3.たった一つの嘘
彼女に結果を伝えると、彼女は少し寂しそうに微笑んだ。
「いろいろと調べていただき、ありがとうございました。来年は、もっと早く予約を入れるようにします」
そう言うと、静かに立ち上がり、私に深く会釈をした。
そして、玄関へ向かって歩き始める。
その後ろ姿を見つめていた、ほんの数十秒。
私の頭の中では、激しく葛藤が渦巻いていた。
(本当に、このまま帰してしまっていいのか……)
(このホテルも、周辺のホテルも満室だ。状況は絶望的だ)
(でも……。何とかなるかもしれない)
そう思った瞬間だった。
「お客様!」
気がつけば、私は彼女を呼び止めていた。
彼女は振り返り、不思議そうな表情を浮かべる。
私は足早に彼女のもとへ向かった。
「あと五分だけ、お時間をいただけませんか?」
彼女は理由も聞かず、小さくうなずくと、玄関近くのロビーで待ってくれた。
私はすぐに予約担当のサブ責任者・長谷川のもとへ駆け寄った。
「八月十六日、新規で一部屋。何とかならないか?」
答えは、聞く前から分かっていた。
それでも、聞かずにはいられなかった。
長谷川は苦笑いを浮かべながら首を振る。
「冗談はやめてくださいよ。今、マイナス七ルームですよ。オーバーブッキングのまま、まったく動いてないんですから」
「……マジか」
思わず口をついて出た。
だが、不思議なことに、その数字を聞いた瞬間、私は逆に確信していた。
マイナス七部屋なら、まだ何とかできる。
根拠など何一つなかった。
それでも、そう思えた。
私はロビーへ戻り、彼女の前に立った。
「お待たせしました。お部屋をご用意いたします。」
彼女は目を丸くした。
「えっ……でも、さっき満室だと……」
その言葉に、私は一瞬だけ息をのむ。
そして――。
「先ほど予約係に確認したところ、一件、キャンセル処理の漏れがあったようです。ですので、お部屋をご用意できます」
その言葉は、とっさに口をついて出た。
私は、お客様に嘘をついた。




