから行ったところで、何もないと思う」


 フェルナンにとって、そこは単なる昔の住居ではないのだろう。シンシアと共に暮らしていた場所であり、同時に彼女が突然いなくなった場所でもある。前にこの国へと来た時、遠くから眺めるだけで近付こうとしなかった理由も何となく分かる気がした。


 それでも聖花は少し考えたあと、先ほどと同じ言葉を口にした。



「だったら、尚更行きましょう」


「話聞いてた?何もない、って言ったんだけど」


「聞いてましたよ」


 聖花は構わず続けた。



「でも、それって何年も前の話ですよね?」


 フェルナンはすぐには答えず、聖花からふっと視線を外した。暫くしてから、どこか歯切れ悪く口を開く。



「……そうだけど」


「だったら今も同じとは限らないでしょう。先生がそこを離れてから何年も経ってるんですから」


「……何か残ってるかもしれないって?」


「分かりません。でも、シンシア様がその後一度も戻っていないとも限らないでしょう?」


 フェルナンが僅かに眉を動かす。



「それに、今のところ他に手掛かりもないんですよね?」


「そうだけど……」


「なら、行くだけ行ってみませんか?」


 フェルナンは何も答えなかった。聖花の提案を拒むでもなく、かといってすぐに頷くこともなく、暫く考えるように視線を伏せている。



「決まりですね」


 返事を待たずにそう告げると、フェルナンは僅かに聖花へ目を向けたものの、結局それ以上拒むことはなかった。


 行き先が決まったところで、二人はかつてフェルナンとシンシアが身を寄せていた家へ向かうことにした。



◆



 人通りの多かった場所を離れるにつれて、周囲の景色は少しずつ変わっていった。


 建物同士の間隔が広がり、行き交う人の姿も減っていく。さらに暫く歩いたところでフェルナンが足を止めたため、聖花もその隣で立ち止まった。



「ここ、ですか?」


「――ああ」


 フェルナンの視線の先に、一軒の家があった。


 聖花は何となくもっと特別な場所を想像していたが、実際にはこれといって目立つところのない家だった。周囲にも同じような建物が点在していて、事情を知らなければかつて王族と貴族令嬢が身を隠して暮らしていた場所だとは思わないだろう。



「ここに住んでいたんですね」


「そうだよ」


 フェルナンは短く答えたきり、家を見つめていた。

 前に遠くからこの方角を眺めていた時とは違い、今は目の前にある。それでも近付こうとはせず、懐かしんでいるのか、それとも別のことを考えているのか聖花には分からなかった。


 家の方へと足を向けかけたものの、すぐに思い直して立ち止まる。元々フェルナンが暮らしていた家とはいえ、何年も離れていたのなら今も自由に出入りしていいものなのか聖花には分からなかった。



「……これ、入っていいんですか?」


「さあ。僕も何年も来てないからね」


「でしたら少し周りを見て回りませんか」


「何か残ってるとは思えないけど」


「来たばかりでしょう」


 そう返して聖花が周囲を歩き始めると、フェルナンも仕方なさそうについてきた。


 とはいえ、当然ながら何年も前の手掛かりが道端に転がっている筈もない。家の周辺を見ても変わったものはなく、時折フェルナンへ尋ねてみても、昔とは様子が変わっているという程度の答えしか返ってこなかった。


 そうして二人で辺りを行き来していると、不意に少し離れたところから声を掛けられた。



「おい、あんたら。さっきからそこで何してるんだ?」


 振り返ると、一人の男がこちらを見ていた。どうやら家の周辺をうろついていたせいで、不審に思われたらしい。



「すみません。少し人を探していまして」


 聖花が答えると、男は訝しげな顔のまま二人へと近付いてきた。



「人?」


「以前、この辺りに住んでいた方なんですけど」


「随分曖昧だな。名前は?」


「シンシアという女性です」


「シンシア?」


 男は聞き覚えがないのか眉を寄せた。



「知らねえなあ」


「そうですか……」


 簡単に手掛かりが得られるとは思っていなかったものの僅かに肩を落とす。

 男はすぐに立ち去ろうとはせず、今度は隣にいるフェルナンへと視線を向けた。暫く顔を眺めていたかと思えば、不意に目を細める。



「あれ?あんた……」


「僕?」


「どっかで見た顔だと思ったら、昔そこの家にいた兄ちゃんじゃねえか?」


 思いもよらない言葉に、フェルナンが僅かに目を見開いた。



「……僕のこと覚えてるの?」


「やっぱりそうか。随分経ってるから最初は分からなかったけどな」


 男は改めてフェルナンの顔を確かめると、納得したように頷いた。



「だったら、シンシアってのはあの別嬪の姉ちゃんか?あんたと一緒に住んでた」


「そう。その人を探してるんだ」


「探してる?」


 男は怪訝そうに聞き返し、改めてフェルナンの顔を眺めた。そのまま何かを思い出したのかふと眉を寄せる。



「そういや……あんた、いつ頃ここを出てった?」


「いつ頃って?」


「いや、あの姉ちゃんのことで、ちょっと思い出したことがあってな」


 その言葉に、フェルナンの表情が変わった。



「何…?」


「前に一度、俺にあんたのことを聞いてきたんだよ」


「シンシアが?」


「名前は知らねえって。あんたと一緒にいた、あの別嬪の姉ちゃんだよ」


「……なんて」


「そこの家にいた男は何処へ行ったかって。俺も知らなかったから、そう答えたけどよ」


「……え?」


 フェルナンが言葉を失う。思わず聖花も男へと顔を向けた。



「……ここに?」


「ああ。随分昔のことだから、細かいところまでは覚えてねえけど」


「いつ?」


 間を置かずに尋ねたフェルナンに、男が少し驚いたように目を瞬かせた。



「いつって言われてもなあ。何年も前だぞ」


「その人は、何をしに来てたの?」


「さあ。ただ、そこの家に住んでた男は何処に行ったのかって聞かれたのは覚えてる」


 フェルナンの表情が強張る。聖花もすぐには言葉を挟めなかった。



「俺も知らなかったから、いなくなったとしか答えられなかったけどな。あの後どうしたかまでは――」


「その人、本当にシンシアだった?」


 フェルナンが男の言葉を遮った。男は眉を顰めながらも言葉を続ける。



「だから名前は知らねえって。でも、あんたと一緒にいた別嬪の姉ちゃんだろ?見間違えるような顔でもなかったしな」


 そこまで聞くと、フェルナンは何も言わなくなった。



「先生?」


「……戻って、きてた」


 聖花が呼び掛けると、フェルナンが僅かに呟く。誰かに聞かせるというより、自分自身へと確かめるような声だった。


 それきりフェルナンは口を閉ざし、先ほどまで二人で見ていた家へと視線を戻した。男がまだ何か話していたものの、耳に入っているのかも分からない。目の前にある家を見つめたまま、ただその場に立ち尽くしている。


  聖花もすぐには声を掛けられなかった。


 シンシアがいなくなった後も、フェルナンは彼女が帰ってくるかもしれないとこの家に残り続けた。それでも姿を見せなかったからこそ、いつしかその可能性まで捨ててしまったのだろう。


 だが実際には、シンシアもここへ戻り、フェルナンの行方を尋ねていた。ただ、その時には既に彼の方がこの場所を離れてしまっていたのだ。



「先生」


 暫く待ってから呼び掛けてみたものの、返事はなかった。



「フェルナン先生」


「……え?」


 二度目でようやく反応が返り、フェルナンがゆっくりと聖花へと顔を向ける。普段なら滅多に見せないような呆けた表情をしていたが、目が合う頃には少しずつ意識も戻ってきたらしい。


「大丈夫、ですか?」


「……ああ。ごめん」


「いえ」


 聖花はそれ以上何も言わず、フェルナンが落ち着くのを待った。


 やがてフェルナンは一度深く息を吐くと、先ほど話を聞いた男へと向き直る。



「他に何か知らない?」


「他にって?」


「シンシアがその後何処へ行ったのかとか、誰かと話していたとか。何でもいいんだ」


 先ほどまでとは違い、その声に迷いはなかった。



「悪いが、俺はそこまでは知らねえな。この辺の奴らにも聞いてみたらどうだ?俺より知ってる奴がいるかもしれねえし」


「そっか。ありがとう」


 フェルナンは男へ礼を告げると、すぐに周囲へと視線を巡らせた。



「先生」


「何?」


「探すんですか?」


 聞くまでもないような問いだったが、聖花がそう尋ねると、フェルナンは迷うことなく頷いた。



「うん」


 それから一度だけ、背後にある家を振り返る。



「今度こそ、見つけたい」


 その言葉を最後にフェルナンは家から視線を外し、近くに住む者へ話を聞くため歩き出した。聖花もその後を追い、二人は改めてシンシアの足取りを辿り始めた。


 それからは、先ほどまでとは比べものにならないほど早かった。


 二人は周辺に住む人々へ次々と声を掛け、当時この辺りにいた女性について知らないか尋ねて回った。当然、何年も前の出来事を覚えていない者もいれば、そもそも当時はここに住んでいなかった者もいる。

 それでも何人かは、フェルナンの言う女性に心当たりがあった。一つ情報を得れば、それを頼りにまた別の人を訪ねる。最初こそ曖昧だったシンシアの足取りは、そうして話を繋いでいくうちに少しずつ先へと伸びていった。


 何より、今度はフェルナン自身が立ち止まろうとはしなかった。

 相手の記憶が曖昧でも聞き方を変え、僅かな情報でも次に繋がりそうなら確かめに行く。聖花もその後を追いながら聞き込みを続け、気付けば朝に宿を出てから随分と時間が経っていた。


 そして幾人目になるかも分からなくなった頃、ようやく現在の居場所へと繋がる話が出てきたのだ。



「――この辺りにいるんですか?」


「そうみたいだね」


 教えられた場所へと向かいながら聖花が尋ねると、フェルナンは手掛かりを得てからずっと前を見たまま歩いていた。


 まだ本人だと決まったわけではない。同じ女性なのかも、今もそこにいるのかも、実際に確かめるまでは分からない。それでも何年も何処にいるのかさえ分からなかった相手に、今は確かに繋がるものがあることだけは確かだった。


 やがて周囲の家を確認しながら歩いていた聖花は、聞いていた特徴と一致する一軒を見つけて足を止める。



「先生、ここみたいですよ」


 返事はなかった。横を見ればフェルナンも既に気付いているらしく、目の前の家をじっと見つめている。先ほどまで僅かな情報を求めて歩き回っていた姿とは打って変わり、いざ目的の場所へ辿り着いた途端、その足は止まったまま動こうとしなかった。


 聖花はそんな彼を急かすことなく、少し離れたところから黙って待っていた。

 ここまで来れば、あとはフェルナン自身の問題だ。シンシアが本当にいるのか、いたとして何を話すのか、それは聖花が口を挟むようなことではない。


 暫くして、フェルナンがようやく家の前まで歩み寄った。扉の前でも一度動きを止めたものの、やがて意を決したように片手を上げ、静かに扉を叩く。


 間もなく中から人の動く気配が聞こえ、足音がこちらへと近付いてきた。僅かな時間さえ妙に長く感じられ、聖花まで知らず息を詰める。

 


「はい、どちらさ――」


 やがて扉が開き、姿を見せた女性の声が途中で止まった。目が大きく見開かれ、フェルナンを凝視している。

 フェルナンも何も言わない。ただ目の前に立つ女性を見つめたまま、そこから一歩も動こうとはしなかった。


 突然言葉を失った二人を前に、聖花は何も言わずその様子を見守った。探していた相手なのかと尋ねるまでもない。フェルナンの表情も、目の前の女性が彼を見つめる目も、初対面の人間へ向けるものではなかったからだ。


 そうしていると、漸く女性の唇が僅かに震えた。



 「……でん……か?」

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